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ペンギン日和

作者: 小鳥鳥子

 週末のある日。

 いつものように地元の小さな水族館で、青空へとカメラを構えた。

 ――と言っても頭上にある空ではない。

 対象は『青空(そら)』という名のキングペンギンである。



 ペンギンの青空がちょうど水へ飛び込み、俺がシャッターを切ったときだった。


「君、ペンギン好きなの?」


 ()呼ばわりしてきた彼女だったが、どう見ても俺と同じくらいの年齢である。


「まあね」


 (いぶか)しげに彼女を見ながら返事する俺だったが……。


「そうなんだ!! 私と一緒ね!!」


 そう言った彼女が飛び跳ね、つられて彼女のポニーテールも飛び跳ねた。


 そのときからずっとだ。

 不覚にも、彼女が青空と同じような存在となったのは。



 * * *



 彼女と初めて出会った翌週から俺は一人ではなくなった。

 彼女と共に、青空を見守ることになったからだ。


「ずっと一人で写真撮ってたの?」

「まあな」


 俺は彼女からの問いに頷き返す。


「……友達いないのね」

「お前っ!? うるさいなっ!?」


 彼女は思ったことを素直に口にするタイプだった。

 俺とは異なるタイプだった。

 しかしながら、妙に馴れ馴れしい彼女と俺は水族館でいつも一緒だった。

 ペンギン好きという共通点のおかげだろうか?


