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第10回:メイド IN JAPAN

【SIDE:西園寺恭平】


 “メイドさん”とは何か?

 そう問われれば、思い浮かぶのはフリルのついたメイド服を着た“少女”を連想するのが今の世間一般のイメージだ。

 メイドとは男の憧れだ。

 『御主人様』というメイド独特のセリフと奉仕する美少女の姿。

 せちがらい世の中で孤独に生きるものに、ひと時の安らぎを与えてくれる存在。

 女の子にも『執事』という存在でなら理解してくれるだろう。

 若い眼鏡をかけた色男が優しく身の回りの世話をして『お嬢様』と囁いてくれる。

 憩いの時間、この世界には優しさが足りない。

 だからこそ、人は優しさを求めて、日々新たな癒しの存在を生み出すのだ。

 

 

 

 

 西園寺恭平はいつもと違う朝に驚かされていた。

 

「おはようございます、ご主人様。今日もいい朝ですね」

 

 メイド服姿の義妹、麗奈が俺のベッドに寄り添っている。

 布団から起き上がる俺は驚いた顔をして彼女を見つめていた。

 

「お、おはよう。麗奈、どうしたんだ、その服装は?」

 

「もうっ、いつもの事じゃないですか。お兄さんが朝はこれで起こしてくれって言ったんですよ。忘れちゃったんですか?」

 

 照れを混ぜながら言うメイドバージョンの麗奈。

 フリルのついたメイド服、頭につけたプリマは彼女に似合っている。

 可愛らしく笑顔を見せる彼女に俺は萌えながら、

 

「これは夢か、それとも妄想?それとも……」

 

「現実に決まってます。ご主人様、妹がメイドじゃダメですか?」

 

 妹がメイドさん……つまりご奉仕され放題!?

 

『ご主人様~、料理失敗しちゃいましたぁ』

 

 メイド=ドジっ娘、多少の失敗をしても可愛いから許す。

 

『ダメです、ご主人様。私はメイド。ご主人様に愛されてはいけないの』

 

 主人とメイドの関係、ま・さ・に、禁断の愛!!

 渦巻く妄想、妹メイドに愛の告白を!

 

「うぉぉ、大好きだぞ、メイドさん!!」

 

「……私よりメイドさんが好きなんですね。うぅ、お兄さんはコスプレしてる女の子なら誰でもいいんだぁ。ぐすんっ」

 

 大粒の涙を浮かべた麗奈は俺を突き飛ばして部屋から出て行ってしまう。

 待ってくれ、麗奈~っと追いかける俺は視界が真っ白になっていく。

 こんなゲームオーバー、いやだぁ。

 

 

 

 

 ……。

 ハッと目を覚ますと俺は自室のベッドの上にいた。

 

「……俺は夢を見ていたのか?」

 

 窓を見ると夕焼けが差し込んでいる。

 今日はお昼過ぎに学校の授業が終わったので、帰ったから昼寝をしていた。

 どうやら、メイド姿の麗奈の夢を見ていたようだ。

 あの子がメイド服を着て俺の目の前に出てくるなんて世界が崩壊してもありえない。

  

「1度、見てみたいなぁ。頼んでコスプレさせようかなぁ」

 

 なんて彼女に聞かれたら撲殺されそうな言葉を口にする。

 まず無理だから諦めてるけどな。

 結局、妄想の世界だけで楽しむしかないのだ。

 顔でも洗って、由梨姉さんの夕食作りの手伝いでもしよう。

 俺はベッドから起き上がり、リビングに行く事にする。

 

「由梨姉さん、夕食作りでも手伝うよ……?」

 

 俺が何気なくリビングのドアを開けた、その向こうに広がる光景に唖然とする。

 

「え、あ?お兄さんっ!?」

 

 なぜかメイドの姿をして、慌てて服を隠そうとする天使みたいな可愛い妹がいた。

 白色のフリルがついたエプロンに、黒を基調としたドレス風のメイド服。

 控えめな動作、細やかな気配り、癒しという魅力の溢れる泉。

 そう、それは夢にまで見た『メイドさん』であった。

 

 ――この日、俺の世界はついに妄想の世界とリンクした。

 

 俺は今、声を高らかにして叫びたい。

 

『メイドさん、万歳!』

 

 思わず右手の親指をたてながら「グッジョブ!」と叫ぶ。

 妹はため息をつくべきか、無視するべきかを迷いながら、

 

