プロローグ
優しい木漏れ日が落ちる場所を見つけて露店セットを広げた。柔らかな風にさやさやと枝が鳴り木漏れ日がキラキラと揺れる光を地面に落とす。
爽やかなハーブと湿った土の匂い。
ふくよかな森の香りにマリはうっとりした。
ずっと、こんな暮らしに憧れていたのだ。
マリは産まれた時から真っ白だった。
それで苦労したかといえば実はそうでもないのだと思う。
だって、マリが産まれた時には「そんな事もある」とこの国では一般常識になっていたから。
そこに至るまで、今までたくさんの先人が立ち上がってくれたのだろう。この時代のこの国に産まれたことは奇跡のような幸運だったと思う。
ただ、他人と違うということに疲れる時もあった。
あなたとわたしは違うけど、少し色が違うだけでわたし達は同じ事が出来る──そう言ってくれる友人も居た。
(でも、そうではなかった……)
色の薄い私の目は少し離れただけで文字が歪んで読めなくなり、明るい所に出ればチクチクと痛む。
他人と同じ事が出来るのならどれほど楽であったか。
大人になるまでに失明する可能性もあると知った日、目が見える内にと点字を覚える練習をした。陽光に目を晒さぬよう外に出ることに恐怖した。
光を失った世界で生きることに怯える気持ちをあの友人達は知らない。
だけど、知る必要も無いのだ。
あの人達は私が『普通』であるために必要なのであって、理解者になってほしい訳ではなかったから。
風がふわりと頬を撫でる。
少し離れたところを薄緑の背中に花が咲いた牛のような生き物がゆったりと歩くいく。風に乗って運ばれてきた瑞々しく甘い花の香りを吸い込んだ。
今の時代は家から出なくても充分な収入を得る仕事が出来る。
欲しいものは遠方から取り寄せることができ、VR機器があれば仮想世界で擬似的に外遊びも出来る。
だけど幼い頃に過ごした田舎のような、花火の煙たさや冷えた夜の匂い。森から流れてくる空気を再現したものは無かった。
ずっと、こうして本物のような世界で旅をしてみたかった。きっと私は本物の世界ではそうする勇気がないから。
傷つく事は無いと保証されたこの安全な偽物の世界で、マリは幸せな溜め息をついた。