大亀と忠誠(マリ)
ドガンドガンと爆音が幾度となく響いている。
先程までしんと静まり返っていた夜の泉だが、今は周辺のモンスター達がドタドタと泡を食って逃げ回る音も加わってとんでもない状態になっている。
「工事現場かよ……」
うんざりしたようにケイがぼやく。
ケイには『聴覚強化』のパッシブスキルがあるため騒音に弱いのだが、同時に『音耐性』も取得しているので何とか耐えているようだ。
「……あれ、止まるの早くない?」
「死んだか?」
断続的に鳴り響いていた爆発音がぴたりと止み、辺りには未だパニック状態のモンスターが走り回る音だけが残っている。
「キルログは出てないね」
「まさかもう倒したのか?」
「それならチャットすると思うけど……」
数分待ったが連絡が無かったので、ケイと連れ立って泉の様子を覗きに行く。
「『レイ』!」
「グゴォォオ!!」
ユキは一匹の亀と対峙していた。
取り巻きより一回り大きい程度だが、もしかしてあれがボスだろうか。
「大丈夫ー?」
「あっマリ! 取り巻きは倒したけどボスに手こずってた」
「爆薬残ってねぇのかよ」
「俺のステータス、技術と速度は捨ててんだよ! このボス首が凄い速さで伸びるから当たらない!」
「甲羅狙いなよ! 無理に弱点狙いする必要無いって!」
「定価だと一本600Gする爆薬って知ってて無駄撃ちできるか!」
「原価200Gだから気にせず使え!」
「ぼったくりじゃねえか!」
「お前は商業を何も分かっていない! 原価よりも技術料と付加価値だろうが!! お前はプログラマーに電気代しか払わないつもりか!」
わぁわぁと騒ぎながらも、ユキの持つ杖の先から放たれた細い光が大亀の喉を撃ち抜く。マリは慌ててユキの元へと駆け寄った。
「グガッ!」
「当たった……!」
だが一撃で倒すほどの威力はないので、逆に怒り狂った亀が急にスピードを上げて首を伸ばして噛みついて来た。何とかユキを庇うように前に出る。
「リフ……ぐッ!」
何とか耐えたが、アーツを使う余裕も無かった。腕はビリビリとした衝撃に震え、足は体ごとずりりと後ろに押し込まれる。幸い盾で受け止めるのは成功したのでHPは一割も削れていない。
「『レイ』! 助かった!」
「気をつけて、人数増えたから取り巻きが追加されてる」
泉からのしのしと上がって来たのは六匹。
「了解!」
後ろからひゅんと音がして爆薬が飛び、鋭い軌跡を描いて取り巻きに見事に着弾した。
爆音が響き当たった個体のHPが大きく削れる。ボスは益々怒りがヒートアップしているようで、先程以上の速度で噛みつき攻撃を仕掛けてくる。
「『リフレクト』!」
「ゴガッ!」
今度は正面から対応できたのでリフレクトも発動できたのだが、成功しているにも関わらず吹っ飛ばないのでこの大亀にはノックバック耐性があるようだ。リフレクトはダメージ自体は大した事のないアーツなので、今回のようにノックバックで怯ませたり体勢を崩させたりできない相手に対してはあまり役に立たず、使うメリットが薄い。
「ノックバック効かないみたい。足遅いから挑発も必要無いし、防御に専念するね」
「了解、取り巻きを先に片付けるよ」
ユキはきっちりと狙いを定めて次々と命中させていき、一匹につき三本ずつ当ててすぐに六匹全ての増員を掃除した。ユキは投擲スキルも持っておらず技術値も低いので完全にプレイヤースキルの賜物である。
その鮮やかな討伐劇に自分が投擲ビルドを組んでいた頃のぐだぐだっぷりを思い出してちょっとへこんだが、盾で殴って撃墜させる方にシフトしたのは正解だったという事だ、と自分の判断を褒めておく。
「勿体無いけど体に爆薬投げるか……」
「そうしてよ、私もHP残り半分切ってるし」
ユキも中々タフな大亀を自力で倒すのは諦めたようで首の付け根や前足に爆薬を当てていくが、的の大きい甲羅ではなく若干装甲が弱そうな部分を狙っているのが心の葛藤を感じさせる。
「ォォオ……」
何度も爆破された亀はとうとう限界を迎えたようで、どさりと倒れた巨体が光になって消えた。
視界の端で盾スキルのレベルが3に上がったという通知が出ている。これで大楯使いへの転職条件が整った。
その時、もう一つスキルの通知が出ている事に気付く。
「……ん? なんか聞いた事無いスキルが増えてる」
「へぇ、どんなスキルだ?」
ケイが訊ねてくるが、これは寧ろユキに伝ておくべきスキルだ。
「『忠誠:ユクテスワ』だって」
「俺??」
効果は『忠誠を誓った相手が死亡した時、全ステータスが一時的に上昇する』というかなり有用なスキルだった。効果時間や上昇率はスキルレベルに依存するらしい。
「俺も初めて聞くスキルだな。……掲示板にも情報が無い」
「大会前だから隠してるのかな」
「過去の書き込みを遡っても見つからないから取得者自体少ないんじゃないか?」
攻略情報を探っていたケイが結論を出す。
それ以上は調べても分からないので、とりあえず先に進む事にした。
「ふー……漸くエストかぁ」
「まぁ、頑張れよ」
すっかり終わった気でいるユキにケイが同情的な視線を向ける。何とかボスを討伐したユキだが、実はまだ難関が残っているのだ。
泉を出て森を抜け、見えて来たのは切り立った崖……そう、エストはこの崖の上に存在しているのだ。崖の側面には大きな坑道の入口のような穴がぽっかりと口を開け、中には左右の壁面にずらりと昇降機が並んだ空間と、奥にやや広めの階段が見えている。
それを見たユキが怯えたようにやや早口になって言った。
「待って俺まだ昇降機乗れないんだよね?」
漸く気付いたか。
昇降機のパスをくれるのはエストの町の門番なので、最初に入る時は階段を登り続ける他無いのだ。
「じゃあ私達はゴールで待ってるんで……」
「階段にはモンスターが出現しないから安心して登ってこいよ」
「俺一人で行くの!?」
ユキの嘆く声を背に受けながらそそくさと昇降機に乗り込む。ゲーム内なので肉体的な疲労度は無いとはいえ、延々と階段を登り続ける苦行を進んで行いたくはないのである。
『忠誠』の取得者が少ない理由は、ヘイトを受けている特定の者を庇い続ける事が取得条件なので、挑発を使ったり複数パーティだったりすると取得しにくいからです。




