第一章 満月の夜、僕は使徒になる。【2】
そうして、時は訪れる。
「……っ!」
噛まれている。首筋に突きつけられた牙は、僕の首を抉るように突き刺さり、確かな痛みを僕に与えている。
身体が動かないから、いったいどういう状況にあるのか把握することはできない。
だけど、おそらく、僕に牙を突き立てているのは、この少女だ。
そう理解するのが早いか否か、自分の中からなにかが失われていくような気がした。
ごくっ、と鳴ったのは少女の喉の音。
なるほど、『血』っていうのはそういうことだったんだ。
こういうとき、自分の理解力の速さが少し恨めしくなる。
この少女は普通じゃない。たぶん、世間一般で言うところの化物とか妖怪とか、そういう類の存在なんじゃないかな。
よくわからないけど。
首筋に牙を突き立てて、血を飲む類の存在と言えば、やっぱり吸血鬼になるのかな。
人間離れした美貌を持っているなぁ、なんて暢気に思っていたけど、本当に人間じゃないなんて、こりゃ事実は小説よりも奇なり、ってことなのかな。
心の中で苦笑しつつも、僕の肉体は確かに異変を感じ取っていた。
抜かれていく血を感じながらも、動かない肉体ではどうしようもない。
もしかしたら、僕はこのまま血をぜんぶ抜かれて、死んでしまうのかな?
それは少し、嫌だな。せめて、父さんと母さん、妹になにかを残したかったな。
でも、僕の命ひとつで、この少女を救えるのなら、それはそれでいいことなのかもしれない。
吸血鬼かもしれないけど、絶世の美女と表現してもいいほどの女の子だし、艶めかしい喉の音とか密着した胸から伝わる鼓動とか、すごくいい。
なんていうか、すごく満たされる。見た目とか、ドストライクだし、こんな女の子に殺されるのなら、それはそれでいいかも。
自分で言うのもなんだけど、僕は思った以上に楽観的なのかもしれない。
というか、どうしようもないしね。