10.姉上と僕の加護
周囲を警戒していると、近くの樹々からバキバキと音が聞こえ、茂みの中からオークが三体現れた。
オークは豚顏の人型で、恰幅のよい体をしており、膂力が強く、こん棒や体術で攻撃してくる危険な魔獣だ。
三体のオークはドシドシと足音をさせて、こん棒を片手に構えてゆっくりと近寄ってくる。
それを見たリアムは腰から双剣を抜いて、一体の前に躍り出た。
するとクライス達五人は二手に分かれて、鞘から剣を抜いて二体のオークを相手どる。
目の前を遮られたオーク達は、怒りの咆哮をあげた。
「ブモモオォー!」
オーク三体は無茶苦茶にこん棒を振り回し、リアム、クライス達をこん棒の一撃を回避するばかりで、近寄ることができない。
もう太陽はすっかり消えてるから、焚き火の炎だけでは、魔獣の動きを正確に把握できていないのかも。
皆の戦闘を見ながら、そんなことを思っていると、僕と同じことを考えたのか、エミリア姉上が頭上に手をかざして光魔法を空高く放った。
エミリア姉上はクリトニア王国で唯一、「聖女」の加護を持っているのだ。
この世界では五歳になると教会で「託宣の儀」を受け、女神から恩恵を授かる。それが加護だ。
「託宣の儀」を受けるには教会に多額の寄付をする必要があり、だから貴族のほとんどは加護を持っているけど、一般庶民で加護を持っている者は少ない。
加護には色々な種類があり、その加護により、使える賜物が違うんだ。
エミリア姉上は「聖女」の加護を授かっていて、そこから派生する賜物、光魔法を使えるというわけだ。
もちろん僕にも加護がある。
「聖女」ほど希少な加護ではなけどね。
空高く放たれた光は、空地を真昼のように照らす。
その光の眩しさにオーク達は一瞬だけ動きを止めた。
それを合図としてルーネがリアムと対峙しているオークへファイアーボールを放つ。
顔面にそれを受けたオークは、両腕で顔を庇いながら体を泳がせる。
その隙をついて、オークの懐へ潜り込んだリアムが両手に持つ双剣で腹を両断した。
リアムの戦いを見終わった僕は視線をクライス達へ移す。
するとクライス達はオーク二体との戦いに苦戦しているようだった。
騎士団の訓練は対人戦闘で、魔獣討伐の訓練は受けていない。
いくら騎士は強いとはいえ、魔獣相手では勝手が違うのかもしれないな。
「さて、僕もそろそろ動こうかな」
そう言って、僕は体の中にある魔力を開放する。
僕の持っている加護は「暗殺者」だ。
王家の者が「暗殺者」という後ろ暗い加護を持っているのは体裁的にマズイ。
だから僕の加護のことを知っているのは家族のほかに王宮内でも数人しかいない。
体内の魔力を使って身体強化した僕は、気配が察知できないほどの速さで空地を駆け抜ける。
そしてオークの真後ろへ回り込み、跳躍してオークの首に剣を突き刺した。
オークは首から血を噴き出してバタンと地面に倒れて絶命した。
「援護に感謝いたします」
クライスは礼をして、もう最後まで残っているオークと戦っている仲間の元へと走っていった。
それから十五分ほど戦いは続いたが、オークはクライス達の手によって倒された。
オークが強いとはいえ、騎士を五人も相手にして勝てるはずがないよね。
戦いを終えたクライス達に向かって、手をパチパチと叩いてエミリア姉上が微笑む。
「さすがはクライス達ね。お疲れ様」
「オーク相手に手間取ったところをお見せして、申し訳ありません」
「時間がかかっても討伐できればいいのよ。気にする必要はないわ」
「王城に戻り次第、魔獣討伐の訓練もいたします」
エミリア姉上から視線を逸らして、クライスは髪をかく。
地面に座って安堵していたら、リアムとルーネが近づいてきた。
「あんな素早い動きを見たのは初めてだぞ。もしかすると「暗殺者」の加護持ちなのか?」
「そうなんだけどね。貴族が持つには不吉な加護だから、内緒にしてね」
「イアン君、すごい!」
リアムは大きく頷き、その隣でルーネが目を輝かせている。
エミリア姉上が放った光は消え、辺り一面は夜の暗闇になる。
僕達は食事を諦め、テントで休むことにした。
焚き火の番と、見張りをクライス達が交代でしてくれた。
テントの中で、エミリア姉上と毛布に包まって体を休める。
すると慣れないことをして疲れていたのだろうか、すぐに睡魔がやってきた。
ぐっすりと眠っていると体を揺すられて目を覚ます。
すると目の前にエミリア姉上の美しい顏があった。
「うわ、ビックリした!」
「イアンの寝顔をゆっくり眺めることができて幸せ」
「やめてよ。もう小さな子供じゃないんだから」
「私にとっては、イアンはまだまだ可愛い子供よ」
言い合いではエミリア姉上に勝てる気がしない。
僕は大きく息を吐いて、毛布を脱いでテントの外へ出ると、既にクライス達とリアム達は朝食の準備を進めていた。
今日の朝食は肉の腸詰、鳥の卵の目玉焼き、それと白パンだ。
朝食を食べ終わった僕達は、手早く撤収を済ませ、樹海の奥へと出発した。
二時間おきに小休憩をとりながら、歩みを進める。
森の中の風景は樹々がいっぱいで、僕一人だったら迷っていただろうな。
しばしば魔獣の襲撃を受けたが全員の力を合わせて討伐し、夕暮れ時になると空地を探して野営をする。
そして『プリミチブの樹海』に入って五日後、深い谷の間にドワーフの集落を発見した。
僕達はゆっくりとした足取りで急斜面を降りていくと、集落の中からドワーフ達が武器を持って待っていた。
僕は地面に落ちていた枝に白いハンカチを取り付けて大きく横に振る。
「戦うつもりはない! 戦うつもりはないから!」
「お前達は何をしにきた!? 今すぐここから立ち去れ!」
「僕達はドワーフ族と仲良くしたいんだ! どうか話を聞いて欲しい!」
そう言いながらドワーフ達に近づくと、一人のドワーフが歩み出てきた。




