コウとマリ
小説は初めて書きますが、VRゲーム物を読む内に自分でも書きたくなってしまいました。
MMOゲームをやったことがないので変なところがあったら教えてください。
今日は休日。リビングのソファーにぽすんと横たわってのんびり読書をしていると、別室でゲームをしていた妻、マリがトコトコとやってきた。
プラチナブロンドに灰色がかったアイスブルーの瞳が神秘的で、知り合ってから十年以上も経つというのに見つめられると未だにどきどきしてしまう。
「コウくん、お願いがあるんだけど……」
「なぁに、マリ」
マリが困ったように微笑む。あざとい。
彼女がコウをくん付けで呼ぶ時は大抵何か頼む時だ。甘える様な媚びた口調からも間違いない。
そして彼女のおねだりを叶えたくなってしまうコウは喜んで罠にかかることにした。
「私今『Parallel』にハマってるんだけど、キャラを作り直したくて。新しいキャラを作るの手伝ってくれない?」
「いいよ。具体的には何をすれば良いの?」
「私は新しいキャラでログインするから、今のキャラでログインして今まで集めたアイテムとかを全部譲渡してほしいの」
『Parallel』とは1ヶ月前に発売された「本物よりもリアルな世界」という謳い文句のVRMMOゲームだ。
今までのVRゲームでは視覚・触覚・聴覚が重視されていたが、このゲームは嗅覚や味覚も現実と遜色ないレベルだと発売後すぐに話題になっている。
一つのソフトにつき一人のキャラしか作れないため、古いソフトは初期化してコウの弟であるユキに譲るらしい。
マリに頼られて幸せな気持ちでウキウキとリビングを出た。
マリの自室、通称ゲーム部屋にはベッド型のVR機器が置いてある。去年買ったばかりの最新モデルだ。
以前使用していたフルフェイス型のヘッドギアを譲ってくれたが、コウはゲームは自分がやるよりマリや弟達がやっているのを見る方が好きなので基本設定の一回しか使っていない。
一年ぶりのヘッドギアをいそいそと取り出してログインする。
眠りに落ちるような浮遊感の後、気がつくと知らない部屋にいた。
部屋にあった鏡に映る姿に目を奪われる。
(かっこいい……)
そこには、妻をヅカ系にした様な男装の麗人が映っていた。いや、中性的美青年かも知れない。
透き通るような肌と僅かに青みがかった白銀の髪。猫目がちの瞳はネオンブルーに強いシアンが所々入って宝石のようだった。
すらりとして中性的だが、かなり長身のようなのでこのアバターは男性だろうか。
リアルの彼女は身長が148cmしかないので、実は長身に憧れていたのかも知れない。そんな所も可愛い。
(そうだ、マリの新しいキャラと合流しなくては……)
我に帰って事前に言われていた通りに談話室で待機。
しばらくするとドアがノックされる。
「コウくん、マリだよ〜」
ドアを開けると、リアルの妻を少年にした様なショートカットの美少年がひらひらと手を振って居た。
(可愛いーー!)
中に迎え入れながら彼女を観察する。
白銀の髪に内側から光るようなワインレッドの瞳。虹彩にチカリと入ったマゼンタの斑が鋭利なハイライトのようだ。
よく見るとまつ毛を控えめにして目の形も少し切れ長に変えている。
身長はリアルと同じくらいなので、もしかすると少年ではなくボーイッシュな成人女性なのかもしれない。
「まずフレンドリストから『マリオン』を選択して、『クランに招待』をタップ」
指示に従ってメニューを開き、フレンドリストを表示する。
「そしたら『クランの設定』から『資材』と『資金』を共有オンにして」
「やったよ」
「ありがとう! これで終わり」
「……え、これだけ?」
あまりにもあっさりと終わった任務に肩透かしを食らった気分だ。
「フレンド登録とか物資の移動は事前に済ませておいたからね。後はログアウトして古いデータを削除するだけ」
「……このキャラ、やっぱり消してしまうの?」
一目で愛着が湧いてしまったコウがよほど悲しい顔をしていたのか、マリは思案してから口を開く。
「欲しいならあげようか? ユキには新しいソフト買ってあげればいいし」
「欲しい!」
欲望のままに即答すると、マリは少し困ったように続ける。
「別に良いけど、ひとつ大きな問題があって……」
「問題?」
「ステータスに『指名手配中』ってあるでしょ?」
「ホントだ、何コレ」
「ンェへへ……タップすれば詳細見れるよ」
マリが決まり悪そうに笑う。可愛い。
言われた通り『指名手配中』の文字をタップするとポップアップウィンドウが出た。
「『軽犯罪にてチップの町で指名手配中。罰金5万Gまたは3日間の拘留で解除される。』……払った方が早いのでは?」
「そうなんだけどさー。チップに戻る予定無いから踏み倒せばいっか〜と思って」
『チップの町』とは『チップ島』という最初にプレイヤーがたどり着く島にある小さな町だ。
そもそも何やらかしたのかと思って聞いてみると、森にいるボスの少し手前でポーション売っていただけらしい。
それのどこが問題だったのだろうか?
