夜の日
「色々と考えたんだけど」
相談した翌日、夕食を食べながらマリが切り出す。早速計画を練ってくれたらしい。
「自殺に見せかけるパターンと誰かに殺させるパターン。どちらも計画の要は『惚れ薬』だよ」
「惚れ薬……誰に使うの?」
あるとすれば幼馴染の女に飲ませて別の相手に惚れさせ、鑑定士の男を絶望させるとかだろうか?
だが、僅か25分の効果時間ではそれも難しいだろうし、失恋程度で自殺するのも怪しまれそうだ。
そんな僕の考えとは裏腹にマリは淡々と答えた。
「鑑定士の男と、第三者」
……どういう事だろう。鑑定士は兎も角、第三者?
「二人に飲ませる必要があるの?」
「鑑定士だけだと足がつくかも知れないから第三者を経由したいんだよね」
なるほど、スケープゴートか。
もちろん第三者にも死んでもらうよ、と続けたマリは具体的な道筋をもう付けているようだ。
「たった25分で全部済ますのは無理があるから惚れ薬は3本欲しい。予備も1本は確保しておきたい」
最低4本か。素材的にはギリギリいけそうだ。
「分かった。すぐに作るよ」
「私も準備したらセイレンに向かう。第三者の用意もしておいて」
第三者か……以前と同じ辺りを歩いてラウルを探してみるか。
夕食の片付けを終えて、ログイン。
窓の外から月明かりが入っている。今の季節は夏だが冷たい夜の空気は清涼で心地良かった。
窓枠で切り取られた街並みを眺める。
(……今日は満月か。夜の景色はゲームを始めてから初めて見るな)
ゲームの中は現実の十二時間で陽が出入りするが、日付は現実に則するので実質二日セットで一日だ。三時間毎に朝と昼が切り替わり、その後六時間の夜が来る。コウがいつもログインするのは夕方からの数十分〜数時間なのでゲーム内の昼間しか見れていなかったのだ。
しかし、夜にしか起こらないイベントや採取出来ない素材もある。
いつも同じ時間しかログインできない者への救済措置なのか、満月の日が来ると夜が十二時間続きタイムテーブルが反転する。そして白夜が起こることで反転した昼夜が元に戻るのだ。
(この世界では、仲違いしている月神と太陽神がそれぞれ力を増すことで満月や白夜が起こるらしい……)
神様のことはよく分からないが、一日中夜が続くのも頻繁にやって来る白夜も不思議でわくわくするので末永く喧嘩していて欲しい。
ベッドから起き上がって宿を出る。
外に出ると夜空にはきらきらとしたたくさんの星々が瞬いていた。こんな満天の星は現実では中々お目にかかれない。
空気が透き通っている、とはこういう事を言うのだろう。吸い込まれそうなほどに美しい星空だ。
素晴らしい景色に良い気分になりながら歓楽街へ向かう。いつもと変わらぬ灰色の石畳でさえ星明かりに煌めいて思えた。
(僕は夜の方が好きだな……次の白夜が来るのはいつだろう。夜が長く続くと良いのに)
満月にも白夜にも周期は無く、ある日突然来るのだ。いつ終わるか分からないこの時間を大切に過ごしたい。
ラウルを探さないといけないが、どうせなら歩き回って探すよりどこかのテラス席で星を眺めて待とう。見つからなければ適当なやつを使えばいい。
冒険者ギルドを通り過ぎると、月明かりに外壁が白く浮かびあがった教会が見えてきた。
(……ラウルを探す前に教会へ寄ろうか)
まだ死に戻りを経験していなかったので教会に行った事が無い。夜の教会もさぞかし美しいことだろう。
しん、と静まり返った夜の教会は静謐に佇んでいる。
軋む大扉を開けて礼拝堂に入ると、祭壇には蝋燭を灯した美しい金の燭台が置かれていた。
(誰も居ないけれど盗まれたり荒らされたりしないのだろうか?)
