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ひつじを数えて  作者: あぷる
6/8

ごひき

すいません。改稿前のを公開しておりました。

改稿版に差し替えです。(9/25 0:05)

 きゅうううぅぅぅぅぅ




 もの悲しげにさえ聞こえるほどのささやかな音は、二人しかいない客間ではいやに響いて聞こえた。


 カオスだった空間にさらにどうしようもない空気が加わった。


 普通の者なら赤面ものだが、こんなことで動揺できるほどの人間らしさがユウにあれば、もうちょっと色々どうにかなっている。赤面どころかぴくりとも表情を動かさないユウは、相変わらずベッドの上で冷凍マグロのように転がっていた。

 凍りついたように冷え冷えとした空間からなんとか侍女は自力で生還した。



 先ほどまでの某ホラー漫画も真っ青な表情など幻でした。文句ありますか。と全てをぶった切る爽やかな笑顔を浮かべ、侍女は改めてユウに声をかけた。




 「おはようございます。よろしければお食事の準備を致しますが、いかがでしょうか?」




 侍女の内心は「わかる!わかるわ!!このお方のきもちが!!ざまあみなさい本などなくても長年の侍女の経験と女の勘でお客様のきもちを察することができたわ!!ほーっほっほっほ!!上級侍女をなめないで!!」と度重なる自己生産的な精神ダメージのため人格破綻しかけていたが、そこはプロ。素晴らしい表情筋の制御力だ。踏みつけられれば強くなる雑草のように今回の試練で輝きを増した笑顔をユウに向ける。




 生憎、うっかり悟りが開けそうな眩しい笑顔を見る者もいなければ、まともなツッコミを入れる者もここには不在だった。







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 日本は素晴らしい国だ。改めてユウはそう思った。日本は素晴らしい。

 日本食最高。何がいいって・・・口に運ぶための食器が箸だけなのだ。

 場合によっては匙も使うがシンプルイズザベスト。箸のみで美しく食事ができる―――なんて便利なんだろう。パスタなどフォークオンリーで食べることができる食事をユウは失念している。


 ___もっと言えばカロリーなメイトやウィダーインなゼリーなんかあればなおよろしい。

 ユウは食器を必要としない、あくまで栄養「補助」であるはずの食品のみをもそもそ食べるのが日常だった。最近それすらも口に入れることを面倒がっていたため、こんなもっと面倒な状況に陥っているわけだが。ユウにとっては知らぬが花。

 ユウは現時点でもコレが【夢】だと認識し、それを疑ってもいなかった。





 半ば逃避気味に現実から目をそらそうとするユウの前には・・・とんでもない量の食器(カトラリー)が現在進行形で所狭しと並べたてられている最中だった。

 ユウの目がさらにどんよりと濁りを増す。

 生きたまま人はこんなにも死んだ目ができる、と公式に世界記録を残せそうな快挙である。


 ユウにとって目の前の光景は、より自分の精神を疑わせるものでしかなかった。夢辞典購入を検討に入れる。

 ユウは他の者が直視したら不気味すぎて逆にトラウマになりそうな目を元凶(テーブル)に向けた。





 何度瞬きをしても、やはり悪夢は目の前から消えてくれなかった。






 フォーク的なものだけでも20本以上。色こそ銀で統一されているものの、よくぞここまでと言いたくなるほどの種類である。

 デザートフォーク、レリッシュフォーク、サラダフォーク、ディナーフォーク、コールドカットフォーク・・・に似たフォークからなぜか柄が著しく湾曲しているものや先が8又以上に分かれているもの、先が交互に波打っているものまで多種多様。それがスプーンやナイフまで同じ調子で勢揃いしている。よく見ると、ナイフはナイフでもコンバットナイフのようにごつい『刃物』もある気がしたが、慎重にそちらには目を向けない。「皆さんにちょっと殺し合いをしてもらいます」なんて言われたら困る。野生の食うか食われるかな食事はどう見ても被食者な自分には不向きであるとユウは自信をもって宣言できる。





 ユウが無表情のまま動揺している間にも、テーブルにかけられたクロスの眩しい白をカトラリーのきらめく銀があっという間に侵食していく。給仕の手から音もなく次々と溢れ出るように並べられ、揃えられ、重ねられていく銀色。え、いまどこからそれ出した?そんな量のスプーン袖にも服の中にも仕込めないはずだよ?え、え、ちょ、物理的に今おかし・・・!

