夕暮れとエスト(ユキ)
ごうんごうんと低い稼働音を立てて鉄の箱が昇っていく。マジで置いてかれたんだが??
『忠誠』は一体どこへ行ったのかと割り切れないものを感じながらも、仕方無いので地道に階段を登っていく。外が見えないため何処まで到達しているのかも見当がつかず、登っても登っても変わらない階段に気が狂いそうだ。
(あれ? このゲームはスタミナ切れとか無いからずっと走り続けられるよな)
途中まで登って気付いた事実に慌てて階段を一つ飛ばして駆け上る。それから五分ほど走った頃、漸く頭上から外の光が差し込んできた。
「やっと着いた……」
「おつかれー」
上に着くと丁度昼から夜に切り替わる時間だったようで、地平線に太陽が吸い込まれていくのが見えた。マリ達は崖に向けて設置されたベンチに並んで座り、美しく変化してゆく空を眺めている。
この世界では大地を中心として太陽や月が動いている、つまり天動説の世界だ。暗くならないと見えないが星々の位置は常に変わらないので、俗説などではない純然たる事実である。そのため太陽や月の動きは一定ではなく、暫く定位置に留まった後するりと移動するのだ。
現実世界ならじりじりと移動していくであろう夕日は、この世界だと僅か五分ほどで沈んでしまう。ユキもベンチに座り、せっかくなので意識しなければじっくり見る事ができないこの世界の夕暮れをゆったりと堪能した。
爽やかな水色だった空の端は燃え盛る炎のような赤と橙に染まり、夕日が隠れるほどにワインを溢したようにじわりと広がる赤紫に浸食されてゆく。
完全に陽が落ち切ると鮮烈な紫から上品なグラデーションの青紫を経由し、やがて複雑な色合いを内包する深い紺を背景にして白銀の細い月と金色の星々が輝く夜空となった。
なんて美しい夜だろう、現実では見たことが無いほどの満天の星空だ。吸い込まれそうというのは正にこういうものを指すのだろう。
コウが思わず祈りを捧げてしまった気持ちも理解できる。この世界では毎晩見られるありふれた夜空が、こんなにも輝かしい。
陽が落ちた後、僅かな月明かりでは辺りが見え辛いのでマリがランプを取り出して魔石の光を灯す。既に辺りはこっくりとした深い夜の色に変わっている。
「お疲れ様。エストに着いたらすぐホームに案内するよ」
「了解。着いたら今日はもうログアウトするわ」
「もう遅い時間だし私もそうするよ。ケイ、今日はありがとね」
「いや、どうせ大会までは暇してるしな。俺ももうログアウトするから泊めてくれ」
「いいよー」
ホームの位置を配信に載せさえしなければ、いつでも好きに使ってくれて構わないとマリが鷹揚に告げる。フレンド登録していなければ中には入れないとは言え、ケイは楽器の演奏やゲーム実況動画の配信でそこそこ有名なので変な人に粘着されないとも限らないのだ。
エストの南門には愛想の無い背が高い男と、にこやかな好青年だがどこか作り笑いじみている男が出迎えてくれた。驚いたのはどちらもマリと同じ灰色の迷彩服を着ていた事だ。ポケットの位置まで同じで、違いといえばシンプルなマリの服に比べ門番の方は飾り紐やバッジ、所属らしきものが刺繍されたワッペンなどが付いている事ぐらいか。
「初めていらっしゃる方ですね。ようこそエストへ」
「……ほう、医療ギルドの所属か。この町に来るのは珍しいな」
ギルドカードを出すと意外そうに言われる。
「そうなのですか?」
「大抵は錬金術師が治してしまうからな。だが聖水を作るには神官の協力が必要だから浄化が使えるなら依頼されるかもな」
思わず聞くと、背の高い男は親切に教えてくれた。愛想が無いと思ったが案外気さくな人なのかも知れない。
「これが昇降機のパスだ。再発行には手数料がかかるから無くすなよ」
「ありがとうございます」
駐車券の清算機をレザー調にしたような魔道具から吐き出されたカードを渡され、門番達に礼を言ってエストの町に入る。ホームは少し奥まったところにあるらしく、暫く歩かなくてはいけない。
「これ無くしましたって言って手数料以上で売ったら元取れないかな」
「発行ナンバー書いてるでしょ、捕まるよ」
長い階段を思い出して言うとマリから呆れた声が返ってきた。それもそうか。
「マリと服被ってたね」
「これエスト領主の私兵団の制服だから同じものだよ」
「は? なんだその話、初耳だぞ」
マリの話にケイが食いつく。今の会話に何か珍しい情報が含まれていたのだろうか?