少し心配になったが、盗むと神罰が下ったり祭壇から外せないようになっているのかも知れない。
こつこつとブーツが白い床石を鳴らす。滑らかな床石は良く磨かれていて丁寧に手入れされているのが分かった。
(祈りの作法を調べて来れば良かったな)
誰にも見られていないのだから多少間違えていても許して貰おう。
祭壇の前に跪き、組んだ両手を顔の前に持ち上げる。さて、何に祈ろうか。
(月神の力が増して夜の時間が長くなりますように)
この美しい夜が続けば良い。
月神へ祈りを捧げると、風もないのに大きく揺らいだ蝋燭の火が燭台に反射して床に星が瞬くかのような光を落とした。
〈ディア神の信徒になりました〉
信徒……?
ステータスを開いて確認するが、特に何も書いていない。マスクデータだろうか?
そもそもディア神とは誰だろう。心当たりがあるのは祈りを捧げた月神くらいだが……。
分からないので一旦マリに連絡してみる。
〈ディア神の信徒になりましたってメッセージ流れたんだけど〉
〈謎〉
一文字だけ返ってきた。やっぱりマリにも分からないのか。
〈星空が綺麗だったから、教会で月神に夜が長く続きますようにって祈ったら流れた〉
〈月神の名前なのかなぁ。図書館にあった本では名前は出てこないんだよね。神の名前を広めるのは不敬なんだって〉
〈そうなんだ。特にステータスに変化は無かったし放っておくしか無さそうだね〉
〈そうだね。何か分かったら連絡するよ〉
今すぐに何か起きるという訳でも無さそうなので、とりあえず今日の目的を果たすことにする。
跪いていた姿勢から立ち上がり聖堂を後にする。教会を出て何とはなしに振り返ると、蝋燭は短くなった様子も見せずにただ静かに揺らいでいた。
歓楽街への路地を通ると、立ち並ぶ店や吊り下げられた街灯代わりの魔道具のランプから光が溢れて昼間より賑やかになっていた。
近くにあったテラスのあるカフェのような店に入る。
(苺ミルクがある……!)
お洒落なカフェの苺ミルクは美味しいと相場が決まっているのだ。紅茶ラテと少し迷ったが、苺ミルクを注文して無事テラス席を確保する。
(……おいしい)
果肉を残したジャムを使用しているようで濃厚な果実の甘みがする。鼻に抜ける蜂蜜の香りと苺の風味に心が弾む。
ストローでちゅるちゅる飲んでいると、待ち人が現れた。
「あれ、コーエンちゃん?」
「こんばんは。偶然ですね」
待ち合わせをしていた訳でも無いのに本当によく会うことだ。まさかストーキングしているのだろうか。
待ち伏せしていた自分を棚に上げてそう考えていると、ラウルは人懐っこい笑顔で嬉しそうに話しかけてくる。
「ほんと偶然だね! もうこれ運命じゃない?」
「……そうかも知れませんね」
ぐいぐい来られてちょっと引きながら答える。まだ耐えて次の約束を取り付けなければ。
「ですがそろそろ時間なので行かないといけないんです。残念ですが……」
「そっかぁ……また会えないかな?」
「明日の同じ時間に来る予定ですのでその時でしたら」
「ホント!? じゃあ明日また会おうよ!」
「いいですよ」
幸いにも向こうから約束を取り付けてくれた。よし、これで第三者は用意できたな。
用事が済んだので苺ミルクを飲み干して席を立つ。
「ではまた明日お会いしましょう」
「うん、また明日!」
ばいばーい、と手を振るラウルを残して通りを出る。
〈第三者とは明日の同じ時間に待ち合わせたよ。薬は今から作る〉
〈了解。こっちもセイレンに着いて今現場を下見してたところ〉
マリの方も準備してくれているようだ。後は惚れ薬の調合と当日の動き次第か。
冒険者ギルドへ行き作業室を借りる。
(明日は成功してくれよ……)
そう祈りながらいつもより丁寧に一本一本仕上げた惚れ薬は完璧な出来栄えだった。
ラウルが可哀想で胸が痛くなってきました……