 ユウの(やはり無表情のままの)驚愕をおいてきぼりに、一つ一つが芸術品のように美しく完成されている食器がいよいよクライマックスに向けてより複雑に組み立てられていく。____そう、並べるだけでは飽き足らず、ついに立体にまで手を伸ばしたのである!組み合わせによってはアンバランスなはずの食器が、計算しつくされた調和と絶妙な配置をもって整えられ、組み立てられ、さらに高く積み上がっていく。




 思わず手品を見るような気分で茫然と見守ってしまったユウは、正直これが食事の準備だとは到底思えなかった。何だこの巨大パズル。もしくは合体ロボ。食器で遊んではいけませんと教わらなかったのか。使う時はずすのに生死を駆けたジェンガに挑まなければならないのか。・・・失敗したら頭上から武器込みの食器(カトラリー)が降り注ぐ食事・・・しまったバトルロ○イヤルじゃなくてデスゲームか!!




 ユウは「悪夢だ・・・・」と心底(おのの)いた。


 自分はこんな夢を見るほど荒んでしまっていたのだ。

 



 目の前にはささやかなスペースがあり、皿などは何とか1、2枚置けそうではある。

 しかし、ユウが手を伸ばしても、立ち上がってさらに伸びても届かない遥か向こうまで並べられたカトラリーの大群。極めつけは威圧感満載でテーブルのど真ん中に聳え立つカトラリーで出来たタワー。

 しかも対戦相手は3人。極めて自分は劣勢だ。死んだ目をさらに死んで腐った目に進化させながら食欲どころか生きる気力をさらに減退させてしまったユウ。

 向かいに座る(10メートル先でも向かいは向かいである。)、対戦相手。ユウの目を直視しないようさりげなく、しかし必死に視線をずらして強張った微笑みを浮かべる少年たちに、ユウはゆぅらりと墨色の底が見えない目を向けた。







 「マナーなど気にせず、どうぞ召し上がってください。」



 視線が微妙に合わないまま、代表して真ん中の少年に食事(ゲーム)開始を宣言された。






 ______ピンチだ。





 思わず視線を彷徨わせたユウの目に、右手のギリギリ届くところに目立たないようそっと置かれていた救世主が映った。ルールは説明されていない。レストランだってコレを使用させてくれるところはあるのだ。自分は、これに賭ける。




 _____ビバ、日本食。







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 世界にはいろいろな風習がある。

 行儀があり、作法がある。


 正式なものから略式なものまで、まさに文化の数だけ、国の数だけ個々の慣習があると言っても過言ではない。



 食事のマナーだけでも国や地域が違えばかなりの違いがある。フィンガーボールの存在を知らなければ、それを飲み水の器だと勘違いしても仕方がない。

 無知ゆえに相手のマナーから逸脱した行為をしてしまうことも、確かにあるのだ。





 しかし、世界中のどんな地域にも共通するもてなし方が存在することもまた、事実である。





 例えば、美味しく料理を食べてもらいたい___あなたと楽しく食事がしたい、という意を相手に伝えるため、あらゆる種類の食器を並べるという様式がそれに当たる。

 西域には一皿のスープを食するにも5種類の食器を美しく使いこなさなければならない国があり、大陸には食器を使わず手づかみで食事をしたり、両手にフォークを持って両側か持ち上げるよう口に運んだり、先のとがったナイフで刺してそのまま齧り付くのが正しいと言われている地域まである。

 どんな食事法にも対応できるよう、様々な食器を大量に並べ、美しく飾り立てることで相手への歓迎・歓待を最大限に表すのである。目の前で並べられ、積み上げられる食器を披露し、相手の目を楽しませることが、最高のもてなしなのだ。

 カトラリーの数が多ければ多いほど、組み合わされる食器が美しければ美しいほど、相手への敬意や好意が高い。もちろん組み合わさり、高く連ねられた食器はほぼ使わないことを想定されたもので、現在では催事や特別な会食時にのみ用意される。いわゆる様式美の作法として残っているだけの飾りであり、カトラリー自体も今では形骸化され、使用方法や意味など知らぬままに並べられるものも多い。





 そして、並べられること以外に意味はないとされる食器の中でも特殊なものが―――、一膳。


 材質は木であったり、金属であったり、珍しいところでは動物の骨や牙で作られることもある。


 ペンよりもやや細く長く、どちらかの端がもう一方よりやや細めの棒状の形態・・・なぜかまったく同じものが2本で1セット。






      日本で言うところの、箸である。







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 ユウは緩慢な仕草でふらふらと手を伸ばした。そう、あえて最初からあの塔に挑むことはない。

 まずは身近なものから始めればよいのだ。でも・・・あぁ、なんて面倒くさい。


 もういいや、死んでも。どうせ夢だし。夢なら痛くないし。

 心の中でぼやきつつ、箸を構えた。

 給仕が先ほど配膳していった彩りが美しいサラダを無造作に引き寄せ、挑みかかる。



 それが新たな勘違いの始まりの合図だとは___サラダに誓って思っていなかった。




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