(2)
結局あの後、4人で食事をして軽く談笑をしてから王妃様のお部屋を退出した。
帰ってからは外出していた疲れもあってさっさと寝てしまい特に何事も無かったのだけれど、翌朝起きたらいつも通りルイスの姿が既になかった。今日は仕事なのね。
「おはようございます、シンシア様」
少し寝坊してしまったのか既に何人かの侍女が部屋に来ていた。
「おはよう。外が暗いわ。今日は天気が少し崩れそうね」
「はい。冷え込みますので暖かいお召し物をご用意ください。それから、オリヴィア様よりお届け物がございます」
届け物?と首を傾げていると、数人の侍女たちが両手いっぱいに物を抱えて部屋に入ってくる。
え?そんなに?
以前オリヴィアさんがいらないものをくださるって言ってたけど、まさかここまでの量を寄越してくるだなんて思っていなかった。侍女が次々運び込んだそれはテーブルの上にこんもりと大きな山を作る。最終的には下手したら雪崩が起きそうなほどになった。
「えーっと、そうね、ありがとう。後で中身を改めさせてもらうわ。とりあえず食事をとりたいから片付けてもらえる?」
「かしこまりました」
衣服、靴、化粧品、石鹸、ネックレスや指輪などの装飾品まである。大変ありがたくはあるけれどこの品全て使いきれる自信がない。余った分はグレスデンに居るミランダ様に分けて差し上げようかしら。
オリヴィアさんにはお礼を言わなきゃいけないわね。
朝食後の予定を考えながら、私は顔を洗うべく洗面台へと向かった。
一日ぶりに温室へ向かうと、室内に入るなりわーっと小鳥ちゃんたちに取り囲まれた。
「よかったわ!無事だったのね!」
「変な記事が出ていたから心配していたんですよぉ?」
「ああ、それなら大丈夫よ、ありがとう」
昨日温室に来ていなかったから、記事の件を気に病んでいるのではと心配してくれていたらしい。
「お姉さま、お元気そうでよかった」
「オリヴィアさんまで。ごめんなさいね、変な心配させてしまったみたい」
オリヴィアさんも神妙そうな面持ちでやってきた。っていうか、皆親切だわほんと。最初はあんなに敵意満載だったのに、縁って不思議なものね。
私はクスリと笑って答えた。
「昨日はルイスと城下に出てたの。一日遊んでいたから温室にこれなかっただけ。記事なら読んだけど私もルイスも気にしてないから」
「まあ!城下街デートですって!?」
食い気味に反応されて私は思わず仰け反る。これは一から十まで全て報告しなければならない勢いだ。なんとか話題を逸らせないかなぁ。
「え、ええ、そんな感じよ。それよりオリヴィアさん、お荷物届いたわ。あんなにたくさんありがとう」
オリヴィアさんはふふっ、とお上品に笑う。
「前にも申しました通り処分に困っているものを送りつけただけですもの。お気になさらないで。
それよりもお姉さまとルイス殿下のデートの詳細を聞かせていただきたいわ」
話を戻されてしまった。結局デートの話題は避けて通れないらしい。
観念した私は5人分の席がある丸いテーブルに移動して座る。そしてちょうど侍女がお茶を運び終わったタイミングを見計らって話始めた。
「大した事はしてないのよ?公園に行って、買い物して、少し遊んで帰って来ただけだもの」
「何をお買いになりましたの?」
「私は香水を買ってもらったくらいよ。後はルイスが色々買いこんでいたようだけど」
「「「素敵~」」」
皆は綺麗に声を揃えて羨望のため息を吐いた。
「そんなに羨ましがられるようなことはしてないと思うのだけど」
「でもデートですわよ?あまーい時を過ごされたのでは?」
「どうかしら」
ルイスとの時間は甘いというよりどちらかというと苦い。恋人らしい事だって、ワンコちゃんに砂を掛けられた時に顔を拭いてくれたり、衆人環視の中でベタベタされたり、好きな花を見せてもらって香水を買ってもらって、縄跳びで一緒に遊んだりしたくらいで・・・。
あれ?意外とある?
