イベントの予測と事件発生(ユキ)
しょんぼりと工房へと向かうコウの背中を見送る。彼はイベントで手に入れた希少素材を使って何やら作りたい物があるらしく、最近は工房に篭ってばかりだ。
「ハグはリアルでやったら?」
「いつもしてるよ」
マリを揶揄えば、照れることなく返された言葉に流れ弾を喰らったケイが嫌そうな顔をする。
えー、俺は恋バナ聞きたいけどなぁ。だって楽しいじゃん?
「勘弁してくれ、身内の惚気話なんか俺は聞きたくない。それよりイベントについてだ。さっき収穫祭って言ってたが開始日はハッキリ分からないのか?」
「今年最初の【お菓子の花】が咲いたら開始だよ。ただ、開花時期が各地でバラバラなんだ」
「それなら最初に咲く場所を張れれば他のプレイヤーより有利に動けそうだね」
マリが嬉しそうに微笑む。はにかんだような笑顔だが多分これは他者を出し抜こうと闘志に燃えている顔だ。
少しばかり表情と内面がずれているのは今に始まったことではない。一見儚げに見えるマリだが実際の性格は仲間内で最も攻撃的で計算高い。外見詐欺である。
マリがやる気になっているのでユキとケイもイベントへの意欲が高まってきた。今後どう動くかパーティの方針を纏めたいところだがコウは忙しいみたいなので一旦俺たちだけで話し合う事にしよう。
「って言っても、まだムービーの内容しか情報が無いけどね」
「そのムービーの内容の殆どが意味深な会話だっただろうが」
雰囲気を出すためのセリフかと思って適当に聞き流していたが、西の流星がどうとか、竜の鉤爪だとか……明らかに何かある口ぶりだったな。ケイの言う通り何かイベントに関係するヒントが隠されている気がする。
このゲームではイベントの詳細が事前通告される事は少ない。だがイベント前には予兆があるようで、例えばモンスターが町を襲う大規模イベント『スタンピード』では数日前から近くのフィールドでモンスターが大量発生していたそうだ。
今回のイベントもムービーから情報を読み取れれば、いつ何処で始まるのか予測が立てられるかもしれない。
「ムービーには神殿が二つ出てきたけど、最初のやつは外観で何処のか判りそう」
「最初のは太陽神で二つ目のは多分月神だよ。どっちも王都の神殿だね」
「二つ目の方も判ったの!? 内装しか映ってなかったのに……」
確かに所属を特定できるものは映っていなかったが、あんなデカいホロスコープが置いてあるのは月神の神殿か魔法学院くらいだろう。
この国では月よりも太陽信仰の方が主流なので、星の巡りから未来を予測する占星術は『神事』よりも『学問』として扱われている。……ってダニエルが言ってた。
「なら二手に分かれて、それぞれの神殿で情報収集するか」
「いや、無理だと思う」
早速と言わんばかりに部屋を出ようとしたケイを慌てて止める。太陽神は兎も角、月神は無理だ。
「地方だとそうでも無いんだけど王都の神殿は仲悪い所が多くてさ。太陽神と月神なんてその最たるものだよ。お互いに情報を掠め取ろうとしてるから、急に来て情報を寄越せって言っても警戒されるだけだと思う」
そして俺が加護を得ている守護神の神殿は、やや太陽神寄りの中立派閥だ。太陽神の神殿に頼り過ぎれば今後仲を取り持つように言われる恐れがある。
そんな板挟みの立場は何とか回避したい。
「そういえばコウは月神の信徒じゃなかったっけ?」
「そうだった!」
プレイヤーで月神の信徒というのは、実はかなり珍しい。
加護の効果は信仰する神によって異なり、例えば守護神は『物理ダメージ低下』だ。そして月神の加護は『夜間のみ全ステータス上昇』で正直あまり効果が高くない。
エンジョイ勢なら欲しがる人もいるだろうが強さを求めるならどれかのステータスは捨てざるを得ないので、全てが微上昇するより伸ばしたいステータスを大きく上げる加護の方が圧倒的に人気なのだ。つまり極振り最強説。
