題:身近な“もの”
画の授業です
5話です
「ん~っ、全く浮かばない……」
テスト勉強期間とはいえ授業は普段通りにある。そして今僕が受けている授業は美術だ。僕は小さい頃から絵を描くのが得意で、市のコンクールで準優勝を飾ったほどの力はある。だから中学の部活動は美術部だったし、授業も美術を取った訳だ。
「どうかしましたか? 天野君」
「霧島先生」
この少し白髪頭のダンディーな先生は美術の先生にして、高校美術部の顧問だ。彼とはとても話しやすく、時折美術について話し合ったりするものだ。後、来年で定年退職するらしい。少しショックだ。
「大体の構図は浮かんだので、ラフ絵は描いたんですが、何か物足りない気がして」
「ふむふむ、なるほど。天野君は風景画を描くんですね」
「はい、そうなんです」
「今回のお題は『身近なもの』でしたが、これは…公園を選んだんですな」
「はい、仰るとおりで」
「ふむふむ、なるほど……」
彼は僕のラフ絵をしげしげと見ながら腕を組み一方の手で自分の顎を触る。先生が考えている時や鑑賞する時にする癖だ。
「どうして風景画にしたんですか?」
「えとーっ、それは家の中のものよりも外の方が空や雲が描けるから画になり易いと思うし、外の風景なら公園が僕の中で一番身近だと思ったからです」
「なるほどなるほど、公園が天野君にとって身近なものなんですな」
「はいっ」
「ではどうしてその公園が天野君にとって身近なものなんですか?」
「…えっとー、それはですね、家の近くの公園でよく遊んだからですよ」
「一人でよく遊んだんですか?」
「いえ、幼馴……友達とです」
「ならこの画が寂しいと感じる原因は分かりましたね」
「えとー?」
「物足りないと感じるのは画ではなく、貴方の心の内の方です。画に自分の素直な気持ちを解放しないといけません。私との会話を思い出しながら、貴方にとって『身近なもの』を考えてみましょう」
霧島先生は軽く微笑みながらそう言って、その場から去って行った。
自分の心の内…………僕が物足りなく感じているもの。何だろう? 全く分からない。先生との会話を思い出して『身近なもの』を考えるが……、僕は何か自分の心に気づいてないことでもあるのだろうか。
画をじっと見たり、目を閉じながら自問自答する。
やっぱり何か足りないなー。そう言えば先生は会話を思い出してみようと言ったな。えーっと僕にとって公園はよく遊んだところで、えーっと……、
──一人でよく遊んだんですか?
──いえ、幼馴……友達とです。
あっ、もしかしてそれって……、
「あのっ、先生っ」
「はい、何でしょう」
他の生徒の画を見て回っていた先生に質問する。
「ここに人物を一人描こうと思ったんですけど、風景画にするつもりなのに良いですかね?」
「今回のお題は『身近なもの』。別に風景画にこだわる必要はありませんよ」
「あっ……」
そして彼は優しくニコッと笑い、
「貴方にとって身近で何が物足りなかったものかようやく気づいたようですね。その気持ちを大切に持っていましょうね」
霧島先生は軽く微笑みながらそう言って、またその場から去って行った。
僕にとって公園の風景だけでは物足りなかったもの、それは何を隠そう一人の女の子のことだった。公園でよく遊んだ相手、僕の身近な存在でそれもとても大切な女性。
少し恥ずかしい内容だけどイメージは決まった。夕日の公園に立つ一人の美しき少女を描こう。さてどんな色の服しようかな? あいつに似合う色は…………やっぱり白かな?
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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