「引っ越した先にこんな素敵な水族館があるなんて……。きっと、日頃の行いのおかげね」


 青空へと手を振る彼女は、この近くに最近越してきたとのことだった。

 そして、かなりのペンギン好きでもあった。

 水族館にはペンギン以外にも様々な動物たちが暮らしている。

 しかし、ペンギンたちに一番近いこの場所にいる時間がもっとも長く、笑顔でいることも多かった。


「日頃の行いって……、何か良いことでもしてるのかよ?」


 彼女のことは週末だけしか俺は知らない。

 しかし、いつもペンギンを眺めて、俺とだべっているだけに見える。


「してるわよー。いつも世界中のペンギンに平和が訪れることを祈ってるのよ」

「…………」

「……何よ、その目は!?」


 無言の俺に何かを感じ取ったらしい彼女は、俺への文句を並べ始めた。

 その文句を聞き流しつつ、平和を感じた俺はよちよち歩きをする青空へとカメラのレンズを向けた。



「あのさ、青空ちゃんのあの色は生まれつきなのよね?」


 彼女の話には脈絡(みゃくらく)がなかった。

 今週も『ペンギンを北極へ連れていったらどうなるか』という話から、突然別の話題に飛んだ。

 俺はその点には触れず、彼女の疑問に淡々と答えていく。


「多分そうだな。こげ茶色の羽毛が抜けつつあるときから、あの色は見えていたし」

「へ~~~」


 青空は通常のペンギンとは、お腹の色が異なっていた。

 通常は白いお腹が淡い水色、つまり空色をしているのである。


「お腹が空色だったから、青空(そら)と名付けられたってことよね?」

「そうだと思うけどな」


 青空(そら)と名付けられたから、お腹が空色になったというわけではないと思うが――。


「もしも名前が先だったら面白いわね。さすがペンギンってとこね」


 誇らしげにそう言った彼女はとびきりの笑顔となった。


「そういえば、羽毛があるときから、青空ちゃんのことは知ってるのよね?」

「まあ、そうだな」

「じゃあ、もしかして、そのときの写真もある!?」

「ああ。もちろん、あるぞ」


 青空のことは公開前から知っていて、常に写真を撮っていたのだ。

 もちろん、焦げ茶色の羽毛に包まれたモコモコ時代の写真も撮ってある。


「見せようか??」

「見せて! 見せて!!」


 俺の提案に物凄い勢いで食いついてくる彼女。

 その勢いに気圧されながらも、俺は持っていたカメラのプレビュー画面にモコモコな青空を映し出した。


「かっわいいーーー!!! ……良いなぁ、、私もこのときの青空ちゃん、生で見たかったなぁ~~~」

「……これが青空って、お前は分かるんだな?」


 青空の可愛さに感動、そして、悔しさをにじませる彼女へと俺は疑問をぶつけた。

 なぜなら、写真では青空のお腹は焦げ茶色の羽毛で完全に隠れてしまっていたからだ。

 彼女は青空をお腹の色で判断しているわけではない。

 とすると――。


「分かるに決まってるじゃん! このくちばしの形、青空ちゃんだもん!!」


 ……さすがはペンギンマニア。

 くちばしの形でペンギンの個体識別をやってのけるとは――。



「そのTシャツ、青空ちゃんよね?」


 今週の彼女の目線は、俺のお腹を捕えていた。


「ああ、青空の写真をプリントしたTシャツだ。この世にひとつしかない一点物でもある」


 俺は着ていたシャツを少し引っ張り、写っている青空を彼女へと見せつけた。


「最近の青空ちゃんかな? 水中から陸へと飛び上がっているところよね?」

「まあ、そうだけど…………、お前にはあげないぞ?」


 興味津々といった様子の彼女に、俺は釘を刺した。


「べ、別にいいもん! 来週、見てなさいよ!!」

「……??」


 意味が分からず、俺は首をかしげた。

 意気込む彼女にどういう意味かと聞いても、彼女は何も教えてはくれなかった。



 そして、翌週。


「ジャーン!! どうよ、これ!?」


 効果音と共に両手を大きく広げる彼女。

 そんな彼女が着ているTシャツには、彼女が描いたと思われる青空(そら)のイラストがプリントされていた。


「おおー、なかなかやるじゃん!」


 青空が左右の手をバタバタさせ、羽ばたいて空を飛んでいるとても可愛らしいイラストだった。

 俺の言葉に大きく胸を張る彼女は、得意げな表情をしながら言った。


「でも、ショウにはあげないよ?」

「いや、別に欲しいとは言ってないだろう……」


 もしかして……。

 この一言を言い返したいがために、お手製Tシャツをわざわざ用意したんじゃないだろうな?

 ――行動力が半端ない彼女である。

 そうとしか思えない俺は、得意げな表情を崩さない彼女に苦笑するしかなかった。



 そんな感じで彼女との週末の日々を俺は過ごしていった。


 青空の誕生日を祝おうということで二人で盛り上がり過ぎ、飼育員さんに怒られた日があった。

 二人で何も話さずに、俺が青空の写真を撮り、隣で彼女がイラストを描いているだけなんて日もあった。


 明るく元気で騒がしすぎる彼女。

 しかし、俺が写真を撮るときだけは静かだった。

 スケッチブックを開き、無言で色鉛筆を走らせていた。

「私も集中したいのよ」と主張しているふうではあったが――。

 ()()()()()()()()()()()()()と気遣ってくれているように俺には思えた。



 * * *



「あのね……、今日は伝えなきゃいけないことがあるの……」


 彼女と出会って、何週……何か月が過ぎただろうか。

 約束せずとも週末に会うことが当たり前となっていた。

 当たり前のように、水族館では彼女が俺の隣にいた。


 そんないつもの週末。

 珍しくしおらしい彼女の姿がそこにはあった。


「どうかしたのか?」


 一応心配したフリをし、聞いてはみる。

 が、しかし、彼女のことである。

 油断はできない。

 どんなサプライズを持ってきたことやら。


「来週ね、海外に引っ越すことに決まったから」

「……えっ!?」


 予想通り、サプライズだった。

 しかし――。

 予想に反して、楽しいものでも嬉しいものでもなかった。


「父親の仕事の都合でね。私も一緒にオーストラリアに行くことになったんだ」

「……」

「ペンギンパレードの見られるオーストラリア南部なんだよ。分かるでしょ? ペンギン……パレード…………」

「…………」


 何も言い出せない俺に、いつも饒舌(じょうぜつ)な彼女が口ごもる。


「……あの、じつは、最初からここには短い期間しかいないことは決まっていて……。でも、言い出すタイミングを失っちゃって、……言い出せなくってさ」


 目を赤くして、涙を溜めている彼女。


「ごめん……」


 いつも明るい彼女の初めて見せる顔だった。


「でも、お詫びというか……餞別(せんべつ)として、コレあげるから許してよ?」


 そう言った彼女は、自身が着ていたTシャツに手をかけて……。

 ――Tシャツを脱ぎ始めた??


