大本営通達俺の身体
「本日より、ワタクシこと俺は受験生として開戦を宣言する」
身体がそう告げたのは、ある晩のことであった。
俺は寝ていたのだが、突然身体が目を覚ましたのだ。脳の老廃物は就寝中に行われる。受験生たる俺は良く寝てよく遊び...じゃなくて、よく勉強して、よく食べてないといけないのだが、いきなり夜中に起こされてるのはたまったものではない。夜中とはいえ、いや、午前二時頃のオールナイトニッポンの放送の後なので、まだ朝にはなっていないのでは夜中には違いない。
「敵国米国大学への侵攻を開始し、本試験に向けて模擬試験の攻略を目指す。ニイタカヤマ、ノボレ、トラトラトラ」
臨戦態勢に入った俺の身体は、寝っ転がって頭の上に落ちていた携帯ゲームを放り出すと、俺を起こしにかかった。
まずは、目覚めのヨーグルト。ヨーグルトは胃酸の中和してくれる。受験のプレッシャーに押されてしまう胃に対して、あらたなる弾丸を用意してくれるのだ。しかし、俺はまだ眠い。朝ごはんにはまだ時間がある...というか、先ほど夜食のラーメンを食べたばかりだ。もう少し、勉強しようと思ったところに、夜食を胃につぎ込んでしまったものだから、胃に血が集まり、脳に血が巡らなくなってしまった。つまりは、眠くなって、ごろりと一瞬だけ横になっていたのだ。と思ったら、ぐっすり寝ていたわけだが、それを身体が叩き起こしにかかったのだ。
「時間がない、いや、時間はたっぷりある。真珠湾米国の大学群を絨毯爆撃するのだ。まずは、日本史だ」
「いや、ちょっとまて、俺の受験科目に日本史はない」
とか言う間もなく、身体は、俺の身体を無理矢理起こして、日本史の過去問を取り出した。いや、俺の受験校は理系なものだから、日本史なんてない。机の上にも本棚にも日本史の参考書なんてないのだが、身体はおかまいなしだ。辞書を持ってきては、日本の歴史っぽいものを取り出して、あれこれと言い始める。そこいらに散った新聞からも、歴史ものを取り出してくる。
「日本維新がおこったのはいつだ?」
「戊辰戦争がおこった原因は?」
「日露戦争が終結したのはいつだ?」
「大日本国憲法を暗唱せよ」
「2.26事件の首謀者は誰だ?」
なにやら物騒なこと言い始めている俺の身体だが、俺の頭としては、まったく分からない。いや、訳が分からないという意味ではなくて、分からないのだ。そんな、理系の奴に詳しい日本史を聞かれても、そんなことを答えられるわけがない。知っているのは、「源頼朝が鎌倉幕府を開いた」とか「縄文時代には土器があった」とか、それくらいなものだ。まあ、ちょっとした戦争ものマニアであれば、近代兵器の羅列ぐらいは並べられるかもしれないが、それだって日本史と結び付けられたものではない。戦車がどうとか、小銃がどうとか、駆逐艦がどうとか、兵站がどうとか位のものだ。詳しさが偏っているのは仕方がない。
その、歴史上の前後の流れというか、そういう経緯には興味がないのだ。
数学とか物理とかをだな、現代の最新知識として覚えるのはいいのだが、過去の出来事を知ったところで、何という訳ではない。過去のことは過去のことに過ぎない。そりゃ、国語の文章力とか、英語の読解力なんか必要かもしれないが、歴史の年表とか細かいいきさつを色々と覚えたところで何の役にも立たないだろう。それに、俺の受験科目に入っていないし。まずは、ほら、目の前の目標を達成するのが受験生の務めだろう。そんな、余計なことを覚えている暇はない。
「サンフランシスコ条約で日本が独立を回復したのはいつだ?」
「日本が台湾を占領していたのはいつだ?」
「韓国を併合していたのはいつだ?」
「沖縄が返還されたのはいつだ?」
「広島に原爆が投下されたのはいつだ?」
「南方戦線に進出したのはいつだ?」
そりゃ、まあ、原爆の話とか満州の話とか、戦争ゲームをやっていれば少しは知っていたりする。ゲームの中では、そういう重たい話はさらっとスルーされることが多いのだが、知らないという訳でもない。だが、そんなことを今は気にしている余裕がない。いや、余裕があっても、それと向き合うかどうかはわからない。俺は政治家でもないし何かの運動家というわけでもない。テレビのニュースではいつか見ることはあるけど、まだ、それは歴史上のことだろう?
そんなことよりも、数学の図形の問題を解くとか、物理の問題を解くとかいうのが今の俺には重要なのだ。な、わかるだろう? 俺の身体よ。
「台湾危機ってのは何を示すのだ?」
「アメリカからの関税ってなんだ?」
「常任理事国の意義は何だ?」
「香港の現在はどうなっている?」
いや、待て待て。ものには順番というものがあろうだろう。確かに、世の中にはいろいろな事件が起こっている。国際情勢とか地政学的な問題とか、歴史的な歪みとか、それらが渦巻いているのはわかる。でも、だからといって俺が何かできるわけでもないだろう。単なるひとりの受験生にそんなことを押し付けられても困るし、何かできるわけでもない。だから、俺、いや、俺の身体よ。そういうことはだな、まあ、受験が終わったら考えようじゃないか。今の俺は大学受験のために勉強するのが精いっぱいなんだ。な、おい。
「本日、爆撃を開始する」
どどーん、と身体が言った。
俺の受験する大学は、爆撃によって跡形もなくなった。
俺が必死に勉強を...でもないかもしれないが、いちおう勉強をして受ける学校が、身体の攻撃によって一瞬でなくなってしまったのだ。あ、おれは、身体の言う通り日本史を勉強したほうがよかったのか、それとも、そもそも受験が間違いなのか。視野がせまくなっているのか。ひょっとして...俺は、なにか別なことに加担してしまったのではないだろうか。そんなことを考えていると、
どーん、がッ、と、スマホが頭に落ちて来た。
まぁ、変なことを考えているよりは、模試の復習でもやるか。俺は素直に起き上がった。
あともう一息だ。
【完】




