第一章 満月の夜、僕は使徒になる。【5】
「えっと……大丈夫?」
目を逸らしながら、と言いながらも、目の端に少女の姿を残したまま、訊ねる。
僕の声は聞こえたようで、少女の目が僕を捉えた。同じ黒の瞳だというのに、どうしてか彼女の瞳は黒真珠のように美しく見える。
舐めたい、そんな願望は胸の底に沈めておこう。
「……だれ?」
僕がそうしたように訊ねる少女に、僕は答える。
「僕は伊浪恭平って言うんだ」
「きょうへい……」
首を傾げる少女。
おそらく、自分の中で僕の名前を検索してみたのだが、一致する人物がいなかったのだろう。
まぁ、そりゃそうだろうけど。
対して僕も訊ねる。
「君はだれ?」
「わたし……アリーシア……」
「ありーしあ? 可愛らしい名前だね」
言うと、少女、アリーシアは顔を赤くした。
しかし、瞬間的に、その顔が豹変する。
寝ぼけていた頭が覚醒したのか、見知らぬ存在である僕に驚いているように見える。
正直、聞きたいことはたくさんある。
君はいったい何者なの?
どうして倒れていたの?
どうして僕の血を吸ったの?
僕はどうなったの?
だけど、残念ながら僕は女性に強引になにかを訊ねることができるような性格ではないので、そうすることはできない。
アリーシアがその口を開いてくれるまで、待つしかないのだ。