09.Calculator
――――今、目の前で何が起こったのか理解ができない。
痴女というにふさわしいミシェルの独特の明るい青髪と危なげなショッキングピンクの瞳を持った人間ではなく、そこにいたのは透き通るような白さを持つ絹肌の少女だった。
背丈もミシェルに比べるといくらか大きくなっているし、顔から何まで全部違う。
「お前は誰だ……? ミシェルは、ミシェルはどこにいったんだッ‼」
「私ぃ? 私はねえ、執行官なんかじゃないよ。私はあなたの言っているミシェルって娘のお人形さん。あなたで言うところのディアちゃんみたいな存在よ?」
一瞬で殺気だってしまう。
ミシェルが現れた時とは違う、全身がこの――ミシェルの相棒を自称するこの女を全身で否定している。
なんだこの違和感は。何度考えを巡らせてみても答えは出ない。
とりあえずは状況を把握するためにも、こいつの話を聞いて手を組むのか判断しなければ。
「第一二工房から生まれました、稀代の天才――いや、天災博士ベーグの手から生まれた超計算特化型自立人形のレイン・ラトルプーナと申します。よろしくお願いつかまつりますね」
「第一二工房……? 確か、そこはエクス教授と敵対しているオートクヴェルヌ派の中枢にあるんじゃなかったのか? なぜ、第一工房にいるんだ」
ディアを始めとする自立型人形たちを生み出した研究者たちの集団『人形学会』は、その数、数百人――果たしたら数千人もいるような大規模な組織だ。
それだけに一枚岩というわけにはいかないようで、様々な派閥に分かれている。
第一人者であるエクス教授を頭とするエクス派。年齢や性別、出身などを一切問わず、純粋な人形学に対する熱意と才能だけが物をいう、実力主義の派閥で、この派閥に属している研究者の数が最も多い。
そんなエクス派に対抗できる――二大巨頭の一角とも評されるのが『血と家柄と秩序』を重視するオートクヴェルヌの一派である。オートクヴェルヌは人形学に携わる研究者の一族だ。集会に出席すれば、必ずオートクヴェルヌに会えると言われているほど多く、最古参である。
エクス教授にお世話になったのでそれぐらいの知識は知っている。この二つは根本的に相容れない関係にあり、工房に足を踏み入れるなんてまずない。
――ないはずなのに。
「ああ、知らないのかい? 第一二工房はね、私が吹き飛ばしてしまったの」
「吹き飛ばした!? 自分の生家を!? ベーグ博士は君の父か母か……まあ、どちらにしろ親に当たるような存在だろうが!」
「うふふ。ウブなコは可愛いですね。私ぃ、何の人形って名乗ったかしらあ?」
彼女は――レイン・ラトルプーナは、超計算特化型自立人形と名乗った。彼女に与えられた役割は、呼んで字のごとく『計算』にあるのだろう。
「勘は別に悪い方じゃなさそうね。その通り。生まれて一番最初に導き出した『解』が、吹き飛ばすことだったのよ。ただそれだけのこと。これで吹き飛ばしたことに対する説明は十分かしらあ?」
「ああ、十分だよ。君がどんな人間なのかも分かった。君は与えられた式にしか価値を見いだせないってことだろう?」
逆鱗に触れた――とは言い難いようで、レインは眉をぴくりと動かすだけで飄々とした笑みを崩すようなことはない。
レインが善なのか悪なのか判断を下すことはできない。
なぜなら彼女が、僕たちが考えるような基準で動いていないからだ。
人形達はそうなのだろう。
ディアもきっと、僕とは違う価値観で動いているのだと思う。
「私は計算する人形。求められているのはその計算能力だけ。特に悲しいともなんとも思っていないから、好きなように言えばいいのよ。それで、どうして敵の工房に来ているのか、だったわね」
「……」
「簡単よ。体がちょっとおかしくなったからよ」
現れた人形が口にした不調とは――――――!?




