第九話 繰り返しの日々 Ⅲ
良かれと思って待ち伏せという名の作戦を成功させたが、実際にはきみが言っていた朝の日課の邪魔になっていた。
そこでぼくは朝早く起きる努力をするように決心をして実行していた。
普段、苦手な事に対しての努力は三日坊主になってしまっていて、特に早起きが苦手なぼくには到底厳しい事だった。
その懸念していた事は当然の如く起きてしまい、一緒に登校出来たのはたったの数回だった。
ただ、下校する時は毎回きみがいつもの下駄箱で当然のように待ってくれていた。
きみのお陰もあってか、下校は一緒に出来ていた。
そんな日々を過ごしていた事を帰りの身支度をしながら考えていた。
ふと、教室に貼ってあるカレンダーの日付を見ると夏休みまであと残す所、一日で明日は終業式。
きみとの夏休みをどう過ごすか。
そんな事を考えながら、また恐らくきみが待っている下駄箱に歩いて向かった。
先輩のよく分からない作戦。
そんな謎な物事やらに付き合わされた辺りからわたしには不信感が込み上げてきていた。
どうしてわたしは先輩と付き合っているのか、よく分からなくなってしまっていた。
初めは一つ上の先輩というレッテル、そして何よりも見える努力も見えない努力も出来る人という印象が強かった。
でも、実際に付き合ってからの日々を振り返ってみると自分の中にある先輩像とはかけ離れている存在なのだと感じた。
もちろん、謎な作戦の意図も理解出来るものではある。
おそらくだけど、わたしよりも早く駅に着くことによってサプライズをしようとしたんだろう。
それでも、約束するならもう少し早い時間に集合時間を設定すれば良かったと思うし、わたしは微妙な反応を示していたのだから少しは分かって欲しいものだと感じた。
でも、逆に言えば先輩の自分勝手な所とかも好きにならないといけないのかなと、疑問に思い始めて少しずつ慣れるように日々を過ごしていた。
そんな日々を過ごしていたら夏休みまであと一日となっていてある意味、先輩と付き合ってからちょうど一ヶ月、あっという間だった。
そんな事を考えながらわたしは先輩の下駄箱で首を長くしながら待っていた。
先輩は息を切らせる様子もなく歩いてやってきた。
「お待たせっ」
最近の先輩はわたしが待っているのが当たり前だと思っているのかこんな感じだ。
せめて走って息を切らせるくらいはして欲しいなと感じながらも返事をした。
「はい。帰りましょう」
最近のきみはかなり淡々としている印象を抱いていたが、あまり気にしてはいなかった。
【見覚えのある宵の明星】
そんな時。二人は学校を後にした。
最近、帰る時には無理に喋らないような空気感になってきてぼくは少し慣れてきたのかなと感じていた。
わたしは無理に喋る意味があるのか分からなくなっていて、なんだか不安だけど先輩はどこか安心しきっている様子だった。
そんな様子を見てなんにも気にしていないんだろうなと確信した。
そういえば最近、きみの自分語りを聞いていないなと思ったぼくは思い切って質問した。
「今日はなんか良い事あった?」
最近、その言葉を聞いていなかったから不意過ぎて焦ったわたしはしどろもどろになりながらも答えた。
「え、な、なかったです」
「え、なにその反応。……かわいい」
つい、心の声が完全に漏れてしまったぼくは顔を赤らめながらきみとは反対に位置する道路側に顔を向けていた。
「……あ」
先輩の顔は見えなかったけど右耳が明らかに赤らんでいて、わたしも急に恥ずかしくなってこれ以上の言葉が出てこなかった。
少しの間、二人は無言の時間を過ごした。
この瞬間の二人はまるで、初対面の時を彷彿とさせる。そんな雰囲気を纏っていた。
信号待ちをしている時。
ふと、きみは西の空に向かって指を指し喋りかけてきた。
その指す空をぼくも見ていた。
「先輩。先輩は気にしてないかもしれないですけどあれからもう一ヶ月、経ったんですよ。早いですよね、時の流れって」
