ユキの初転職
ログインして工房のソファーから起き上がると、額からぽろりと出血ネズミが落ちて来たので慌ててキャッチする。
(一瞬ひやりとしたけど、速度値が高くて助かった……)
出血ネズミはコウの手の中でキュッキュとお怒りの様子だが、そんな所で寝るからだろうに。
ぷんすこするネズミをポケットに入れて廊下に出ると、何処からかゆったりとしたバイオリンの音が聞こえてきた。
(ケイが来てるのかな? いや、ビブラートが無いな……マリか)
マリは普段チェロしか弾かないが、バイオリンも練習し始めたのかも知れない。音楽室として使用している部屋に向かってみる。
演奏の邪魔をしないようにそっと扉を開けると、そこには緊張した面持ちでバイオリンを弾くユキが居た。マリは無意識に力が入っているのか両手をぎゅっと握って息を詰め、ケイも真剣な顔でユキを見つめている。
「……ふぃー、何とか弾き切ったね」
曲が終わり、何故か弾いていた本人よりも疲れ切った様子のマリが息を吐いた。その言葉にふわりと微笑んだユキがこちらを振り返ってコウに気付く。
「あれ、コウも来たんだ」
「たった今ね。こんなに早く来ると思わなかったから、マリが弾いてるのかと思ったよ」
「俺も強行軍でびっくりしたよ。昨日の内にエストに入ったんだ」
「昨日!?」
たった一日で移動したという事か、驚いたな。
「それにしても、凄く上手になったね」
「いやいや、スキル補正だよ。ケイに『演奏』を付与して貰ったんだ」
「へぇ。そんな事ができるんだ」
吟遊詩人のスキルはそんなに万能なのかと少し驚いてケイを見る。
「趣味スキルは割と緩いからな」
どういう意味だろうと首を傾げるとマリから説明が追加された。どうやら、生産や戦闘に関わらないスキルは俗に趣味スキルと呼ばれ、それらの付与は比較的簡単にできるらしい。
例えば『演奏』や『料理』はレベル1だと多少スキル補正が入るだけで特別な効果の無い趣味スキルだから簡単に付与できるのだ。
しかし、レベルが上がるとケイがやったように他人へのスキル付与を可能にしたり、食べればバフが付く料理を作れたりするので、レベル2以降の付与は難しくなるらしい。
「スキル枠を潰さずに趣味を楽しめるようにって事じゃないかな」
「ふぅん、演奏ってスキルレベルが上がると成功率が上がるの?」
「いや、付与できるスキルが増える。成功率は技術値と演奏の上手さで変わるな」
錬成と同じ仕様かと思って何気なく聞いたが、少し違うようだ。
「コウくんにお願いがあるんだけど……」
「なぁに?」
「スキュラのレアドロップに演奏スキルがあるから、楽器に演奏スキルを付与して欲しいの」
「いいよ。丁度スキュラでレベリングしようと思ってたし」
「ありがとう!」
練習するユキの邪魔にならないよう、部屋の隅でマリと内緒話をしているとケイが胡乱な目で見てきたが、特に話す事も無いのでスルーしておく。
「キリが良いし練習はここで切り上げて、そろそろ転職してこようかな」
暫く練習した後、ユキがバイオリンをケイに渡して言った。それを聞いたマリがそういえば、と話を切り出す。
「転職先に『闇商人』って出たんだけど……誰か詳細知ってる?」
「知らないが、お前にぴったりじゃねぇか」
「お前じゃなくてお姉様とお呼び!」
「絶対に嫌だし一度も呼んだこと無いぞ」
「お義姉様、闇商人は俺も知らないな」
「……俺はもう突っ込まないぞ」
闇商人が似合うと言われている事は良いのだろうか……ユキはしれっと被せてきているし、ケイが突っ込まないとボケが渋滞してしまう。
「それで闇商人にはなったの?」
「いや、詳細が分からないから一旦保留」
「ならとりあえず俺の転職先を一緒に考えてよ」
ユキがそう言ったので、アドバイスするために四人で教会へ行く事にした。コウはあまりゲームに詳しくないので行っても正直役に立たない気がするが、一人で工房に残るのもつまらないので一緒について行く。
教会に到着すると中には神官らしき人がどこか暇そうに読書をしていたので、会釈して奥に入る。ユキが祭壇に触れると半透明のウィンドウが出た。
ーーー
・神官 → 異端審問官
・神官 → 邪神官
・神官 → 癒術師
ーーー
「ん!? うーん……」
「正規ルートが一つも無いね」
「私以上に酷いよコレ」
「確実に村人虐殺が効いてるな」
聖堂の神官に聞こえないよう、声のトーンを落としてひそひそと話す。村人虐殺という気になるワードが聞こえたが、詳しいことは後で教えてもらおう。
「ちょっとどうしようかな」
ユキはあんまりな選択肢に苦笑いしている。
「教会に行けなくなったら困るから邪神官は無いとして……」
「無難なのは癒術師だな」
「でもレイドでも無ければこれ以上回復力上げても意味ない気がするんだよね」
確かに、大会でマリと組む事だけを考えるなら回復特化になるのは悪手だろう。何しろマリには攻撃手段が殆ど無いのだ。
「異端審問官って教会に出入りできると思う?」
「本来の意味であれば、寧ろ地位は高いはずだけど……」
「問題はこのゲーム内でどう扱われるかだよな」
うーん、と四人で顔を突き合わせて相談していたが、ユキが吹っ切れたように決める。
「試しに異端審問官にしてみようかな。たしか職業って前のやつに戻せるんだよね?」
「戻せるぞ。まぁゲーム的にもいきなり詰む事は無いんじゃないか?」
「私はもし私兵団から提携外されたら困るから、闇商人にはならないでおこうかな」
ケイも同意したのでユキは未知の職業に進んでみる事にしたようだ。マリの気持ちも決まったらしい。
ついでに僕とケイの転職先も確認したが、特に目新しいものは無かったので教会を後にする。
「ユキは教会に残らなくて良かったの?」
「暫くはレベリングが優先かな。レベル16は低すぎる」
「そっか、皆は今日予定ある?」
「俺は特に無いな」
「僕もやるとしたら錬成ぐらいかな」
他にもスキュラのレアドロップ集めなど細々とした予定はあるが、マリが何かやりたそうな聞き方だったので予定は無しという体でいく。
「良かった。時間あるなら皆で王都に行かない?」
「確かに、先に王都に行ってしまった方が良いね」
大会ギリギリになって王都に辿り着けなかったら目も当てられない。一度行ってしまえば飛空艇ですぐに移動できるので、ケイの助力を受けられる内に進んでしまった方が良いだろう。
「なら先ずはレバに行かないとだな」
「僕その辺のストーリー知らないんだけど、どういう流れで進むの?」
既にケイはクリアしている内容なので尋ねてみた。
「エストの北東にはザバック山脈があるが、ここはドラゴンの生息地だから通り抜けるのは厳しい。だから北西のレバを経由して王都に向かうんだが、レバは渓流で分断されていて、行くには定期航空便に乗る必要があるんだ」
そこまでは知っている内容だったが、黙って耳を傾ける。
「だが、レバの手前の谷にワイバーンが棲みついたせいで航空便が止まっててな。それを討伐すると乗せてもらえるようになるんだよ」
「んー、つまりワイバーンとボス戦するって事か。このメンバーで大丈夫?」
盾役のマリ、バッファーのケイ、回復役のコウとユキ……アタッカーが一人も居ないんだが?
「……まぁ何とかなるだろ」
ケイはそう言ったが、あまり大丈夫じゃなさそうな反応である。正直不安しかない。




