ろっぴき
本来ならば召喚実験の被害者相手とはいえ、国賓用の「パフォーマンス」に近い持て成しをすることなどない。
王族は阿る相手を持たず、貴族は傅かれるもの。
ユウは誰がどう見てもVIPには程遠く、浮世離れした雰囲気はあるものの金持ちにも見えなかった。 つまり、彼らから見たら下も下。タイミングが悪ければ不審者として切り捨て御免かキ印の患者に間違われて牢屋行きでもおかしくはない。
だからこそ、体裁のために一応客人として扱い部屋を用意はしていても、王子たちも宰相もユウを軽視していたのである。むしろ、やっかいごと扱いで距離を置き、機会があればすぐさま放り出そうとしていた。
――――――少し休憩を取らせて様子を見つつ、多少機嫌を取ってから穏便にお引き取りを願えばいい。ごねるようならば旅費に加えて金貨数枚でも渡せば返って喜ぶくらいだろう。故郷が遠いようならば王城を訪れる商人たちにでも託せば問題はない。
そう。
召喚当事者である王子たちも、宰相ですら楽観的に考えていたのである。
____最初は。
ユウと彼らの愉快な晩餐会は、真実を知るものから見ればまさに茶番。
喜劇開幕のベルは、ユウの腹の音と共に静かに鳴らされていた。
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____時を遡ること、1日半前。
ほぼ丸1日昏倒していたユウの腹の虫は、主が失いつつある生存本能を辛うじて所持していたようだった。かなり控えめにだがはっきり「ごはん!」と訴えたその声に、本人ではなく女官が過敏に反応した。
ある意味侍女には似つかわしくない、これ以上ないほどドヤァ顔を浮かべつつ完璧な台詞をキメた、つもりだった。
お腹が鳴ったし、少なくともほぼ丸一日はご飯食べてないだろうし。間違いない。
「いかがですか?」と尋てみたものの、「もちろんいりますよね?」くらいの確信がこもったセリフだった。答えのイエスオフコースを疑ってもいなかった。しかし、予想とはあくまで「見当をつけた未来」であり「確定された未来」ではない。何事にも例外があり、予想は覆されるのがこの世の理である。
侍女がスマイルで暴走しているとき、ユウもまた無表情で暴走していた。
両者のすれ違いは、もはや取り返しが付かないところまで進んでいたのである。
実際のところ、ユウは侍女の会心のセリフ自体を聞いちゃいなかった。
むしろ地味に死を覚悟していた。
ユウにしてみたら、起きぬけ直後に非日常的存在にぐっもーにんと声をかけられて混乱しているところを拝まれて、ただでさえドン引き状態で固まっていたのである。トドメに口元だけ薄笑いの、多分にイっちゃった目でこちらをガン見しているホラーなメイドが無言で枕元に佇んでいる状況だ。子どもでなくても泣く。
くわっと見開かれ、極限まで面積が多くなった白目と、その白地を編み目のように這い回る細い血管。かすかに収縮を繰り返す瞳孔は餓えたように自分を凝視し、獲物を見定めるように片時もそらされない。
もうやだこわい。なにこれこわい。動いたら死ぬ。絶対襲いかかって来るよこれ、と内心半泣きでパニクっていた。
積極的に生きたいわけでもないが、ユウだって怖いのやら痛いのは出来る限り御免こうむりたい。
そんな状況で1時間、緊迫した空気と比例してユウの「いっそ殺して」パラメータも臨界点に近づいていた。
蛇に睨まれた蛙よりは絶望的な気分で、よく見れば涙目に見えなくもないくらい限界のユウを、ユウの腹が裏切った。
自分の腹が鳴ったとき、正直「あ、詰んだな」と思っていた。2重の意味で「終わった」とも。
【殺人鬼に追われ、逃げ込んだ廃墟。とっさに隠れたクローゼットの中で息を殺しているとひたりひたりと近づいてくる足音。
通り過ぎると思われたその時____思わず後退った震える足がクローゼットに転がっていた何かにぶつかり、ことん、と音を立てた。悲鳴をかみ殺し神に祈る。静寂が辺りを包み、そろそろと顔を上げた____その瞬間!
