ゲーム開始(ユキ)
引き続きユキ視点です。
気がつくと俺は海岸に横たわっていた。
漁師らしきおじさんが心配そうに、大丈夫か、と聞いてくる。
最初のイベントについては事前にマリから聞いていた。
ゲーム開始時プレイヤーは『チップ島』という小さな島の海岸で目を覚まし、イベントNPCである地元の漁師が島の中央にある町に連れて行ってくれる。プレイヤーは記憶喪失で身元も判らないという事で町のギルドで身分証となるギルドカードを発行して貰うのだ。
この時冒険者ギルドと商業ギルドどちらが良いか聞かれるので選択すると選んだギルドまで案内してくれる。ギルドに行くと付き添ってくれた漁師がギルド職員に事情を説明し、ギルドカードが発行されればイベント終了だ。
後からもう片方のギルドに加入もできるので、ここでの選択は深く考えなくて大丈夫だ。両方のギルドに所属するとギルドカードのランクが『冒険者ランク:星3、商業ランク:星2』という風に複数表示されるだけでカード自体は増えない。
「俺は神官になりたいのですが、その場合どちらに行けば良いのでしょうか?」
「神官かぁ! 兄ちゃん若いのにすげぇんだなぁ。ようし、おっちゃんが連れてったるからな」
気の良いおじさんに礼を言い素直についていく。
チュートリアルの前に周囲を探索したプレイヤーもいるそうだが無意味だったそうだ。なぜならこのイベント中は他のプレイヤーは表示されずモンスターや素材もポップしないので、ギルドカードの発行以外なにも出来ないからだ。
ちなみに買い物も出来ない。この世界は全てギルドカードで支払うキャッシュレス方式なのだ。
そうこうする内に町が見えてきて、小さな町なので冒険者ギルドの赤い屋根も目視できた。周囲の建物が茶色やグレーなので目立っている。
マリによると緊急時にギルドを見つけやすい様に平民街の建物は彩度を落とした色と決まっているらしい。貴族街だとカラフルな建築も許されるのだとか。
この世界にも建築法がある事に驚くがマリ曰く商業に関する法律が最も複雑で、始めたばかりの頃に痛い目にあって法律関係をかなり調べたらしい。ゲームの中でも勉強だなんて商人プレイは大変だ。
考えている内に冒険者ギルドの前に着き……そして素通りした。
(あれ? 神官は商業ギルドの方なのか?)
しかし辿り着いたのは教会らしき建物だった。中から神官らしき老人が出てくる。
「おや、どうかなさいましたかな」
「この兄ちゃん西の海岸で気ぃ失ってたんだ。なんも覚えて無いってんでギルド連れてこう思ったんだが、神官になりたいって言うからよぉ」
「なんと。最近そのような方が増えているそうですね……近くで船が難破したのでしょうか。怪我をしているかも知れませんし、まずは回復魔法をかけますね」
「おぉ! それもそうだなぁ」
「ありがとうございます」
どうやらこのまま進むらしい。もしや特殊イベントだろうか?とりあえず礼を言っておく。
老人が手をかざすとユキの体からキラキラとしたエフェクトが出た。HPは満タンなので特に何も起こらない。
「中に入って、これからの事をお話ししましょう」
「俺ぁ仕事に戻っからよぉ。兄ちゃん頑張れよ!」
「はい。ご親切にありがとうございました」
「いーってことよ!」
「……あの、生活が落ち着いたらお礼に伺いたいのですが、お名前を教えて頂いても?」
ふと、イベント用NPCに普段の生活があるのか気になって尋ねてみる。
「気にすんなって! でも元気にやってんなら顔見せに来てくれ、俺ぁ西の海岸で漁師やってるモーガンってんだ!」
「ありがとうございます。モーガンさん」
闊達な漁師のおじさんを見送り、神官の老人の案内で教会に入る。老人はニコニコと嬉しそうだ。
「この島は強いモンスターが殆どいないので神官が中々派遣されないのですよ。私も一線を退きここでのんびり余生を過ごす身です。時間はたくさんありますから、貴方が神官としての力を磨くお手伝いをしましょう」
「ありがとうございます。これからどうぞよろしくお願いします」
気がかりなのはギルドランクの事である。
商業ギルドまたは冒険者ギルドでクエストを幾つかこなすと、星0だったギルドランクが星1に上がる。最高ランクはまだ不明であり、割とすぐ上がる事からMAXにするのはエンドコンテンツではないかとの噂だ。
星1になると島の東側にある桟橋から小舟に乗れるようになる。
つまりギルドランクを上げないと二番目の町に行けずコウ達と合流できないのだ。
「まずは身分証となるギルドカードを作成しましょう。奥の部屋へどうぞ」
大丈夫らしい。
(教会でもカードを作れたのか……冒険者の方だろうか? いや、教会では聖水を販売しているそうだから商業か?)
