002
☆☆☆
鼓動は収まらない。
耳に聞こえてくるのは、ガサガサと草木をかき分ける音。そして重低音のディーゼルエンジンが木霊する音。過給機でも付いているのか、ヒィィィ――、と笛が鳴るような音がエンジン音に混じっている。そして、すぐ近くを何かが走り抜けていった。それと同時に、ディーゼルエンジンの音も遠のく。
何だあれ、何だあれ、何だあれ
心の内で何度も繰り返される疑問。しかし、その答えはいつまで経っても導き出されない。
けばけばしい髪色。あまりに煽情的過ぎる姿。ここまでなら露出癖のある痴女で収まった。だが、彼女たちの皮膚の一部は金属で覆われ、頭部からはアンテナのようなものが生えている。
コスプレ好きな痴女、という線も捨てきれないとはいえ、このような不思議な場所であのような不思議な生物に出会った場合の対処法としては、逃げるしかないはずだ。
戻らなきゃ、戻らなきゃ、戻らなきゃ
しかし、耳に聞こえてくるのは、動き回るエンジン音や排気音。そして、近くを歩いていく足音。
オトーウが隠れているのは身長程の草木が生い茂る、畑とも言えないような荒れ地の中だ。雨水が流れて地面が溝のように掘れた場所があり、彼はそこにすっぽりと体を納めている。身動きも取れないが、視界の悪い中でこの溝の中にいる人間を見つけるのは難しかろう。オトーウはそう信じるしかなかった。
兎に角、今は大人しくて、暗くなったら動き出そう。
オトーウは焦る気持ちを必死に抑え、心臓を落ち着かせるべく、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
その瞬間、ザシッ、とすぐ近くで足音が聞こえた。
「っ!?」
深呼吸で大きく吸った息を吐き出さず、慌てて息を止める。
ザシ、ザシ、ザシ、と足音が着実にこちらに近づいてい来る。
オトーウは溝にうつ伏せに嵌っているため、外の様子は全く分からない。ただ耳から入ってくる音だけが、はっきりと聞こえた。
すぐ傍まで来ていた足音がピタリと止まる。それから、カシ、カシ、と何かが機械的に動作する音が聞こえ、ジェットタービンのような甲高い音が耳を劈いた。
「っ!?」
突然の爆音に、ビィックゥッ! と体が跳ねる。思わず身じろぎして、耳を塞いでしまった。
それがいけなかった。かさり、とオトーウが隠れる付近の草木がわずかばかり揺れた。
ジェットエンジンの爆音はそれに気が付いたのか、すぐに近づいてきた。そして、がしり、と首根っこが掴まれ、いとも簡単にオトーウは溝から引きずり出される。
「ああああああああああああ! うわああああああああああああ」
がむしゃらに暴れまわり、捕まれていた上着を脱ぎ捨てて脱兎のごとく走り出す。後ろを振り返ることもせず、草木をかき分け走る。
だが、離れたと思ったジェットエンジンの音が、一瞬で背後に迫り、オトーウは背中を蹴り飛ばされて、草木をなぎ倒しながら地面に転がった。
ゴロゴロと地面を数回転し、仰向けになってひっくり返ると、その胸にどすん、と足を乗せられた。
オトーウは恐怖に引きつった顔のまま、自分を踏みつける人物を見上げる。
朱色の髪を肩の辺りで揺らし、両耳はヘッドホンのような朱色の金属で覆われている。瞳は髪色と似た赤い色をしており、キラキラとルビーのように光り輝く。
こちらをじぃ、と見つめてくる機械娘と、しばし目を合わせるオトーウ。ボロキレと思える布で、胸部と股間部を辛うじて隠す程度の衣類。腕や太ももの一部に鈍色の金属色があり、それらが陽光を浴びてキラリと光る。
「――――」
そんな朱色の機械娘はにんまり、と微笑み、口を開いた。
呟かれた言葉はオトーウには理解できない。だが、何となく、彼女の言っていることは分かってしまった。
ツカマエタ
オトーウはガクガクと体を振るわせながら、自分の視界が急激に真っ暗になっていく事を感じた。彼は恐怖のあまり、その場で意識を失ったのだった。