13.Ordeal
試練の泉。
死霊樹の中、今、第三冥帝教練が行われている静寂の草原から出発して、ほどなくして到着するのがそこ――試練の泉である。
名前の通り、泉を訪れる者に『試練』を課す。
試練の難易度は人によって異なり、それは恐怖の対象によって変わるとも言われている。
死霊樹を初めて訪れた者に下される、審判の霧――さまよいの霧とともに、死霊樹の二大試練と言われている。
なぜ。
なぜ、試練の泉へ行こうというだけで、絶望に陥るのか。
それは単純明快。試練の泉の試練は、本当にドギツいと有名だからである。
僕自身は体験したことはないが、第三冥府――グレス高等学院に在籍していた当時、一つ上の先輩が度胸試しに試練の泉に行ったことがあると言っていたが、その時は八人の殺人鬼に追いかけられた、という。
試練を課され、試練に立ち向かえなかったものは一生、死霊樹の中をさまようと言われている。
つまり、その先輩は立ち向かうことが出来たのだが――それはさておき。
明らかに僕含め、執行官の雰囲気が変わった。
人形たちには変化はないようだ。
「今、試練の泉とおっしゃいましたか? その――正気ですか?」
痴女ことミシェルが尋ねる。
ディートゲリンデは至極当然という顔でうなずくが、そんなことを思っている人間は誰もいない。
だが、今日行われているのは第三冥帝主催による第三冥帝教練。
参加者である執行官たちに拒否権なんて存在しない。
冥帝院の最高位統治者である一八冥帝に数えられるうちの一人である、第三位の冥帝に逆らうことなどできない。
ディートゲリンデによる移動魔法によって、落ち着く間もなく泉の入口へと到着した。
銀色のような、白色のような泉だが、もちろん飲むことはできない。
泉の水には万病を治す効果があると言われているが、飲むためには当たり前だが試練に立ち向かわなければならない。
死霊樹をさまよい続けるとは、死と同義語。
一か八かのやけくそでここを訪れる者はいるだろうが、普通は好き好んでくるような場所ではないのだ。
泉に試練を課されている間は、意識を失ったような状態に陥る。
ディートゲリンデは豪快に笑うと、早速、泉へ足を向ける。
「俺様がここに来たのは何度目だったかな。まあ、よく覚えていないがここは面白いところだよな! こいつにはちょっとした攻略法があるんだがよ。……それはあとから学ぶとして、思う存分立ち向かってこい。もし抜け出せなくなったら、俺様が助けてやるからよ」
そう言ったかと思うと、ディートゲリンデが意識を失う。
泉に試練を課されたのだ。
泉は、泉に近付こうとするものに試練を課す。
この場所から動かなければ意識を失うことも、試練に立ち向かわなければならない、ということもなくなるが――そう思っている間に、ディートゲリンデの体が動かす。
「まだ三〇秒も経っていないというのに……」
思わず絶句。
口があんぐりと空いてしまうが、こんな一瞬で返ってこれるなんて初めて聞いた。
「ほらな、こうしてすぐに帰って来たのが俺様が言った、攻略法ってやつの証しだ。しかし、今回の教練はお前たちを強者の高みへと連れて行くのが目的だ」
「質問です。強者の高みとはなんでしょうか。冥帝だけが見れるものではないのですか。私たちのようなただの人間にも見ることのできるものなのでしょうか」
ちらりとこちらを見られたが、さっきの戦闘要員か非戦闘員か、の話で目をつけられてしまったのだろうか。
ディートゲリンデはあごを撫でる。
「よくわからんが、強者の高みは強者にしか見ることのできない高みだ。そこには弱者のままじゃ見れないものがあるはずだ。そして、そこには神託執行のための鍵があるはずだ」
四の五の言わずにさっさと行け、と言われてしまう。
そして意識を失う寸前――
「俺様のすばらしい秘術で何人かに分けて試練を受けさせるが、連携してみろ。強くなるのも大事だが、それと同じくらい、仲良くなることも大切だ!」
