泉にて(ユキ)
ケイの索敵能力を最大限に活用して、モンスターとエンカウントしないように避けつつ泉へと向かう。今はレベリングするより一分一秒でも早くエストに行きたい。
「もうすぐだよ」
「待て、何か変だ」
ケイが警戒したように止まり、木々の隙間から見えてきた泉をそっと窺う。
「……おい、取り巻きの数がおかしくないか」
「え……?」
俺とマリも静かに近づいて隠れながら覗くと、泉には大小様々な亀が犇めいていた。ざっと見た感じ三十匹近くいるのではないだろうか。
「俺には通常の状態が分からないんだけど……」
「私は二回来たけど、二回とも五匹くらいだったと思うよ」
「俺の時は三人パーティで挑んで十匹くらいだった。パーティメンバーの数で上下すると攻略板にはあったが……」
それにしては明らかに多すぎる。ひそひそと話していると、一匹の亀がこちらに気付いたようで水魔法を飛ばして攻撃してきた。それを皮切りに他の亀達も次々に魔法を放ってくる。
それどころか、泉の中からもわらわらと増員が出て来たのだ。
「流石にあの数は不味いぞ」
「一旦引こう!」
囲まれてしまえばひとたまりもないと慌てて撤退する。幸い亀達は足が遅いのか追いかけては来なかったので、俺達は泉の見えない少し離れた場所で立ち止まった。それにしても何故、取り巻きの数が異様に多かったのだろうか。
「……もしかして、あの壁越しの人影に気付いたから何かイベントが起こったのかな」
「人影と亀の数って関連性があるかなぁ……」
「あれは聞き耳を立てているだけに見えたぞ。余所者を監視してたんじゃないか?」
うーん、困った。
考えれば考えるほど亀が増えた理由が分からんな。早くエストに行かなければならないというのに……。
「単純に、取り巻きの数が変化する要因がパーティメンバーの数じゃなかった可能性は無いか?」
「掲示板に検証データ残ってるか探してみるね」
「俺も手伝うよ」
三人で手分けして、膨大な攻略情報の中からツアイに関連する書き込みを検索する。暫く調べていると、マリが何かに気付いたようにケイに質問を投げかけた。
「ねぇ……ツアイの水神って、他のボスと違って一度しか戦えないよね?」
「そういやそうだな。水神を倒せばツアイ村自体滅ぶし、再戦しに行っても普通の亀モンスターしか居ないらしい」
ん……? ケイの発言に俺は何か記憶に引っ掛かるものを感じたが、思い出せなかったので大人しくマリの話の続きを聞く。
「信徒になったら村人も亀も生きてるけど、その後殺そうとでも思わなければ戦わないよね」
「まぁそうだが……何が言いたいんだ?」
「高レベルになってから水神と戦う事って滅多に無いんじゃないかなって。普通ならツアイに着くのはレベル20超えた辺りでしょ?」
「パーティメンバーの数じゃなく、パーティメンバーのレベルで変化するんじゃないかって事か」
「仮説だけどね」
そうか……ケイのレベルは50、初心者のキャリーでもなければそのレベルで水神と戦う事など無いだろう。
そして一人につき一度しか起こらない特殊イベントは、同じパーティにそのイベントを経験した事の無いメンバーが一人でも居る場合はもう一度発生する。
「私がレベル27、ユキが11だから……合計すると88か」
「平均20ぐらいの三人パーティだと約十匹だったから、合計レベルじゃなくてパーティメンバーで一番高いレベルの者に合わせた数になるのかもな」
「なるほど……」
そこで検証のために一旦ケイにパーティを抜けてもらい、俺とマリだけで再度泉を見てくる事になった。不穏な壁越しの人影の事もあったのでケイを一人にするのは抵抗があったが、俺達の中で一番強いのはケイなので何かあった時に無事である可能性は俺達よりも高いだろう。
木立に隠れながらこそこそと泉を確認する。
(十数匹に減ってる……)
マリとアイコンタクトを交わしてケイの元へ戻る。ケイの方は一人で待っていても特に何も起こらなかったようだ。
「やっぱり減ってたよ」
「十三匹だった。メンバーの数も関係あるのかも」
「なら二人で討伐した方がいいんじゃないか?」
それができれば良いのだが、そうは行かない理由がある。
「俺達じゃ大したダメージを与えられないんだよ。マリは純粋な攻撃スキルは持ってないし、俺の光魔法もまだレベル2だし」