「とりあえず、言い訳させてくれますか?」

 

「ついにこのお兄ちゃんに奉仕してくれる時が来たということだろう。さぁ、麗奈よ。あの名台詞を俺に言ってくれ」

 

「迷台詞ですか?」

 

「違う、迷ってないから。その服を着たら言うべき名台詞があるだろう。ほら、お兄ちゃんが学校から家に帰ってきました。なんて言いますか?」

 

 麗奈は「うーん」と軽く腕を組んで本気の思案顔。

 そして彼女は俺に言ったのだ。

 

「もう2度と家に帰ってこないでください」

 

「完全拒絶ッ!?」

 

 義妹に「お帰りなさい」を通りこして、「出て行け」と言われた。

 離婚しかけの熟年夫婦の会話です、それは……えぐっ。

 ああ、世間の風はなんて冷たく厳しいのだ。

 ちなみに妄想で補完するならこういう展開を望んでいました。

 

『お帰りなさいませ、御主人様』

 

 そう言って俺に癒しを与えてくれる麗奈の姿。

 

『御主人様、私……貴方になら……んっ』

 

 いかん、これ以上は……遠い世界の住人になりそうだ。

 麗奈の黒に煌く髪、蒼い瞳がメイド服と絶妙にマッチしている、洋風メイドを彷彿させながら和風メイドという新たな世界へと導いてくれそうだ。

 

「お兄さん、目が本気で怖いです」

 

 と、俺が新世界に旅立とうとしている姿に妹は嫌悪の眼差しをする。

 

「おっと、いけない。危うく別世界の住人になりそうだった。その服はどうしたんだ?メイド服だろ、それ?」

 

 俺の純粋な妹が自分からその手の道に入り込んだとは考えにくい。

 誰から話を聞いたのか、それとも、俺のベッドの下に隠してある女の子には見せられない男の秘密を覗いてしまったか、なんらかの第三者的関与が疑われる。

 

「あら、弟クン?いつのまに来ていたの?」

 

「由梨姉さん。どうして麗奈がメイド服なのかという疑問を追及中なんだ」

 

 麗奈はメイド服を手で触りながら「変じゃないですか」と姉さんに確認する。

 

「可愛いじゃない。サイズはあってるみたいねぇ」

 

「……もう着替えてきてもいいですか?目の前の変なおサルがウザいので」

 

「サルじゃないし、キミの愛しいお兄ちゃんだ。で、由梨姉さん、これは?」

 

 どうやら今回の夢の誘いは姉さんが仕組んだものらしい。

 しかし、この服をどこから入手したのかという事が問題である。

 少なくとも由梨姉さんにコスプレ趣味はないし、パソコンなどの電子機器が壊滅的に苦手な彼女にネット通販などと言うことも可能性としてありえない。

 

「それは今度の演劇部で着るメイド服のプロトタイプなの」

 

「演劇部?あぁ、そういや姉さんって演劇部だっけ」

 

 姉さんは演劇部に所属している。

 ただし、役者ではなく、裏方さんです。

 脚本や衣裳係などをしていると聞いている。 

 

「次の作品に使う衣装を作ってる最中なのよ」

 

「なるほど。次の演劇は洋風屋敷で起こる連続殺人事件か。探偵はメイドとさんいう感じかな?まさに『メイドさんは見た!』って舞台だろ。ぜひ見てみたいな」

 

「そ、そんな殺伐としたものじゃないから。洋館を舞台にしたお嬢様と執事の恋物語。これは脇役のメイドさんが着る衣装なの。昨日完成したのを、麗奈ちゃんに試しに着てもらったの。実際に試着して変なところは直したいのよ」

 

 しかも、これは姉さんの手作りだと言う……すごいぜ。

 でも、そう言う系の知識のない由梨姉さんがどうやってメイド服を?