「ちょ!? 何、やってるんだよ!?」


 俺らの周りに人はいないが、離れたところには母と子の親子連れが見える。

 どこで誰が見ているか分かったものではない。


「はい……、どうぞ」


 焦って周りをキョロキョロする俺へと、脱いだTシャツを手渡ししてくる彼女。

 片方の手で、一応胸を隠してはいる。

 しかし、細い腕では隠し切れない水色のブラが見えてしまっていた。


「ああ、分かったよ!!」


 やけくそ気味にそう言った俺は、着ていたTシャツを素早く脱いだ。

 彼女からシャツを受け取ると同時に、脱いだシャツを彼女へと押し付けた。


「コレ、着ろ!! 早く!!」


 頷いた彼女は俺からシャツを受け取り、素早く袖を通した。

 それを見届け、俺も同じく彼女から受け取ったシャツを身に付けた。


 結局、お詫びとか餞別とかではなく、互いのTシャツを交換しただけとなったわけである。



 翌週。

 水族館に彼女の姿はなかった。


 彼女からもらったイラスト付きのTシャツを着て、俺は水族館へ行った。

 しかし、水族館にもう彼女はいない。


 俺はすぐに気付いた。

 もう一人では水族館に通えなくなっていたことに。



 * * *



 週末のある日。

 自室で何の思い入れも無いスマホゲームをポチポチ操作しているときだった。

「メッセージが届きました」という通知が来た。


「メッセージ? 珍しいな……」


 Twitterからのメッセージである。

 Twitterには、青空(そら)の写真を気の向くままに少しずつアップしていた。

 が、しかし、フォロー数もフォロワー数も二桁に届かない。

 メッセージも確か一回か二回したことがあっただけだった。


 何気なくメッセージを開いて…………、俺はベッドから飛び起きた。


『青空ちゃんの写真、全然アップしてないじゃん!!

 もう写真撮るの止めちゃったの!?

 困るんですけど!?』


 彼女からのメッセージ(クレーム)だった。

 そんなクレームに俺は即座に反応した。


『お前のために撮ってアップしてるんじゃないわい!!

 というか、このアカウント知ってたのかよ!?』


 Twitterで青空の写真をアップしていることは彼女に伝えてはいなかった。

 彼女の方からもそういう話題を振られることはなかった。


『ショウに会う前から知ってるわよ!!』

『そんなの初耳だぞ!!』

『だって、言ってないもん!!』

『なんでだよ!?』


 …………ギャーギャーと騒がしいメッセージの応酬を行う彼女と俺。

 まるであのときに時間が巻き戻ったかのようだった。



 * * *



 よく晴れた週末。

 俺は水族館へと足を運び、青空(そら)の元を訪れていた。


「どうだ? 見えるか?」

「もうちょい右……、そうそう良い感じ!」

「じゃあ、ここで固定するぞ」

「…………いや、、、もっと、ズームできない?」

「できねーから!! お前、わがまま言い過ぎだから!!」


 俺は一人ではなかった。

 スマホの中の彼女と一緒だった。

 彼女から「写真をアップしないなら、ライブで青空ちゃん見せてよ!」と言われてしまったからだ。

 より面倒な感じになったような気もしたが……。

 また彼女と一緒に水族館を訪れることができるように感じた俺は、今ここにいるわけである。



「ショウ、あのさ……」


 ひとしきり青空を眺め、青空へと声掛けしていた彼女がゆっくりと話し始めた。


「これからも写真撮りなよ」

「…………」

「私、ショウの写真大好きだったんだよ。写真撮るのは下手かもしれないけど、ペンギン愛に溢れているのが凄い伝わってくる素敵な写真だったから……。だから、、、写真、撮ってよ」


