ふれあいカフェの裏側
音が漏れないよう地下に作られた『客間』の石壁には、柄の悪そうな五人の男達が磔にされていた。
「新しいサンドバッグの具合はどう?」
それらを何度も殴っては治療魔法で治すのを繰り返しているユキに声をかける。
ユキはこうする事で『拳』と『身体強化』のスキルレベルを上げると同時に『治療魔法』も鍛えているのだが、新しく『拷問』というスキルも生えたらしい。効果は攻撃時の威力と『怯み』や『恐怖』の発生率を上昇とかなり有用だったので、僕達も同様の手段で取得させてもらった。
「防御値が高いから前のより長持ちしそうだよ」
「良かった、スキル上げ頑張ってね」
穏やかに微笑んだのはマリだ。
営業妨害をしてくる連中の有効活用法を思いついてからというもの、何時にも増して機嫌が良い。
セイレンの歓楽街は商業ギルドの影響力が弱く、店舗を持っても上納金を取られずに済むと知って開店したのだが、代わりにこの辺を取り仕切っているマフィアから場所代を要求され、断ったところ執念く嫌がらせ要員を送り込まれるようになったのだ。
「前の奴はそろそろ限界かな?」
「まだ直せば使えるよ」
僕の問いにユキはそう答えたが、マリから待ったがかかった。
「壊れると最後の仕事を果たせなくなる。ユキはまだ『衰弱』の治療は出来ないでしょ?」
「んー、そうだね。新品入ったし前の奴はもういいや」
「じゃあ中古はこっちで処分しとくよ」
こつり、と床石を鳴らしてマリが一番端の男の前に立つ。
『衰弱』は数日間の累計ダメージによって罹る状態異常で、これがつくと極度のステータス低下が起きてしまい動けなくなるのだ。
「お、前ら……人間じゃ、ねぇ……っ」
絞り出すような言葉を気にも留めずに惚れ薬をかけると、虚ろな目になった男の拘束を外す。さらに二人分の拘束も同様に外し、男達に手榴弾を渡して『最後の仕事』を命じた。
「依頼主の前に行きこれを使って自害しろ。依頼主まで辿り着けなくても、20分経過するかこれを取り上げられそうになったら自害しろ」
「はい……」
ユキがさっと杖を振って回復魔法をかけると男達がふらふらと立ち上がり、マリの先導で通常のスタッフと鉢合わせない通路から外に出る。
それにしても「人間じゃない」か、AIにそう言われるのは何だか面白いな。そう思って忍び笑いをしていると、マリが不思議そうに見上げていた。
「ふふ、人間じゃないってさ」
「まぁ『同じ』人間ではないね。彼らにとってはNPCこそが本物の人間だろうから」
困ったもんだ、と肩を竦めたマリに黒服スタッフがサッと寄ってきて来客を告げる。
「オーナー、カジノから担当の方がいらっしゃいました。応接室にお通ししています」
「分かりました。このまま向かいます」
マリと共に『応接室』へと向かう。こちらは『客間』とは違って真っ当な相手を迎える部屋だ。今日はカジノとの取引が入っているので予定を空けていたのだ。
歩きながらロッカー機能を使って燕尾服に着替える。何が起きるか分からないので、僕もスタッフとしてマリの後ろに控えるつもりだ。
「カジノからの依頼なんて一体何なんだろうね」
マリも流石に不安なのか、腰の後ろに挿した麻酔銃を何度も確認している。
これは麻酔銃と名付けてはいるが実際には風魔石で棒手裏剣を撃ち出すだけのエアガンだ。構造が単純である事を考えると寧ろ吹き矢に近い。
本来なら撃鉄にあたる部分をパカッと開いて、強力な麻痺効果を付与した特別製の棒手裏剣を装填する。
しかし射程は普通に投げるのと変わらないほど短く連射も出来ない上、装備枠を消費するので正直に言うと実用性は殆ど無いのだが、投擲が極端に苦手なマリにとっては便利なアイテムのようだ。
マリが応接室の扉を開く。
なんだか後ろに控えているだけの僕まで緊張してきた。
「この度はお時間頂きましてありがとうございます。わたくしはカジノの景品管理をしております、エトムートと申します」
「初めまして、明日から『ふれあいカフェ』を開店いたしますマリオンと申します。どうぞ宜しくお願いします」