どうやらこの第三冥帝は、本当に僕たちを仲良くさせたがっているみたいだ。
やがて、意識を失い、試練の泉にたゆたう。
「――――っ!」
意識を取り戻した。
辺りを見渡すと、僕以外に三人の執行官――龍殺しの末裔・サーニャ、風を操る・ポポ、ミシェルの補佐官・ツェインがいた。
どうやら意識を失っていたのは同じくらいの時間だったようで、すぐに三人も起き上がってくる。
改めて自己紹介――をする間もなく、目の前には白い鳥が現れた。
「誰かこの鳥について知っている人は?」僕が聞いてみる。
「こわいっこわいよっ」ただ泣くだけのツェイン。
「とりあえず殺してみればよかろう」血気盛んなサーニャ。
「ふむ。妾はよく知らんな」落ち着いているポポ。
鳥については目の前に現れただけで、特に何もする様子ではなかった。
僕たちがやって来た試練は何の試練だろうか。
辺りは森林と呼べばいいのだろうか。
いくつもの小川が流れていて、遠くをよく見てみればこの白の鳥以外にも様々な動物がいる。
「あちらには鹿が七匹。ほう、蝶もいるのか。兎――がいるのはおかしくないか?」
「サーニャさんは目が良いんですね。ここからは鹿が見えるのがやっとなのに……というか、ここにいる動物……」
「ああ、やっぱり。お前も思うか」
「白いですよね? 試練の場所は少なくとも実在する場所に意識が飛ばされる。そんな風に聞いていましたけれど、白の動物しかいない場所というのは聞いたことがありません」
「白とはこれまた縁起の悪い」
食って捨てるようなポポの言葉に振り向いてしまう。
その横で小鹿のように揮えているツェイン。
「どういうことですか? 白の動物が縁起でもない、だなんて。少なくとも第三冥府ではそんなこと聞きませんでした」
「長生きはしておらんのか。坊やは」
「長生き……といえば、私は長生きだぞ? こう見えて二〇〇歳手前だ」
「え、サーニャさん、年齢の割にとてもお若いんですね」
「そうか? やはりな、健康の秘訣は食生活にあるぞ。ヴォルチェフの一族は生肉を好んで食べるのだが、年をとると重くてな。菜食が一番だ」
「二〇〇歳程度の生娘が何を言っておるのだ」
二〇〇歳だなんて、せいぜい一〇〇歳がいいところの僕たち人間からしたら凄く長命だと思うが、ポポからしてみたら短いのだそうだ。
「一万と七千年」
「…………へ?」
「妾がこれまでに生きてきた時間じゃよ。お前たちが知っているような歴史に残るほとんどのものはこの眼で見てきた。初代のヴォルチェフにも会ったことがあるぞ」
「そ、そんなに長生きだとは……」
「ほほう。口が達者な坊やだね。妾を口説こうってのかい?」
「そういうわけじゃ!」
まさか、一万七〇〇〇歳のご婦人だったなんて、全く予想もつかなかった。
第三冥帝は基本的に冥府人がほとんどだったので、長命種族や不老不死の類にはあまり免疫がなく、驚いてしまう。
「まさかとは思ってたけど、黒蝶の城のポポか?」
こくちょうのしろ……? 首をかしげていると、おびえているツェインが教えてくれる。
この世界の住人の死体に住みつく、死吸蝶の住処がそこなんだとか。
「初代ヴォルチェフ――ルッツェ・ヴォルチェフは、黒蝶の城で手厚い待遇を受けていたと記録されていたが、まだ生きていたとは」
「長生きもするもんだね。あんたでヴォルチェフは何人目になったかい?」
「九八二二人目です、私で」
「そうか妾はあんたたちに命を分け与えたが、こうして巡り巡ってくるとは嬉しいもんだ」
一部始終を聞いていたけれど、よく理解できなかった。
二人の話も終わったようで、白い動物たちが『縁起でもない』ことについては、大昔の話を交えて教えてくれた。
「白の動物はな、人を一〇〇〇人は喰わなければなることはできない。少なくともこの世界では」
告げられた真実を前にアヒムたちは――――!!
次話、ディアたちの試練が始まる―――――――――ッ!!




