出向予定と生放送
それにしても、何故ゴーレムは暴走したのだろうか?
起動中に【鑑定のモノクル】で見れば原因が判ったかも知れないが、この魔道具の弱点は『一秒目を閉じる』という事前動作が必要な事である。
通常のスキル使用時と違ってスキル名を言わずに発動できるのは利点だが、戦闘中、特に接近戦で一秒間も目を閉じるのは難しい。防御値の低いコウなら一撃死も有り得るので尚更だ。
せめて接近戦でなければリスキルされずに済んだのだが、あらゆる場面で役に立つ【鑑定のモノクル】も万能ではないと思い知らされた。
「最近工房に篭ってたのはコレを作るため?」
「そうだよ。今日プロトタイプを完成させて驚かせるつもりだったんだけど……」
まさか完成寸前でゴーレムが暴れ出すとは。別の意味で驚かせてしまったな。
そういえば後数分で『惚れ薬』の効果が切れてしまう。のんびりと話している時間は無い、他のゴーレム達が暴れだす前に休眠状態に戻しておかなくては。
「プロトタイプ?」
「うん、錬成で外装を作るには限界があるからね。マリの鍛治スキルで作り直して貰おうと思って」
ユキの質問に答えつつ、連結したまま動かないゴーレム達から核を取り外していく。
今は『惚れ薬』で無理矢理命令しているゴーレム達だが、マリにテイムしてもらえばその必要も無くなる。テイムはモンスターの強さと敵対心によって成功率が変化するので、ステータスが大幅に下がる核だけの状態ならそう難しくはない筈だ。
「え、私が作るの? 別にいいけど仕様分かんないよ」
「使いやすいように試行錯誤して好きに作ってよ。マリへのプレゼントだから」
「そうなの!? ありがとう!」
弾んだ声で嬉しそうにお礼を言われるとこちらまで嬉しくなる。苦労して作った甲斐があるというものだ。
「俺にはこれをプレゼントにする精神が信じられないし、貰って喜ぶ女もどうかしてると思うがな」
「マリが重量を無視して装備使いたいって言ってたから、移動用に開発したんだよ」
「移動中の絵面が最悪なんだよ」
僕もそれは頭を過ったが仕方ない。
運ぶ重量を共有するのに効率の良い形態を模索した結果がこれだったのだ、と弁明しておく。
「私は気にならないよ」
「本当に大丈夫か? お前虫あんま得意じゃないだろ、その形状どう見てもムカデだぞ」
「素材はムカデじゃないから大丈夫。それに効率化を図って既存の生物に似た形になるのは理に適ってるよ」
バイオメカニクスというやつか。生体力学は専門ではないのであまり詳しくはないが、現実でも生物の身体構造を参考にしたロボットなんかが作られていたな。
「手は連結で塞がるから足でも物を掴めるようにしたいね。『登攀』のスキルを付与した足装備を着ければ壁も歩けるかも!」
「うわぁ、これが壁に張り付いて高速移動するのか……しかもガスマスク着けるんでしょ? 俺だったらビビり散らす自信あるよ」
「このゲームにSAN値の概念があれば勝ち確だったな」
灰色の迷彩服にガスマスクを着けた小柄な上半身とムカデ人間の下半身か……自分で作っておいてなんだが、まるで悪夢から抜け出してきたかのような不気味な姿だ。
何とも言えない顔をする男二人に対して、マリは工作を作る子供のように目を輝かせてホラーゲームさながらの改良案を次々に出していく。冒涜的な姿に益々磨きがかかってしまうな。
「何にせよマリが気に入ってくれたようで安心したよ。実は暫く仕事が忙しくなるからログイン出来なくなるかも知れないんだ。改良したら見せて欲しいな」
そう、完成を急いでいたのには理由があったのだ。
「暫くってどれくらい?」
「一ヶ月……いや、二ヶ月くらいかな。その後の忙しさはまだ分からない」
「ふぅん?」
ふむふむと訳知り顔で頷いたマリは察してくれたようだ。──実はコウには人事異動の内示があって十月から子会社に出向する事になったのだ。
口外禁止なので直接的には言えなかったが「今の仕事の引き継ぎで一ヶ月、異動先で仕事を覚えるため更に一ヶ月ほど忙しい。業務内容が今と違うのでその後どのくらい忙しいか分からない」と伝えたつもりだ。マリならきっと意図を汲んでくれたと思う。多分。
「会社近くに引っ越す?」
「いや、多分大丈夫」
「成程……」
この質問は「転勤になるの?」という意味で聞かれたのだろう。出向なので勤務地は変わるが元の職場と同じくらいの距離だ、引っ越しの必要は無い。
問題があるとすれば、出向先の会社は化粧品メーカーだという事だ。
更にはコウにとって初めての人事異動という事もあって正直かなり不安に思っている。
コウは化粧に詳しくない上に化粧品メーカーといえば女性が多く働いているイメージがある。
女性がみんな昔ストーカーしてきたような人ばかりではないし、男性にも同じくらい頭のおかしい者がいるとは理解している。しかし、トラウマというのは理屈ではないのだ。
気の強い女性相手なら割と平気だが、元ストーカーのような「世話好きで優しげなお姉さん」が特に苦手で、薄茶太めの垂れ眉と垂れ目で大人っぽい顔立ちだったりすればもう完全に地雷である。
他人を顔立ちで評価するのは良くない事だと分かってはいるのだが、苦手意識がどうしても拭えない。
そしてその苦手意識のせいで『世話好き』という長所も『お節介で馴れ馴れしい』と感じてしまう。ひとたび嫌悪感を抱いてしまうと先入観を捨てて好感を持つのは難しい。
(上手くやっていけるだろうか……)
そんなコウの不安を読み取ったのか、努めて明るく励ますマリ。
「もしキツくなったら会社辞めて私の仕事手伝ってよ! そしたらずっと一緒にいられるよ?」
冗談めかした言葉だが、本当にそうなった時は引け目を感じさせないように、嬉しい、助かる、と喜んで笑顔で受け入れてくれるのだろう。
「悪りぃ。生放送中だったから今の会話、全部流してた」
ばつが悪そうにケイが切り出す。え、さっきの会話で聞かれてまずい事言ったかな。
「ギリギリセーフ……?」
同じ様に会話を反芻していたらしいマリが呟く。まぁ身バレするような決定的は事は言わなかったよね、多分……。
ホームでリスキルされるなんて謎現象を起こしたせいで、何かのバグかイベントかとケイは思ったようだ。
流行っているゲームは実況動画を上げている人も多く、目立たないと他の動画に埋もれてしまうそうで、珍しいイベントなら大歓迎とばかりに急いで放送を始めたらしい。
「コウが出ると視聴者数も増えるしな」
「えー、羨ましいなぁ。俺も人気欲し〜」
「人気というより入賞して名前が売れたからだろ。アンチコメントも結構多いぞ」
SNSにはあまり詳しくないのでアンチコメントが何なのかよく分からないが、アンチのコメント、つまりバッシングみたいな意味だろうか。
変な人に絡まれたくないから今後ゲーム内で喧嘩腰の人が現れたら即座にブロックしてもいいかもしれない。このゲームではブロックされた相手に粘着する人は少ない。
キャラを作り直してもアカウントIDはVR機器に保存されるので粘着するためには新しいVR機器を買わなくてはならず、時間もリアルマネーもかかるのだ。
久しぶりの更新です。




