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十四年後の私・十四年前のあなた⑥

「ちょっと待ってくれよ」


 光孝はあわてて彼女を追いかけた。


「あらまあ、こうくの甥っ子なのね、よく似ているわ」


 真紀の母親を見たとき、ぎょっとした。


 彼女を見たのはほんの少し前のことなのに、えらく年取っていたのだ。


 それもそうだろう。


 真紀に言わせると十数年もの時間がたっていたのだ。


 確かに年を取っていてもおかしくない。


 いま、いくつぐらいなのだろうか。


「ごめんね。なんか、こうちゃんのお姉さんが急に預かってほしいっていってきたのよ。」


「あら? 真紀が帰ってくること知っていたの?」


「うん。まあ」


 母はあっけらかんとした返事をかえす。うそがばれるのではないかと思ったのだがどうやら

杞憂に終わったようで、真樹はほっとする。


「久しぶりねえ、ひかるくん、見ないうちにこうくんに似てきたわね」


 彼女はいった。


(ひかるって実名かよ!!)


 どうやら、真紀の婚約者の甥っ子にはひかるという子がいるらしい


 しかも、光孝と同じ年頃の……。


 婚約者だから当たり前かもしれない。


 家族同然のつきあいというところだろう。


(あれ? そういえば)


 光孝は不意に思った。


 確か、もうすぐ十歳年上の姉が出産する予定だったことに気づいた。


(まさかね)


 そんなわけがないと否定する。


 自分が黒江の婚約者?


 そんなはずはない。


 どうして、黒江と?


 ありえないと思った。


 それに姉が出産した子供はもう少し上のはずだ。


「ほらほら。入りなさい」


 彼女の母親はすんなりと光孝を中に入れてくれた。


 内部はかなり改装されているようだが、たしかに何度も遊びにきた面影のある家だ。


 光孝は居間のほうへと通された。


 居間の南側には一台のピアノがあることに気づく。


「ピアノ?」


 光孝はつぶやいた。


「どうしたの?」


 真紀が怪訝な顔で光弘をみる。


「ピアノなんてあったか?」


「なんで?」


「だって。オルガンが……」


「ああ、そうだったわね。小学六年のころにピアノを買ってもらったからオルガンは親戚に引き取ってもらったの」


 真紀はそう答えた。


 小学五年のころは、よく遊びに来ていた家。


 光孝にとってはほんの二ヶ月前のことなのに、真紀にとっては十四年も前のことなのだ。


 変な感じだ。


 実感はある。


 見慣れた町並みなのにどこか変わっている。


 見慣れている人たちはいつのまにか年をとっている。


 光孝にとっては突然の変化なのだが、彼女にとっては徐々になのだろう。



 光孝は彼女の家の中をきょろきょろした。


 やがて、傷のついた柱を見つける。



 光孝はそちらのほうへと向かってじっとそれを見た。


「どうしたの? ひかるくん?」


 真紀の母親が話しかける。


 光孝はいくつもある傷とマジックで書かれた線の中のひとつを指差した。


 その線は、ちょうど光孝と同じ身長のところにある。


「これ? 真紀の小学五年のころの身長ね」


 確かに真紀という名前が書かれている。


「ひかるくん、あのころの真紀と同じぐらいね」


 彼女はそんなことをつぶやいた。


「そうだわ。ひかるくんも図ってあげる」


「え?」


「記念よ。記念。大きくなったときに自分がこれだけ成長したのだという道標」


「お母さん。古臭い」


 真紀がいった。


「そうかしら?」


「そうよ」


 真紀がムッとする。


 しかし、光孝のほうは喜んで彼女の申し出を受け入れた。


「うん。おばさん、お願いします!!」


 光孝は、嬉しそうに懇願すると柱に背中をつけた。


「かかとはつけておいてね」


 真樹の母親にいわれるままに背筋をきちんと柱につけると定規が光孝の頭の上に載せられた。


「いいわよ」


 その合図で光孝は柱から離れて振りかえる。


 するとマジックで「ひかる」という名前が柱に刻まれる。


「やっぱり、変わらないわね」


 彼女はつぶやいた。


『光孝、また伸びたなあ』


 ふいに脳裏に父親の言葉が響いた。


『おまえ、絶対に大きくなるぞ』


 父親は自信たっぷりに言った。


 父親も身長は高いほうだった。


『お前が一番、お父さん似だからな』


 父親は自慢げにいう。


 忘れていた。


 ほんの少し前のことだったのにすっかり忘れていた


 父親が柱に刻んでくれた身長の線を……。


 父親の笑顔を思い出すと急に光孝は涙が浮かんできた。


「ひかるくん?」


 彼女たちは怪訝そうに光孝をみた。


「どうしたの? ひかるくん?」


「ごめん……なさい……おれ……おれ……」


 言葉が詰まる。


 なんといえばいいのかわからない。


 ほんの些細なことだった。


 些細なけんかにすぎなかったのだ。


「お父さんに会いたい。おれ……ひどいことしたから……」


 みっともない!!


 光孝はそう思った。


 でも、どうしようもなかった。


 涙が止まらない。


「真紀?」


 母親は困惑したように真紀を見る。


「この子。お父さんがいないから寂しいみたいね」


 真紀は黙り込んだ。


 そんな言葉が飛び交っていることさえも光孝は気づかなかった。


 ただ会いたいと思った。


 父親に会って謝りたいと思った。


「お母さん。私。ひかるくんと一緒に出かけてくるから」


「え? でも……」


「こうちゃんに、ひかるくんを送り届けてくるっていっておいて」


「え? ええ」


 母親はきょとんとしたように答える。


 真紀は光孝の手を取った。


「行こう。お父さんにあいに」


「え?」


 光孝が疑問を投げかけるよりも早く、真紀は光孝の手を引いて家を出て行った。


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