 彼女からの言葉はいつの間にか命令に変わっていた。


「私のためだけで良いから、撮ってよ!」


 そんなことを言われたら、俺は――。


「……まあ、お前がそこまで言――」

「あーー!! 青空ちゃん、バタバタしたーー!! かっわいいぃぃーー!! ……あっ、ごめん、何??」

()()()()()()()、安心しろ!!」


 ……ったく、コイツは。



 * * *



「良い写真、撮れるようになったじゃん!」


 彼女からおだてられ、あれこれと構図についてリクエストを受けながら、俺は青空(そら)を撮りまくった。

 その中から厳選した写真をTwitterへとアップしていた。


「まあな」


 アップした写真にはどんどんとイイネが付くようになり、それに伴い、フォロワー数も増えていった。

 今やフォロワー数は四桁を越えている。

 いつの間にか彼女のためだけの写真ではなくなっていたのである。


「あの……、ちょっと大事な話があるから、聞いてもらえるか?」

「?? 改まっちゃって、急にどうしたの?」


 改まっての話は、確かに珍しいかもしれない。

 彼女と同様に……だが。


「いや、ちゃんと伝えようと思ってな」

「何? 何? もしかして、愛の告白!?」

「ちげーし!! ただ、最近バイトを始めたってだけだ!!」


 先走る彼女の言葉を必死に打ち消し、強引に本題へと入る。


「お、バイト良いじゃん。お金でも貯めるの?」

「まあな」


 予想通り、彼女は俺の話に食いついた。


「何か欲しいものでもあるの?」

「欲しいものというか……。以前、ペンギンの写真、送ってくれただろ?」


 ペンギン大好きな彼女は、引っ越し先のオーストラリアでもペンギンに会いに行っていた。

 しかも、野生のペンギンである。


「そうだね。私が撮ったやつだよね? それがどうかしたの?」


 彼女はペンギンの写真を俺に何枚か送ってくれていた。

 その中の一枚には、例のTシャツを着た彼女とペンギンのツーショットもあった。


「…………俺も野生のペンギンを撮りたいと思ってさ」

「ん??」


 彼女は気付いていないようだ。


「だから、多分半年後とかになると思うんだけど、そっちに写真撮りに行っても良いか?」


 努めて冷静に、俺はしっかりと言葉を絞り出した。


「!? もちろんだよ!! 私、ペンギン撮るための良い場所知ってるよ!! いやいや、もっと、更に良い場所探しておくから!! 誰も知らない場所を探しておくから!!」


 一気にテンションが上がり、かなりの早口となる彼女。

 彼女につられ、俺もまたテンションが上がってしまった。


「ああ、任せたよ。シズク」

「ええ、私に任せておけば間違いないから!! ……って!? 今、私の名m――」

「……あーーー!! ちょっと電波が悪いみたい!!」

「えっ!? 嘘っ……!?」


 彼女の声はそこで途切れた。


「さてと……」


 通話停止を押したスマホをジーンズのポケットへと突っ込み、俺は空を見上げた。


 今日の天気は快晴だった。

 雲ひとつない青空(あおぞら)が広がっている。

 青空(そら)のお腹の色と同じだった。


 つまり、青空(そら)の撮影をすべき、絶好のペンギン日和というわけだ。


「だから! またあとでな!」


 ポケットから伝わる振動に声を掛け、俺は青空(そら)へとカメラを構えた。

「面白かった!」「興味を持った!」「続きが読みたい!」等ありましたら、下にある☆での評価をお願いいたします。

ブックマークや感想、誤字脱字報告等もよろしくお願い申し上げます。


また、作者初の長編『僕はヤンデレ彼女を愛してやまない。』(完結済)(https://ncode.syosetu.com/n4414hr/)もよろしくお願いいたします。(※下記のリンクからも飛べます)

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[良い点] 思った事をすぐ口にする彼女が、中々言い出せなかった事。 このギャップがなんとも愛おしい。 名前をはじめて呼ぶ時の緊張感、呼ばれた時の嬉しさ。 ここぞとばかりにショウが名前を呼ぶタイミングに…
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