「そっか。もう一ヶ月経ったんだね。なんかありがとう」
「こちらこそですよ! ありがとうございます。フフッ」
あえて触れなかったが西の空を指で指していたきみの姿が、かわいいから美しいに移り変わっていた。
どこか初めて見るようなきみの姿に見惚れてしまっていたぼくは、呆気にとられ過ぎて立ち止まったままになってしまった。
「……ぱいっ! 先輩っ! 信号変わってますよ」
「ごめん、ごめん。ボーッとしてた」
ボケで誤魔化そうとしたけど思いつかなかったぼくは正直に言った。
「しっかりしてくださいよ。フフッ」
「ほんとね」
「どうして他人事なんですかっ!」
今まででこの瞬間が一番盛り上がっている、そんな気がしたぼくは今まで見てきたきみの姿を思い返してた時、素じゃなかったのかと不安になっていた。
小ボケを挟んだりした時にちょっとした反応が返ってきていたから、こういう人なんだと確信していたぼくが同時に情けなくなった。
ただ、分かっていても癖でつまらない小ボケを挟んでしまうぼくは口を滑らせるように言った。
「俺は、絶対動かないいしだったからねっ」
「ほんと、なに言ってるんですか。フフ」
『やらかした……』
どうしてこうもぼくは学べないんだろう。
気付いているなら反省して、修正すれば良いのにそういう気が利かないで思いつきで口走る。
きみの言う通り何言ってるんだかと思い、いつもよりも深く謝った。
「なんか、ごめんね、いつもいつも」
「いやいや! 謝ることないですよ」
「そう、なの?」
正直、ここで謝られたらこういう答えにならざるを得ないのに、先輩はつくづくわからない人なんだなと感じながらもこの感情を隠すように反応した。
「良いんですよ。フフ」
深く考え過ぎてもいい事ないなと思いながら反応した。
「それなら良かった。てか、もうエレベーター見えてきたねっ。早いや」
「ですね」
エレベーターに着いて、今回は誰一人としても居なかった。
最近は二人きりは珍しかったため、ぼくは少し緊張しながらエレベーターが来るのを無言で待っていた。
わたしにとっての二人きりのエレベーターは、ほんとに心地が良くて何にも変えられない時間。
そんな時間が来て欲しい様で来ないで欲しいそんな感覚に陥りながらも、冷静を装ってエレベーターを無言で待った。
【二人きりのエレベーター】
二人はお互いに開く扉の近くに、立ちながら向き合っていた。
何か言葉を発する訳でも無い。
でもお互い居心地がいい。
そんな空間だった。
エレベーターの扉が開いた。
ぼくは気が抜けてしまっていた。
いつもきみを先に降ろす形で、次にぼくが降りるようにしているのに。
付き合って直ぐだったと思う、エレベーターでタイミングが被ってしまってぶつかってしまい、そこからはぶつからないようにしていた。
肩と肩が触れ合ってしまった。
「ぁ……」
『どんな、声だよ』
自分にツッコミを入れるように心で唱えた。
「え……」
『先輩、めずらしい……』
わたしは声が出そうになったのを無理やり押さえて心の中に留めた。
そしてこの心当たりある感じは付き合って次の日。
エレベーターに乗ってからぶつかるまで、全く同じ動作をしていた事を覚えていたわたしは感情を共有したくて口を開いた。
「この感じ、懐かしいですね」
「そうだよね! いつだったか忘れちゃったけど同じ事あった!」
覚えてないのか。
「ですです」
「あの時はなんか良かったよね!」
急に冷めてしまったわたしは反応出来ないまま改札を通った。
きみが無言で改札を通って帰ろうとしたから止まるように言った。
「待って!」
「どうかしました?」
「明日さ、終業式だし。一緒に登校したくてさ」
「なるほど。わかりました。じゃあ、帰ります」
「あ! 何時とかは?」
「待ってるんで良いですよ」
「分かった! じゃあまた明日!」
「はい」
そう言ってお互いに手を振って二人はホームに向かった。




