4.国境での戦い
天幕の中でアデル兄上とベルムント辺境伯の軍議が続いている。
このままでは勢いに任せただけの戦略になりそうだ。
僕は控え目に声をあげる。
「戦力が互角なら、その作戦だと負傷者が増える可能性があるよ。勝てる戦いなら、負傷者を少なくする戦い方をしたほうがいいよね」
「相手が真っ向勝負をしてくるなら、こっちも真っ向から受けて戦うのがカッコイイだろ」
「これは戦で、カッコイイ勝負をしてるんじゃないの。アデル兄上も、これからもっと戦場で武勲を立てるんだから、戦略や作戦を考えたほうがいいよ」
「それはそうだが、頭を使うのはどうも苦手だ」
うん……アデル兄上が脳筋なことは知ってるよ。
アデル兄上が髪をかいている隣で、ベルムント辺境伯がジロリと僕を睨む。
「それなら、どういった戦略が有効とお考えか?」
「敵兵と人当たりしてからの撤退戦」
「俺は王子だぞ。勝負が決する前から撤退なんかできるか」
「撤退と言っても、ホントに撤退するわけじゃないよ。戦う戦場を敵軍の思惑からずらして戦うんだよ」
「よくわからん。イアン、詳しく説明してくれ」
僕の考えた戦略は、草原の中央での戦いを避け、できるだけ国境から辺境伯の領地側で戦うことだ。
そうなれば敵軍の先鋒は味方兵を追いかけてくるはず。
ということは敵軍の本陣と先鋒の距離がひらくことになり、一度に相対する敵兵の数がグンと減る。
そこを一気に味方兵で叩けばいい。
話を聞き終えた辺境伯は胸の前で両腕を組み、大きく頷く。
「確かにイアン殿下の戦略ならば、こちらの兵の負担が大幅に減りますな」
「なるほど、それなら撤退して逃げたことにならない。イアンの戦略でいこう」
ベルムント辺境伯とアデル兄上は僕の戦略を採用して軍議を再開した。
軍議の結果、戦は明日と決め、 バルドハイン帝国軍へ伝令を走らせた。
翌日の朝、太陽が昇り始めた頃、両軍は横列に陣を構え、草原で対峙する。
僕とエミリア姉上は天幕から出て戦場を見守る。
馬にまたがったアデル兄上が剣を頭上にかかげる。
「勝利は我等にあり! 全軍進め!」
アデル兄上の号令で、開戦を示す太鼓が鳴り響き、全軍が横陣となって敵軍へと進んでいく。
バルドハイン帝国軍の方からも太鼓の音が聞こえ、敵が進軍を始めた。
草原の中央で、互いの軍の弓隊が矢を雨のように降らせる。
その中、両軍の歩兵が長槍を持って激突した。
戦況は一気に乱戦模様へと移り変わっていく。
頃合いを見計らって、前線で戦っていたアデル兄上が剣を真上にかかげてクルクルと回す。
「撤退だ! 撤退しろ!」
その声に、事前に戦略を聞かされていた兵士達は、敵兵と応戦しながら撤退を始めた。
どこまで撤退するかは、後方にいたベルムント辺境伯が指揮をとる。
「もっと敵兵を引き入れろ! 応戦しながら撤退するのだ!」
逃げる味方兵を敵軍は好機とみて追いかけてくる。
しばらくすると、敵軍の陣は横列から縦に長細く変わっていった。
好機と見たのか、アデル兄上は馬体を翻して大声で号令をだす。
「全軍反転! 敵の本陣と先鋒が離れた、一気に畳みかけるぞ!」
草原に味方兵の怒号が鳴り響き、反転して敵軍の先鋒を殲滅していく。
こちらの目論みを知った敵兵が、撤退しようとするけどもう遅い。
味方兵は敵兵を各個撃破し、敵軍の本陣へと迫っていった。
その様子を見ていたエミリア姉上は安堵したように微笑む。
「これで勝敗は決まったわね。さすがイアンの戦略だわ」
「違うよ。いくら戦略がよくても、実践できなければ意味ないし。これはアデル兄上の功績だよ」
「そうね。そういうことにしておきましょう」
アデル兄上は考えるのは苦手だけど、覚えたことを素直に実行することに躊躇がない。
戦略をその場で使いこなせたのは、アデル兄上だからこそだ。
エミリア姉上に褒められて、照れたわけじゃないからね。
昼過ぎに戦闘を中止するラッパが吹き鳴らされた。
どうやら敵軍の本陣は壊滅したらしい。
アデル兄上と辺境伯が戦場から戻って馬から降りる。
その後ろに見知らぬ二人の男が縄に縛られて、兵達によって連行されてくる。
たぶん敵軍の首級だろうな。
「イアン、俺の活躍を見たか!」
「はい、アデル兄上。めちゃくちゃかっこよかったよ」
「そうか、もっと褒めていいんだぞ」
無事に戦も勝利し、今日は自陣の天幕で野営し、明日領都へ凱旋することになった。
翌日の昼前に撤収を終わらせた辺境伯軍と共に領都へ向かう。
兵達の行軍と一緒だったので、馬車で来た時よりも日数がかかり、領都に戻ったのは四日後だった。
先触れの伝令が先に戦での勝利を伝えていたので、領都の外壁を潜ると、庶民達が大通りに立って、僕達を出迎えてくれた。
庶民達はそれぞれに、アデル兄上とベルムント辺境伯の名を呼んで、今回の戦の勝利を祝う。
馬に乗って笑顔で手を振るアデル兄上はとてもかっこよかった。
ベルムント辺境伯の邸に到着した僕達は、旅と戦の疲れを癒すため、数日の間は邸に滞在することになった。
王都を出てから忙しかったから、少しは休憩してもいいよね。