「露店やる時って商業ギルドに申請して場所代払うんだけど、まさか森の中まで申請必要だと思ってなくてさ」
「なるほど。他にも知らずにやってしまう人居そうだけどね」
「実際居るっぽい。後から掲示板で調べたら『露店セット』を所有者の居る土地で使うと通報が入るシステムみたいで、手渡しだと大丈夫だって検証されてた」
どうやら島全域が誰かの領地のようだ。
指名手配がチップの町限定なのはチップの領主か治安維持組織の管轄だという事だろうか。
『露店セット』は大きめのピクニックシートみたいな革と帳簿のセットで、革を敷いた範囲が『マーケット』となり、売るものと値段を設定できて精算や残数・完売表示を自動でやってくれるという商人御用達の優れ物らしい。なんだかネットショップみたいだ。
「ただ残念ながら店番が範囲内にいないと使えないんだよね。帳簿の方はマーケットと連動していて、販売数や売上を自動で計算してくれるの。売った相手や時間も記録してくれるんだ」
マリの補足によると、店番は本人じゃなくても事前に登録してあれば大丈夫で、NPCのアルバイトを雇うこともできるようだ。
「ただし商業ギルドを通さないで直接雇った人だと売上を盗まれたりするみたい」
「その場合は被害届とか出せるの?」
「現状、プレイヤーは正式な契約書を作れないから泣き寝入りだね。商業ギルドのNPCが作った雇用契約書じゃないと法的拘束力がないんだって」
しかも露店セット購入時に商業ギルドで使用中の売上の5%を上納する契約を結ぶそうで、初期装備で露天セットを持っている商人以外は店舗を持つまで大変らしい。
その上土地の所有者に支払う場所代やNPCの雇用料も手数料を追加で取られるらしく、マリは商業ギルドを通さずに雇うと売上を盗まれるというのも仕込みではないかと疑っていた。
この世界全体かこの国だけなのか判らないが、もしかすると商業ギルドはかなり影響力を持っているのかも知れない。
「でもまぁ、チップの町に行かなければ問題無いんだよね?」
「うん、最初の町ってだけで特別なものは無いし。強いて言えば敵のレベルが低くて動きも単調なチュートリアル的な島って感じかな」
チップに戻る必要は今のところ無さそうだ。
ちなみに今居る町は『エスト』。大陸の中央にある王都よりやや南に位置し、発明都市とも呼ばれる大都市だ。スチームパンクな街並みは何処か退廃的な魅力を持っている。
マリはこの町を拠点に錬金術師として活動していたが、この先のエリアに行くには戦闘力が足りなくてキャラを作り直すことにしたようだ。
「今後ストーリー的にチップに行く必要がでたらその時考えるとして、とりあえずこのアバター使わせて貰うことにするよ」
「なら私の用事にちょっと付き合ってくれない? ついでに戦闘方法を教えるから」
二つ返事で了承すると、チュートリアルの代わりにマリが基本操作を教えてくれることになった。
「このゲームは職業が2つ選べて、そのキャラは『錬金術師』と『斥候』にしてあるの。錬金術師は生産職、斥候は戦闘職だよ。生産方法も後で教えるね」
義弟のケイがアップしたゲーム実況動画をよく見るので、ゲーム用語は何となく分かる。ケイがやっていたのは『Parallel』ではない別のゲームだったが意味は大きく変わらないだろう。