おくりびとのお茶請け
少女が旅立ってから、随分と時間が経った。
けれど、彼の背中には、今も赤い風呂敷がある。
その中には、命の気配。
そして、手書きの交換日記。
最初の数ページは、彼女の字。
そしてそのあとは——さまざまな人の文字が連なっていた。
彼は今、ひとつの小さな町に立っていた。
商店街の片隅、シャッターの降りた菓子屋の前。
そこは、かつて彼女が和菓子店を開いた場所だった。
今はもう、看板もない。
けれど、木枠の扉は、ほんのり甘い香りをまだ覚えていた。
彼は、そっと風呂敷を広げる。
中から、小さな包みをひとつ。
練り切りだった。
けれど、それは彼が“こねた”ものではない。
——誰かが、彼に託したものだった。
あの夜から、彼は変わった。
命を迎えるだけでなく、
誰かの“最後の味”を、次の誰かに手渡す者となった。
そしてその味には、時々、あの少女の“残り香”が混ざっている。
——まるで、彼女が少しだけ旅に同行しているように。
「そろそろ行くか」
彼は風呂敷を背に、歩き出した。
交換日記の新しいページが、風でわずかに揺れる。
まだ白紙のそのページに、
どんな“味”が記されるかは、これから。
風の中、ふと彼は足を止めた。
ひとりの少女が、道端で泣いていた。
「どうした」
彼女は顔を上げ、涙を拭いながら言った。
「……死んじゃうの。私じゃないけど、大事な人が」
「そうか」
彼は、風呂敷の中から一冊のノートを取り出した。
そして、こう言った。
「じゃあ、何か“味”を残していこう。
その人のこと、話してくれ。
一口でわかるくらい、甘いやつにしてやる」
ノートのはじめのページに、少女の手がそっと触れた。
そこには、あらかじめ記されていた文字がある。