奥の部屋に行くと成人男性程の大きさの石碑のようなものがあった。艶消しの銀色のそれはステータスを読み取ってカードを発行する魔道具らしい。発行はすぐに終わった。
「これが医療ギルドのカードです」
医療ギルド!?
事前情報にないワードに一瞬たじろぐも、すぐににっこりと取り繕う。
「ありがとうございます……あの、医療ギルドとは何でしょう?」
「あぁ、貴方は記憶を失っているのでしたね」
説明不足で申し訳ない、と老人が教えてくれた情報は驚くことにギルドが7つあるという事だった。
正確に言うと商業ギルドは役所のようなもので、冒険者ギルドは職業斡旋所のようなものらしい。
他5つはそれぞれ『戦闘』『狩猟』『生産』『魔術』『医療』に特化していて、商業と冒険者以外のギルドと掛け持ち加入できないが、加入すると先人のレシピを買えたり戦闘指南をしてもらったりといった手厚いサポートが受けられる。
医療ギルドに所属しているのは神官の他に吟遊詩人が多いらしい。バフ系の魔法を使えるのと神殿から演奏に呼ばれる事があるため交流が多いというのが理由のようだ。
俺はこの老人に弟子入りという形で修行をつけて貰うことになった。
「私はユクテスワと申します。長いのでどうぞユキとお呼びください。お尋ねするのが遅くなりましたが、あなたのお名前をお教えいただけないでしょうか」
「私はダニエルです。ユキくん、これからよろしく頼みますね。教会には神官の居住区域がありますが、今は私しか居ないので部屋が空いているのです。好きに使ってください」
「ダニエル様、何から何までありがとうございます。とても助かります」
住み込みなので雑用を手伝う事になるが、無料で自室が手に入るのはラッキーだった。
他の神官が来たら部屋が足りなくなるのだろうかとも思ったが、宿屋だと宿泊スペースに入るとオフラインモードになって他のプレイヤーが居なくなるようなので同じシステムなのかも知れない。
ベッドでログアウト地点をセーブした後ダニエルの待つ聖堂へ戻る。
こうして始まった神官生活1日目は、なんと早速暗礁に乗り上げた。
そう! 俺にはグロ耐性が無かったのである!
運び込まれたモンスターにやられたという患者を前に俺は目眩を起こして強制ログアウトとなった。
「申し訳ありません、ダニエル様……」
「いえ、貴方も病み上がりなのですから無理をしないでくださいね」
ログアウト中もアバターは残るので、側から見れば俺は血を見た瞬間気絶してぶっ倒れたことになる。乙女かよ。
「守護の神に祈りを捧げれば、心を護る加護を授かるやもしれませんよ」
「加護……ですか?」
よく分からなかったが、勧められるままに聖堂の奥にある祭壇へ跪く。
頭の中に男性とも女性ともつかない声が響いた。
途中からゲームを始めたコウ視点では飛ばしてる設定も多いのでユキ視点で補完しています。