ぎぃぃいい、と軋みながら開かれるクローゼットの扉。月明かりが暗闇の中に差し込み、少女の恐怖に引きつる顔を照らす____そして、影が、少女の顔に落ちた・・・】
心境でいうとこんな感じである。ユウはホラーが苦手だ。侍女がやや興奮気味の早口で何か問いかけているのにも気づいていない。ホラーの権現を直視する勇気も逃げる気力もない。生気の欠片もない目がさらに死ぬ。
ユウはとりあえず、心を無にすることにした。
_____幼馴染に教わった般若心経は、洋モノに通用するのだろうか?と、ぽつりと心に疑問を残して。
ユウのオープンとは言いがたい心から、さらにシャットアウトされたなんて夢にも思っていない侍女は、この時はまだ本心から微笑んでいた。
しかし、会心のセリフからいくら待っても返ってこない返事に、「あれ?おかしいな?」と思い始めてから変な汗をかき始めるまでそう長くはかからなかった。
この侍女、自称ではなく優秀な侍女だった。上級になるにはそれなりの実力がなくてはならない。優秀な側仕えは規律を守り、様式に則りつつも臨機応変かつ柔軟な対応を忘れてはいけない。
特に宮中に仕える女官とは違い、あくまで貴人に仕えることを第一としている侍女たちは多種多様なクセを持つ主人のもとで働くために対人スキルと空気読みスキルの取得も最低条件だ。
そう、この侍女もまた、空気は読めるのだ。もうちょっとがんばればフラグも見えるかもしれないくらい優秀である・・・通常の状態ならば、と注釈付きだが。
少し落ち着いてきた侍女は、新人の時から先輩達に血と汗と涙とともに叩きこまれた侍女魂が叫ぶ「緊急事態発生!」にようやく気づいた。
なんか失敗したかな?と自らの過去(ユウが目を覚ましてから今ココまで)を振り返る。
・・・。
・・・・。
・・・・・。
ダラダラと冷たい汗が背中をつたっていく。
このとき侍女の頭に浮かんだのは、奇しくも先ほどのユウと同じ言葉だった。
(終わった。)
二重の意味で、まで一緒だった。
侍女は引きつった笑みを浮かべると、ユウが死んだ目を宙にさまよわせていることを幸いに一礼して部屋を退出した。
人間進退これ谷まると笑って誤魔化すか三十六計の最上策を実行するしかない。すなわち_____逃走である。
一人残されたユウも、現実逃避真っ最中。お似合いのにわか主従である。
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失態のフォローもままならないまま逃げに走った侍女は、そんな自分に自分でショックを受けていた。 上級になってまだ日は浅いものの、侍女としての経験値にはそこそこ自信があった。あったのにアレだ。あの様だ。
拝むのはまだセーフとしても、無言で長時間ガン見とか。ない。
他人事ならざまぁ!と指さして笑うところだが、自分事だと穴を掘りたい。掘って埋まりたい。ついでに誰か平らに均して目立たないようにしてくれるとありがたい。
その時はせめて「ふぁーすとこんたくととくべつへん~あいてのきもちになってみよう~」と共に埋まろう、とけったいなタイトルの本と心中願望まで出てきた侍女はある意味「侍女の鑑」と言えなくもない。
実際ユウの内心を知ったら「願望」が「現実」になることは間違いない。知らないことは幸いである。
返答はもらえなかったものの、空腹であろうユウには食事が必要だ。
落ち込んでいても仕事はきっちり!を叩きこまれている侍女は、通りかかった見習いに厨房への言付けを頼むと、廊下の隅で壁に手をつき項垂れる。
侍女は知らなかったが、それはかの有名な「猿でも出来る反省のポーズ」を体現していた。
猿には真似できないであろう人間の苦悩に満ちた哀愁漂う顔でそのまま深くため息を吐くと、冷えてきた頭がようやく当初の目的を思い出した。
(あーーーそうだ、報告しなきゃ・・・)
ほぼ忘れかけていた「宰相への報告」という任務である。
名残惜しそうに壁から手を離し、トボトボと宰相の元へ向か・・・・おうとしてまたピタリと動きを止める。
(そういえば・・・宰相がいらっしゃるのってあの部屋よね。あの『部屋』よね!?)
ノォォオオ!と頭を抱えて蹲った侍女は、今日は間違いなく厄日だと確信した。
お久しぶりですみません。
長くなったのでここで切ります。次回はほとんど説明文です。
手直しだけなので、明日また投稿します。読んでいただければ幸いです。