私の表情で察した皆は一様にニヤリと口角を上げて厭らしい笑顔。ちょっと、やめてよ、大したことはなにもないんだから。
「やはり殿下のエスコートは素晴らしいんでしょうね」
「んー、どうかしら。他の男性とお付き合いしたことがないからわからないわ」
「では全てが新鮮で楽しそうだわ!」
「そうね、新鮮ではあるわね」
屈辱的な言動もろもろ含めてね。なあんて。
「羨ましいわぁ。私もいつか誰かと両想いになったりできるのかしら」
「それは神のみぞ知る、でしょ」
「でも例え両想いになったとしてお付き合いできるとは限りませんよ?相手次第では両親が許してくださらないかも・・・」
「私なんて神官家系だからお付き合いなんて以ての他よ!結婚だって親が決めるんだから!」
「まあ、私たちはどこもそんな感じですわよね」
ここにいる皆は貴族のお嬢様だものね。例に漏れず私も結婚はお父様の一存で全てが決まるため状況は同じだ。相手が嫌でもお父様の決定に逆らうことはできない。
「それは・・・私も覚悟しているところよ。ルイスもわかってると思うわ」
「でも殿下とのお付き合いは両家の了承を得ているのでしょう?」
「お付き合いはね。でも結婚は別よ。家の格差もあるし、国の関係も難しいわ。実際にルイスとの結婚となると現実的ではないわね。お互いに背負うものがあまりにも大きすぎて」
しん、とその場が静まり返ってしまった。
私は慌てて笑顔を作る。
「気にしないで。今に始まったことではないのだから、ルイスも私も覚悟の上よ。だからこそ今は一緒にいられる時間を大切にしてるの」
「・・・シンシアさんってホントお強い」
心底しみじみと、顔を見つめながら言われた。
「そう?」
「ええ、一世一代の恋でも、自分の心を殺して国のために尽くすことができるなんて」
「そんなの私だけではないわ。グレスデンの王家は先祖代々ずっとそうよ、生きるか死ぬかの世界だもの。
お母様だって政略結婚だし、側妃のミランダ様なんて病気で子が産めなくなった母様の代わりに子を産むためだけに嫁いできたのよ」
王家に生まれたお母様はともかく、ミランダ様は子を産むためだけに必要とされるなんて女性としてのプライドが大きく傷ついたに違いない。それでも彼女は自分の運命と向き合い、アディを初め6人の子を産んで4人の子を育てている。残念ながら2人は亡くなってしまったけれど、王家の血を絶やさないという側妃の役割は立派に果たしたのだ。
「でも、全く可能性がないわけではありませんわよ。これからドローシアとグレスデンの友好の証として婚姻が結ばれるかもしれませんし」
「それもそうね」
もしそうなった場合はルイスの相手として妹のマリアを猛プッシュしよう。あの子は「嫁ぐならハゲでもデブでもいいから金持ちがいい」と昔から言っているし、ねじ曲がった性格のルイスとも割り切った付き合いができるはずだ。そうなればルイスは私の義弟、・・・うん、悪くない。
「そのためにも神官庁の了承は必須ですわね」
「ああ、そうそう、神官と言えば」
私は盗み聞きで神官がお母様を話題にしていたことを思い出した。本当はルイスに訊きたかったんだけど、なんだか訊き辛かったので温室の皆に訊こうかと思ってたのよね。
「ねえ、グレスデンの王妃―――私のお母様と逃げた神官、名前はなんだったかしら、忘れてしまったけれど、彼の事何か知らないかしら」
皆は顔を見合わせてから小首を傾げる。
「さあ、クラー王妃の件は噂で小耳に挟みましたけど、私たち神官のことはあまり・・・」
「神官のことなら神官に訊くのが一番早いですわよ。彼らは派閥こそあれど固い結束力がありますから、内部のことならある程度情報を持っているはずです」
「神官かあぁ」
当然ドローシアの神官ならば何かしらの情報は持っているだろう。まあ私が直接聞いた所で何も答えないのは目に見えているけれど。孤児院にいたラジータさんの事を一瞬思い浮かべたが、彼はあくまで孤児院を任されている下っ端神官なので何かを知っている可能性は低いと思う。私に対して敵意が無かったということは政治に関わりのない人物ってことだろうし、全く期待はできない。
「普通の神官って普段はどこに居るの?」
「もちろん神官と言えば神官庁よ!城敷地内の最奥にある白い建物見たことないかしら?」
「白い建物?白い・・・?・・・・―――ああ!」
そういえば!私が迷い込んで神官に遭遇した後、あの神官たちが入って行った建物・・・確か全体的に白かった気がする。そうか、あれが神官庁だったのか。入り口に見張りが居たもの、関係者以外は入れない場所なんだわ。
「城内の地図ならそこの本棚に置いてありますわよ?神官庁の位置も書いてあります」
「そうなのね。ありがとう、せっかくだから後で借りて行くわ」
持つべきものは友、とよくいわれる通り友人は大変助けになる。私は心から感謝して皆にお礼を述べた。