「しかも亀達は物理攻撃に強いから私とリーダーの攻撃はあんまり効かないだろうし……せめて他のネズミ達も連れて来ていればなぁ」
「ンキュ……」
マリの胸ポケットから顔を出したリーダーも悲し気に鳴いている。実質俺の光魔法だけが頼りなので、十三匹の取り巻き達と人より大きいボス亀が相手なんて詰んでいる。
ケイが入れば攻撃は任せられるが、通常種とはいえボスの取り巻きなだけあって弱くはない亀達を一人で削り切るのは難しいだろう。
「テイムモンスターが何匹いても経験値を与える個体は好きに選べるだろ。何で一匹しか連れてねぇんだよ」
「他の子も一緒に戦ったのに、目の前で一匹だけ依怙贔屓して成長させるのはちょっと可哀想だと思って」
「その配慮必要か?」
一応理由があっての事だったようだ。ケイは呆れた目をマリに向けている。
そんな中、俺はふと先程ケイの発言によって思い出しかけた事の正体に思い当たった。
「さっき、水神は再戦できないって話してたよな?」
「ん? ああ、そうだな」
「俺は神官の座学で、モンスターの魂は循環してるからどんなモンスターでも時間が経てばリスポーンするって習ったぞ」
違和感の理由はこれだ。フィールドのモンスターを狩り尽くしても、倒されたモンスターは暫く待てばリスポーンするというゲームの仕様なのだが、ストーリー的には魂の循環による現象とされている。
ちなみにプレイヤーが生き返るのは、産まれた時に創造神の祝福を得たからだと考えられている。ストーリー上で重要な役割を持つNPCの中にも極僅かだが生き返れる者がいるらしいので、ストーリーの破綻や設定の矛盾を無くすための措置だろう。
「ケイの話だと水神って元々普通のモンスターだったんだよね? なら信仰してた村人がいなくなったから進化前の状態でリスポーンしたとか?」
「いや、進化してるモンスターはそのままの状態でリスポーンするはずだ」
確かに、そうじゃないとフィールド中が未進化のモンスターで溢れ返ってしまう。他のボスモンスターは再戦できたのに水神だけが進化前に戻るというのもおかしい。
「……水神がそもそも進化していないとしたら?」
マリがぽつりと呟いた。
「泉の主だったモンスターが信仰するにつれてだんだん大きくなっていったって話だったよね。進化した訳じゃなくて、信仰による巨大化だったとしたら?」
マリが付け足した言葉に、はっとする。
そういえばダニエルも『信仰心が神の力になる』と言っていたな。逆に言うと『神は信仰を失えば弱体化する』というのもまた道理だ。
「……それなら村人がいなくなった後は普通のモンスターに戻るって訳か。一応話は繋がるな」
その仮説が正しいのだとしたら、俺の頭に一つ思い浮かんだ事がある。
「先に村人を皆殺しにしておけば、ボスを弱らせる事ができるんじゃないか?」
「悪魔の発想か??」
ケイから間髪入れずに鋭い突っ込みを受けたが、これが一番合理的だと思う。
どちらにしろ村人は後で死ぬのだからストーリー上の破綻は無いし、何より俺の『浄化』スキルがあれば一気に殲滅できそうなのだ。
毒や麻痺などの身体に変化をきたす『状態異常』とは違って、バフやデバフはスキルの一時的な付与状態の事を指す。
プレイヤーはステータスを変化させるパッシブスキルを便宜上『バフ』や『デバフ』と呼び分けているが、実はシステム的にはバフもデバフも同じものなのだ。例えば『聴覚強化』は索敵能力を上げるバフスキルであると同時に、音系の攻撃によるダメージ量が増えるデバフでもある。
吟遊詩人がバフやデバフを与える攻撃が得意だというのは、音を聴かせた相手に『敏捷低下』などのデメリットを受けるスキルを一時的に付与できるからである。
浄化スキルは状態異常やデバフを解除する技なのだが、解除する対象のスキルは自由に選べるので『毒無効』を浄化してやれば村人は体に蓄積した鉱毒で勝手に死ぬはずだ。
浄化のスキルレベルはまだ1なので成功率は一割しか無いが、何度も掛け続ければその内成功するだろう。MP回復ポーションもマリが大量に持っているので余裕がある。
昨日アップした短編に評価やブックマークを入れてくださった方々、ありがとうございました。
理由があって取り下げましたが、いつかこちらの本編に掲載すると思いますので、今後ともこの小説をよろしくお願いします。
詳細は活動報告にてお知らせしています。




