令嬢の乗った馬車(別視点)
コウ達が温泉旅行に行くついでにハロウィンイベントの地へ先乗りすると決めた頃、それに一足遅れてイベントの手掛かりを掴んだ者がいた。
王都に程近い森の中を走る一台の馬車。シンプルだが品のあるデザインで、側面にある銀の紋章がその所有者の身分の高さを示している。
「危ないところを助けていただき、本当にありがとうございます!」
「いやー、それほどでも……!」
馬車に乗っているのは淡い水色のドレスを着たフワフワと緩く波打つ銀髪に澄んだ水色の瞳の可憐な少女と、動きやすそうな服の上に冒険者らしく革鎧を着けた活発そうな少年だ。
「冒険者様が来てくださらなかったら、わたくし、どうなっていたか……冒険者様、とってもお強いのですね」
NPCとはいえ眩いばかりの美少女に持ち上げられて鼻の下を伸ばす。
「へへへっ。あのくらいのモンスターならゼンゼン大したことねーよ! また襲ってきても俺が退治してやるさ!」
「まぁ。とっても頼もしいです!」
少女は真ん丸の大きな瞳を潤ませ、鈴を転がすような声で少年を褒め称える。うるうるとした上目遣いに少年はすっかりのぼせ上がってしまった。
「わたくし、ミーシャ・クラークと申します。冒険者様のお名前は何とおっしゃるのですか?」
「俺はユーゴだ。ユーゴ・フラットヒル。よろしくなミーシャ!」
──俺は平岡勇吾。またの名をユーゴ・フラットヒル。
少し前まではフラットヒルまでが名前だったのが不満だったが、この間のアップデートで苗字を分けて登録できるようになった。神アプデだ。
そんな俺には誰にも話していない野望がある。それはイベントで大活躍して公式アーカイブに載り、有名プレイヤーになるというものだ。
前回のイベントは開催地が王都だったため辿り着くこと自体が難しく、移動に殆ど時間を使ってしまった。闘技大会には何とか間に合ったものの、予選通過もできずに悔しい結果となってしまった。
だが俺は諦めねぇ!
折角やって来た王都だ。近くのフィールドでレベリングして、もっともっと強くなる。そして次のハロウィンイベントでは大活躍する予定だ!
そうなったら学校の人気者になってしまうな。今からカッコいいサインを考えておこう。
今はまだゲームが得意な普通の学生だが、いつか必ず世界が俺に注目する日が来るはずだ!
そんな事を考えながらレベリングしていた俺は森の中でモンスターに囲まれている馬車を見つけた。護衛もいたが皆ケガをしてボロボロだったので助けてやると、中に乗っていたのはスゲェ可愛い女の子。
最高の気分だ。今なら何だってできる気がする。
こんなイベントなら毎日起きてもいいぜ!
──そんな訳で、美少女から馬車へと誘われてウキウキで乗り込んだユーゴは、二人きりの空間に浮かれつつも、ずっと気になっていた「どうしてお嬢様が森にいたのか?」という疑問をミーシャにぶつける。
「わたくしは生まれつき体が弱いので、健康のためにレベル上げをしに来たんです」
「健康??」
NPCはレベルが高いと健康になり老化も遅くなる。そのため貴族はみんなレベル上げをしているのだ。
「レベリング健康法か……新しいな」
「いえ、古くから行われてきた伝統的な手法ですよ?」
貴族男性は王家主催で行われる狩猟会に参加し、ザバックまで遠征へ赴いてレベリングを行う。
ザバックとは強いモンスターが生息する山岳地帯だ。ドラゴンの棲家でもあるそこは危険極まりない場所だが、モンスターが繁殖し過ぎて町まで降りてこないように間引きも兼ねて定期的に行われている行事だった。
しかし低レベルの者が行くには危険過ぎるため、貴族女性や子息令嬢は町の近くの比較的安全な森でレベリングを行っている。
今回は想定以上の数のモンスターに囲まれてしまったところにユーゴが現れたという訳だ。
「お礼をしたいので今からお時間があれば是非、我が家へお越しいただけないでしょうか?」
「ああ大丈夫だ!」
もしかしたら何かすごい装備でも貰えるかも、と二つ返事で了承するユーゴ。雑魚モンスターを蹴散らすだけで美少女から感謝されてお礼まで貰えるなんて良いイベントに当たった、と彼は己の幸運に感謝していた。
乗合馬車を引く普通の馬とは違って馬系モンスターの血が混ざった高級馬が引いている馬車は中々の速さで進み、人で賑わう通りを抜けて高級そうな区画へと入っていく。
「ここが我が家です」
ミーシャに連れられて到着したのは貴族と聞いて想像していたよりも小さめの屋敷だった。それでも現実で考えれば豪邸ではあるのだが。
(貴族の家って、もっと端から端まで見えないような広い庭がついてんのかと思ってたんだけどなぁ……)
期待外れだと内心がっかりしているユーゴは知る由も無いが、王都には限られたスペースの貴族街に大勢の貴族が住んでいるため、ひと家族あたりに割り当てられる敷地の最大面積が決められているのだ。それで言えばミーシャの住む屋敷はかなり広い方である。
王都以外に住む貴族には制限が無いので、都会の一軒家に住むのか田舎の豪邸を選ぶのかは人それぞれだろう。
「ミーシャ! 怪我は無いか!?」
「はい。ご心配おかけしました」
「良かった……」
既に連絡が行っていたのか玄関から飛び出して来たのは神経質そうな青年だった。彼は震える声でミーシャの無事を確認すると、安堵の溜息を吐いて彼女を抱きしめた。
(えっまさか婚約者!? いやいや、兄とかだよな……?)
ミーシャはどんぐり眼で小柄な令嬢だ。青年は髪と瞳の色こそ同じだが、背が高く、整った顔立ちに切れ長の瞳がともすれば冷酷そうにも見える。
一瞬浮気されたような気持ちになったユーゴだったが、似ていないだけで兄妹かもしれないと思い直す。仲良くなった美少女に婚約者がいるだなんて考えたくもない。
「こちらのユーゴさんが助けて下さったんです」
「そうか。妹が世話になったな」
(兄妹だった! ヨシ!)
「いや全然──」
「貴様がモンスターを呼び寄せてミーシャを襲った訳ではないのかは調べさせてもらう」
「ハァッ!?」
いきなり言い掛かりをつけられて声を上げるユーゴだったが、屋敷から出て来た護衛に囲まれてあっという間に取り押さえられてしまった。
「お兄様!?」
「ミーシャ、お前が屋敷を出た後に脅迫状が届いた。『妹の命が惜しくば魔物の出現地点を教えろ』とな。太陽神殿の過激派が動いたのだろう」
地面に押さえつけられたユーゴを冷たく見下ろす青年。
「俺はそんなの送ってねぇよ!!」
「それが本当かどうかは今から分かることだ。……連れて行け」
護衛から拘束されたまま立たされ、ユーゴは不本意な形で屋敷の中へと足を踏み入れるのだった。




