5.アドルフ第七皇子
領都に凱旋して二日目、部屋の中でエミリア姉上と紅茶を飲んでいると、扉が開いて疲れた表情のアデル兄上とベルムント辺境伯が現れた。
「二人共どうしたの? すぐれない顏して?」
「敵の本陣から連れてきた捕虜だが、一人は我が領地と国境をまたいで隣接している土地を領地に持つバルドハイン帝国のベレンドルフ伯爵。もう一人は皇族のアドルフ第七皇子だったんだ」
「え! どうして、そんな重要な人物が捕まってるの?」
なぜ辺境での国境の小さな戦いに、バルドハイン帝国の皇子が参加してるんだよ。
でも、僕達三人も戦いに参加していたから、人のことは言えないのか。
アデル兄上は苦い表情で話を続ける。
「敗戦濃厚となってベレンドルフ伯爵は撤退しようとしたんだが、アドルフ第七皇子が逃げることを善としなかったらしい。それで言争いをしている間に、我々の兵が敵本陣の天幕に突入して二人を拿捕したそうだ」
「敵軍の総大将が捕まることは稀ですがな」
ベルムント辺境伯の説明では、小競り合いの戦では敗戦が決まる前に、大将である貴族が先に逃げ出すことが多いという。
そのほうが後々の兵士の身代金や損害賠償について交渉がやりやすいから、逃げる敵将を深追いして捕まえることはしないらしい。
「それで二人は何を困っているの?」
「地下牢に入れているアドルフ第七皇子なんだが、捕虜となったことが不満らしく、自分を殺せと騒いでいるんだ。それで対処に困ってな」
アデル兄上は辟易とした表情を浮かべる。
もしかすると、アドルフ第七皇子は捕虜になったことが恥ずかしくて悔しくて、自分のことが許せないのかもしれないな。
時間が経てば少しは落ち着くと思うけど……
そんなことを考えていると、僕の対面に座っているエミリア姉上がスッと椅子から立ち上がる。
「こうして皆で顏を突き合わせていても埒が明かないわ。私がアドルフ第七皇子と会ってみるわ」
「それなら僕も一緒に行くよ」
「そうですな。人が変われば回答も変わるかもしれませんしな」
僕、アデル兄上、エミリア姉上、ベルムント辺境伯の四人は、部屋を出て地下にある牢へと向かった。
地下に通じる階段を降りて、魔導ランプの灯りがともる通路を歩いて牢へ向かう。
すると二つの牢に一人ずつ、恰幅のよいの男性と、アデル兄上ぐらいの年恰好の少年が座っていた。
たぶん、大人のほうがベレンドルフ伯爵で、少年のほうがアドルフ第七皇子だよね。
エミリア姉上はスタスタと歩いて、アドルフ第七皇子の入っている牢の前で華麗に礼をする。
「私はクリトニア王国の第二王女、エミリアと申します。あなたがアドルフ第七皇子ですね」
「……ああ、そうだ……」
アドルフ第七皇子はエミリア姉上をチラッと見ると、顏を背けてしまった。
エミリア姉上は勝気な性格が表にでがちだけど、静かにしていれば金髪碧眼の美少女だからね。
もしかするとアドルフ第七皇子は照れたのかもしれないな。
そんなアドルフ第七皇子を気にすることもなく、エミリア姉上はニコリと微笑む。
「どうしてバルドハイン帝国の帝都にいるはずの皇子が、我が王国との国境での戦いに参戦されていたのですか?」
「俺は第七皇子だ。だから武功をたてる必要がある。ベレンドルフ伯爵の領地へ視察に来たついでに、クリトニア王国の国境を脅かしてみようと思ったんだ」
今回の国境での戦いはアドルフ第七皇子が起こしたものだったのか。
第七皇子といえば皇位継承権の順列が低い。
だからアドルフ第七皇子は武功を焦ったのだろう。
アドルフ第七皇子は姿勢を正して、ジッとエミリア姉上を見る。
「敗戦した以上、おめおめと生き恥を晒すつもりはない。死んで皇帝陛下に詫びたい」
「皇子がそんな事を言ってはなりません。皇子のために死んでいった兵士達もいるんですよ。本当に戦の責任を取りたいのであれば、帝都へ戻り、皇帝陛下の前に出て敗戦の報告をすることです。あなたの言っていることは、子供の戯言、ただ皇帝陛下から逃げているだけです」
ピシャリと言い放つエミリア姉上の言葉に、アドルフ第七皇子は力なくガクっと項垂れる。
さすがは男勝りの姉上だ、容赦ないな。
僕の出る幕はなかったね。
どうしてアデル兄上とベルムント辺境伯が慄いた表情をしてるんだよ。
アドルフ第七皇子が黙ると、隣の牢にいたベレンドルフ伯爵が立ち上がって牢の柵を握る。
「私を開放してくれ。そうすれば自領に戻って、兵の身代金も、損害賠償も支払おう」
「黙りなさい。あなたがいなくても、バルドハイン帝国側のこの領地に近い諸侯があなたの代わりに交渉のテーブルについてくれます」
エミリア姉上に言い負かされたベレンドルフ伯爵は苦々しい表情を浮かべる。
アドルフ第七皇子をここに残して、自分だけバルドハイン帝国へ帰還しようというのか。
どこにでも保身が強く、私利私欲にまみれた貴族っているよね。