「どうして月神を選んだんだろう……」
「なんか気づいたらなってたって」
「嘘でしょそんな事ある?」
プレイヤーはNPCより神の加護を得るのが簡単だが、どれか一つしか得られない。
更に、月神の加護を得る条件『夜に祈りを捧げる』は『夜の時間帯に祈る』ではなく『夜の時間帯に、夜に対して祈る』なので偶然が起きる確立は限りなく低いと言えるだろう。
「どうして信徒になったのかは知らんが丁度良いな。月神の神殿へはコウに行かせれば良いだろ」
「なら太陽神はどうする? 俺は立場的に行けないよ」
「守護神の神殿から収穫祭に関する情報は得られないのか?」
言われてみれば、ムービーに映っていたのが二つの神殿だったというだけで収穫祭には全ての神殿が参加するのだ。長いこと神官職に就いているダニエルなら少しは情報を持っているかもしれない。
「なら私とケイは冒険者ギルドに行ってみる? 毎年神殿から【お菓子の花】を集める依頼を受けてるんでしょ」
そんな訳で各々情報収集に動くべくホームを出て、途中までは道が一緒なので雑談しながら少し歩く。
不可解なシステムメッセージが流れたのはそろそろ二手に分かれるかという時だった。
《コーエンが死亡しました》
「ん?」
「この短時間に一体何があったんだよ」
突然コウの死亡ログが流れたが俺達がホームを出てからまだ五分も経っていない。
しかもエストの立地的にフィールドへ出るのは時間がかかる筈だ。この時間で行けそうな危険区域は、全力で移動したとしても町の中央に存在する廃坑ぐらいだろう。
《コーエンが死亡しました》
「え、二回目?」
「まさかリスキルされてんのか?」
足りない素材でも採掘しに行ったのだろうか、だとしても移動時間が速すぎるが……と訝しんでいると、再び流れた死亡ログに思わず顔を見合わせる。
「ログ確認したら『エストのホームにてモンスターとの戦闘で死亡』って書いてあったよ」
「ホームで戦闘……?」
マリが読み上げたログで謎が更に深まった。ホームに常駐している出血ネズミが一匹いるが、いくら紙装甲とは言え回避能力の高いコウがあっさり負けるとも考え難い。
〈助けて!〉
困惑する俺達にコウからのチャットが届く。
マリが即座に返信しながらホームへの帰路を走り出し、俺とケイもそれに続いた。
〈すぐホームに向かうけど、何があったの?〉
〈ゴーレム暴走〉
逃げながらチャットしているのか短い一言だけが送られてきた。普段のコウなら出来るだけ情報を共有しようとするので、今は文章を打つ余裕すら無い切羽詰まった状況であることが読み取れる。
「私鈍足だから先行って!」
「了解!」
俺とケイも速度値は低めだが、マリは全力疾走しても俺達の駆け足ぐらいの速度だ。マリを置いてケイと二人で先行し、すぐに見えてきたホームはいつもと同じように何もトラブルは起きていないかのように見えた。
俺より少し前を走っていたケイが玄関の扉を開けて中へ飛び込むと素早く周囲を見回す。
「あっちだ!」
スキルで位置を捕捉したのか迷いなく進むケイ。後を追って到着した音楽室の扉を急いで開けようとしたが寸前でケイに止められた。
怪訝な顔をする俺を宥めるように、ケイは声を潜めながら説明する。
「コウがリスキルされる相手だぞ? 俺達が正面から行ってもすぐ死ぬだろ。俺は『魔力視』で見て壁越しに支援するからお前は扉の隙間から回復を飛ばせ」
そう言ってバイオリンを構えるケイを見て、俺もいつでも魔法を飛ばせるように杖を握り締めた。緊張で呼吸が浅くなるのを深く息を吐いて誤魔化し、気付かれないようにそっと覗く。
薄く開いた扉の先で、ギチギチと軋む様な音を立てながら部屋の隅で何かが蠢いている。『それ』は人形を平たく押し潰した後、ムカデの形に形成し直したかのようなクリーチャーだった。
忙しくなってしまったので、今年度中はあまり更新できないかも知れません。