 

「そうだ、ごめんなさい。弟クン、勝手に部屋にあった本を借りちゃったわ」

 

「え……?ま、まさか、それは!?」

 

 彼女の手元にあるのは『これ一冊でメイド服の全てが分かる。制服図鑑、メイド服編』というメイド服を着た可愛い女の子の写真を集めた写真集でした。

 ぐはっ、俺の趣味が……しかも、従姉弟のお姉さんに見つかった。

 ちくしょー、ベッドの下に隠すという王道ではなく、本を隠すなら本の中という、本棚の写真集の中に混ぜていたのが悪かったのか。

 ……この前、本棚を整理した時に素直にはバレなかったのに(気づいてないフリされただけ)。

 ダブルショックを受ける俺に姉さんは「もう少し貸してくれる?」と真顔で尋ねる。

 

「えぇ、どうぞ。ご自由にしてくださいませ」

 

 うな垂れる俺は由梨姉さんにそう答えるしかなかった。

 

「ありがとう。これってすごく参考になる本よねぇ。弟クン」

 

 彼女は天然なので俺の趣味とか別に気にしていないんだろう。

 そもそも、この本がそう言う趣向系の本だとすら気づいていないに違いない。

 問題はその本を睨みつける怖いメイドさんの方にある。

 

「……人間のクズってこう言う人の事を言うんですね」

 

 白い目でこちらを見る義妹。

 あぁ、今日も麗奈が俺を冷たく責めるわ。

 もうね、蔑まれる視線を心地よく感じられたら幸せなのに。

 この制服は完璧であとは軽い調整だけで仕上がると言う。

 最終確認だけすると姉さんは料理の準備に取り掛かるためにキッチンに行く。

 

「私は着替えてきます。……気持ち悪い視線に耐えられません」

 

 麗奈はメイド服を脱ごうとリビングから逃げようとする。

 俺はすかさずに、その手を掴んで彼女を止める。

 

「待ってくれ、麗奈。キミに一生のお願いがあるんだ」

 

 夢の実現といこうではないか、メイド愛好家の同志諸君。

 

「麗奈よ、その格好で……俺に『御主人様』と言ってくれないか」

 

「毎度の事ながら、真顔で何を気持ちの悪いこと、言ってるんですか?」

 

「男には時としてプライドを捨てる事もあるんだ」

 

「元々、捨てる価値もないプライドでしょう?」

 

 気持ち悪いと真顔で呟きながら呆れかえる。

 相変わらず遠慮容赦のない言葉ですね。

 しかし、千載一遇の大チャンス、メイド姿の彼女に会えるのはこれが最後かもしれない。

 俺は必死に頼み込むと、麗奈は「仕方がない人です」と言いつつ恥らう。

 そして、麗奈は俺に軽い会釈をしてみせながら。

 

「――ご主人様ぁ♪」

 

 片目を閉じてウインクひとつ、愛らしいその唇から囁かれたその言葉。

 御主人様、ご主人様、ごしゅじんさま……(エコー)。

 

「……はっ……!?」

 

 俺の心に反響する妹の言葉が体験したことのない衝撃を与える。

 俺は今までこんな衝撃を受けたことがあるか、否、ない。

 こ、この俺が萌えている?

 違う、俺は……俺はソウルを揺さぶられているのかぁ!?

 妹よ、お兄ちゃんはもう死んでも悔いはありません。

 俺が萌え狂い死にしそうになっているのを傍目に麗奈はふとこう言った。

 

「……今、何となく、世界なんて滅んでしまえばいいと思いました」

 

「それってどういう意味?ねぇ!?」

 

「前から聞いておきたかったんですけれど、お兄さんって私の事を嫌ってるでしょう?だから、意地悪するんですか?」

 

 いきなりの質問に俺は「何で?」と普通に尋ねてた。

 俺は義妹である麗奈を愛しているのだ、大好きなんだぞ?

 

「……ホントに兄妹として仲良くしてくれるつもりあります?」

 

「イエス、イエス。あるに決まってるだろ」

 

「それなら、私からひとつだけ忠告させてください」

 

 麗奈は呆れたような、それでいて、ほんの少しの期待を込めて。

 

「私を普通の妹として接してください。怒るのも、呆れるのも疲れました」

 

 それがどういう意味なのか、俺には理解できず。

 

「俺は普段から麗奈を妹として接してるつもりだ」

 

「共通の認識の違いというものでしょ。はぁ、考えるだけ無駄なのかもしれません」

 

 溜息をついて部屋を出て行く麗奈に俺は一言、その背中に向けて言う。

 

「そのメイド服、とても可愛くて似合ってるぞ、麗奈」

 

 彼女は振り返る事はなかったけど「ありがとうございます」とだけ呟いていた。

 そこに少し照れが混じっていたのを俺は見逃していなかったのだ。

 メイド姿の義妹という最高のシチュを満喫したのだが、写真を取り損ねたことを俺はずっと後悔する事になる……。

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