さんびき
宮廷の常識では王に謁見するときは跪くのが基本。
許しを得るまで顔すら上げてはならない。
そしてとにかく本題まで長く美辞麗句を連ね王を称え最上級の敬意をもって応じる。
暗黙の了解とすらいえない宮廷の礼儀。
謁見の間ではなく公式の場所ではないにしろ、最高位の存在に礼を尽くすのは当然のこと。
なのに
それら全てをすっ飛ばして
「はい」と声を出すことすら面倒そうに
本来なら王に対する無礼を咎めるべきなのだが、ユウのどちらかというと滑らかではないカクカクとした首の動きと召喚されてからすでに軽食なら摘まめるほどの時間が経っているにも関わらず口を開いたのはわずか二音、他の動きは全くなしという異様さに圧されてなんとなく口を挿めなくなってしまった宰相。
とりあえず「廃人」ではなさそうだが・・・やっぱりなんとなくおかしい。これは術の影響なのだろうかと苦悩続行中の少年1。
にこやかな表情のまま成り行きを見守る少年2。
詰まらなそうに頭の後ろで手を組む少年3。
まさか頷かれるとは思ってなかったちょっと毒気を抜かれた王。
そして_____
「貧血気味なので、寝ていいですか」
貧血起こして倒れて見ている夢の中なのにまた貧血か・・・とユウは立ちっぱなしでくるくるし始めた視界の隅で、呆気にとられた誰かの表情を認めると同時に意識がブラック・アウト。儚さと無縁な豪快さでバタンと前のめりに倒れた。
そして広間の5人の硬直が解けるまで、行き倒れそのままの恰好で放置されたのだった。
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まっさきに硬直が解けたのは王。国を担っているだけに頭の切り替えが早いし順応性もあった。・・・いつもよりは若干頭の回転が鈍くなっているのを自分でも認識していたが、今はとりあえずこのおかしな人間を何とかする必要がある。
倒れてしまったのもこちらに責任がある可能性があるので客人として扱うべきだろう。幸い不審ではあるが危険はなさそうだし、体調が戻るまでは休養をとらせなければ。なにしろ、呼んでしまったこちらに非があるのだし。宰相に目を向けるとそちらもなんとか立ち直っていたようで、王の視線からしっかり意志を受け取った。即座に人を呼び、指示を出し始める。
こうしてユウは、知らない間に≪遠方からの客人≫となり、ついでに(被害者であることから)丁重に扱うべき≪重要人物≫として認識された。
_____ちなみにユウが倒れた理由は本人が思っていた通りただ「(面倒くさいから)食事を数日とっていなかったため」、であった。
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目が覚めたら目の前にメイドさんがいた。寝ていたベッドには、なぜか色々ごちゃごちゃした装飾が付いていた。天蓋とかフリルとか。だからユウはまだそれを「夢」だと思った。単純な理由だった。
もし目の前にいたのが友人や、長いこと会っていない家族だったり、病院につきものの看護師や医師だったのなら「あぁ、倒れて病院に担ぎ込まれたんだな」と即座に判断できる。
もしくは寝ていた場所が道路脇で目の前にいたのがどこにでもいる通行人っぽい人なら、倒れた自分を応急処置してくれているのだろうと思うこともできる。
でも実際は目の前にいるのはどう見てもメイドさんで、自分が寝ているのは金ぴかのベッドだ。ない。ないない。夢とはいえちょっと自分を疑った。「金持ちになってメイドさんに奉仕されたい」とかいう深層心理でもあるのだろうか。自分でも驚きだ。まだ自分にそんな「欲」があったとは。まだ生きていけるかもしれない。
目を開いてはいるものの、身じろぎするわけでも声を出すけでもない・・・しかもなんだか目も半開きでほとんど瞬きすらしない・・・そんなユウに侍女歴ウン年最近上級に昇格した有能侍女もさすがに困った。
この方起きているんだろうか。ユウが気がついたのなら声をかけるようにと宰相に言われているが、コレを「起きている」と判断してもよいのだろうか。こちらから声をかけるべきか・・・しかし薄眼を開けたまま寝るタイプの人間もいないではない。そうだったら起こしてしまうことになるしそれは失礼にあたる。
控えめで穏やかな「侍女」の笑顔を顔に張り付かせたまま侍女は焦っていた。笑顔がだんだん引きつっていくのが自分でもわかる。
起きていないのなら起こしてはいけない。起きているのなら、挨拶もせずこのままただ無言で笑顔を向け続ける自分をこの客人は不快に思うだろう。それに宰相に報告もしなければならない。
(もうちょっと!もうちょっとでいいから何かヒントを!!起きていると確信が持てる反応をわたしにちょうだい!!)
侍女の心の叫びがユウではなく神に届いたのか、ユウはふいにくしゃみをした。たぶんただの生理反応だけれど、一応口元に手もやっていたし起きているに違いない。あぁ神様ありがとう。
侍女は思わず神に感謝した。
突然目の前のメイドに拝まれたユウは無表情のまま内心でドン引きした。