「私兵団が何で門番してんだよ」
「エストは立地的に一次産業が行えないから食料とかは飛空艇で輸入してて、住民の殆どは錬金術師か鍛治士なんだよ」
「……どういうことだ?」
俺もマリが何を言いたいのか分からなかった。
マリは質問の先の事を考えながら話すせいで、質問に対する回答を言い忘れて結論を先に言ってしまう時がある。人によっては「説明するまでもなく分かるだろう」と馬鹿にされているように感じてしまうそうだが、マリには馬鹿にする意図はなく、ただうっかり途中の説明をまるっとすっ飛ばしているだけである。
本人も言葉が足りなかった自覚はあるらしく、申し訳無さそうに説明し直した。
「まず騎士団は国に雇われてる人達で、大きな問題が起きた時に地方に派遣される組織ね。それより小さい問題の時は領主が雇った私兵団で対応するの」
うーん、つまり騎士団は現実でいう自衛隊で、私兵団は警察官みたいな感じだろうか。
「そして町で門番とか町の巡回とかしてるのは警備隊なんだけど、これは有志の町民による自警団なんだよ。多少の報酬は出るだろうけど基本的に専業でやる事じゃないから、繁忙期以外は農家や漁師の人達が持ち回りでやってる事が多いの」
警備隊は町内会による見回り隊って事か?
一気に規模が小さくなったな。
「でもエストには研究に没頭してる武闘派じゃない錬金術師とか、力は強くても坑夫を兼ねてるから年中地下に降りてて忙しい鍛治士とかばっかりなんだよ。だから警備隊が無いんだけど、その分私兵団が多めに採用されてるの」
なるほど、漸く話が繋がってきた。
しかしマリが何故私兵団の制服を持っているのは未だ分からないままだ。
「マリは私兵団に所属してるの?」
「うーん、正確には提携先って感じかな。有事の際には優先的に物資を回す代わりに、色んな面で優遇されるんだよ。ホームを買う後見をしてもらったりとかね」
「へぇ〜〜」
何だかよく分からないが、繋がりがあるから顔がきくという認識でいいのだろうか。
ゆるーく理解した俺とは違ってケイはマリに疑問をぶつける。
「正式に入団しなくても制服が支給されるのか?」
「いや、これは個人的に購入したやつ」
「私兵団の制服って外部販売して大丈夫なのか……? 悪用されそうだが」
「提携先になると買えるんだよ。団員に支給されるのは階級章とかの装飾や追加効果が付いてるけど、これは何も無いから見分けはつくよ」
「そういえば向こうのは飾りが沢山ついてたな」
「まぁざっくり言うとサポーターがユニフォーム着てるみたいな感じかな。個人の私物だから似せた装飾を偽造しない限りは改造もOK。私はデザインはそのまま使って錬成で追加効果を足してる」
歩きながらマリの話を聞いていると、ふと前方の店舗のショーウィンドウに件の迷彩服の上着が吊るされている事に気が付いた。
「あれもそうなの?」
「うん。ここは私兵団とも繋がりのあるお店ですよ〜って宣伝してるんだよ」
「そうだったのか……ずっと服屋だと思ってた」
「あはは! 奥に薬品棚があるから、多分ここは薬屋かな」
ケイの愕然とした声にマリが笑う。
ずっとチップに居たけれど、町ごとに特色が分かれていて旅をするのも楽しいなぁ。