応接室で待っていたのは、丸々とした顔ではち切れんばかりの腹肉を携えた中年の男だった。丁寧な物言いと愛嬌のあるつぶらな瞳が警戒心を薄れさせる。
「今回お願いに伺ったのはですねぇ、マリオン様のお店で販売するアイテムを一部カジノの景品にできないかと思いまして」
「その場合、ここでの販売は停止となるのでしょうか」
マリが懸念を示すとエトムートは慌てたように否定する。
「いえいえ! 定期的に商品を卸していただきたいだけなのですよ」
「定期購入する品目と卸値のご希望はお決まりですか?」
「ええ、こちらの資料に纏めてありますのでご覧ください」
「拝見します」
二人の様子は終始穏やかで、それを見ていて感じたのは「本当にやり手の人というのは胡散臭さを感じさせないのか」という事だった。
思っていたより平和的に話が進み、最終的に『リトルパンテラ誘引クッキー』を含む数点を月契約で毎週納品する事となった。卸値は通常価格の二割引きだが、誘引クッキーは5000Gに値上げしてあったので割引しても4000Gである。
他にも、提携店として優遇されたりカジノ内に広告を貼ってくれたりするらしい。エストで私兵団と提携していたのと似た様な感じだろうか?
豊かな腹を揺らして満足気に帰路に着くエトムートを見送ってから店内に戻る。
「相手の懐に入るのが上手い人だったね」
「うん、なんか憎めない感じだったね」
「店売りはボッタクリ価格にしておいて良かった」
「二割引きは大きいよね……もしかして、してやられた?」
「現実だと卸値なら半額とかも珍しくないし、そこまででもないと思うけど……元の値段だったら断ってたかも」
『ふれあいカフェ』にはメイド・執事喫茶の側面もあるので基本的にボッタクリ価格に設定してあるのだが、今回はそれが上手く噛み合ったようだ。
「早く表に出せる男性スタッフを用意しないとね」
「僕が入ってない方の席も問題無さそうだったよ」
「となると現時点で合格ラインに達してるのは三人か……」
リトルパンテラの増員は誘引クッキーを使えば簡単だったが、問題は人間の従業員だ。
この店は前のオーナーが経営していた男性向けの接待飲食店を買い取ったためスタッフは女性ばかりなのだ。以前はメアリーという女性が経営しており、残念ながら『不幸な事故』で弟を亡くした彼女は失意のままに店を畳んだのである。
「人手不足なのに来店させちゃってごめんね」
「気にしないで。プレオープンだと思えば上々だったよ」
元々店に居た男性スタッフは皆裏方だったので、新たに雇ったスタッフを急いで教育しなくてはならない。そこで急遽コーエンがヘルプに入ったのだが、客層は主にプレイヤーをターゲットにしているので実際の反応を見れたのはマリにとってもプラスになったようだ。
「オーナー、指名リストの制作が完了しました」
「確認します」
マリが黒服から受け取ったカタログのような冊子をパラパラとめくる。
大っぴらにメイド喫茶にしてしまうとライトユーザーを呼び込み難くなるので、表向きは動物と触れ合えるカフェとしているが、指名に使うリストには動物と共に世話役のメイドや執事もばっちり写っている。
「問題ありません。これでいきましょう」
リトルパンテラと猫じゃらしで遊んだり出血ネズミにナッツを渡しながら優しく見つめたりと、各々自分がとびきり魅力的に写るように工夫した渾身の一枚だ。
指名の増減に給金が左右される歩合制だが、突然失業して行き場を無くして途方に暮れていた従業員達は、丸ごと雇ってくれたマリに恩義を感じているらしく士気が高い。
「まずは名前を売らないとね。掲示板で明日オープンって広めておこう」
「大会を使って宣伝できたら良いんだけど……」
上位入賞者は一言インタビューされるらしいが、入賞できなくても闘技大会に出れば公式アーカイブに載るので上手く目立てれば集客に繋がるかもしれない。あまり乗り気じゃなかったイベントにも気合が入るというものだ、マリのためにも頑張ろう。
ようやく次回から闘技大会です。
思ったより時間がかかってしまいました。




