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肆:暗殺武芸

ゴブリンこわい

 小鬼の巣というのは蟲のように様々なところに出来るというが、だいたい山に穴を掘るタイプらしい。

 昔は廃村や廃墟、古城なども住処となったが、武協連盟やそのほかの強い魔物の出現で洞穴生活を余儀なくされている彼らだが、小さな村から人間の子供を攫うことがよくある。


 人間の母体から生まれた小鬼は、通常の小鬼よりは遥かに強いのだそうだ。彼らがそれを知識として有しているのか、それとも本能に従っているだけなのかは分からないが、定期的な予防として国から依頼される。それが小鬼の巣窟駆除である。


「それにしても……脆いな。これじゃ何匹分叩いたところで修行にならない」


 暗闇の中、気配を察知して拳を叩き込み、刃をかわし、蹴り飛ばす。貧弱な体は容易に砕け散り、それは肉と骨の散弾となって後方の仲間に叩きつけられる。

 飛んでくる矢も石も、とりあえず投げ返す。


「が……ふむ、暗闇での鍛錬にはなるか」


 視界の自由が無い以上、頼りになるのは聴覚と触覚、そして気だけ。気配も殺気も、結局は気で触れなければ視えないものだ。


 飛んでくる矢を打ち払い、飛び掛ってくる小鬼をカウンター気味に殴り飛ばし、切りかかってくる小鬼を蹴飛ばせば、あとはほとんど散歩だった。


「……なんだ、これは」


 ふと、違和感に立ち止まる。

 目の前の暗闇は相変わらず、物音一つせず、獣臭さが鼻につく……そして、気配が一つもない。


 だが、それはおかしい。さすがに不自然すぎるのだ。

 ここは小鬼の巣穴、小鬼が居ないなどありえない話。それでも現実に気配の一つも無く、攻撃も止んだということは、何かがあるのだ。得たいの知れない何かが。


 散歩のように軽い足取りが、急に盲目となったように心許無く、一歩ずつ確かめるように壁際へと進む。

 そして壁を背にすることで、左右と眼前のみに注意を払えるように位置を取る。


 あとはひたすらに気を錬るしかない。獣の爪牙も、達人の剣戟一突きさえ通さぬ気を、鍛え錬り続ける。

 静寂と暗闇の中、いつまでも続く虚無の中で、延々と備え続ける。

 仮に小鬼が全滅したとして、小鬼の子を産むためにさらわれた女の声がするはずだ。すすり泣く小鬼の子供の声がするはずだ。

 なのにどうだ、暗闇からは何も聞こえない。まるで何もない死後の世界のように。


 いつまでこうしていればいい。何も感じ取れない暗闇の中、何かしらあるであろうという読みだけをアテにして、こうして得体の知れない何かが来るのを待ち続けなければいけないのか。


「すぅ……はぁ……」


 深呼吸し、心を落ち着かせる。

 どうせ二度目の生。縋るな、悶えるな、苦しむな。

 俺にとって今生はただの偶然にすぎないのだから、駄目なら駄目でいい。ただ気を研ぎ澄ませる。

 そして……。


「……疾ッ!」


 それは、ほんのわずかな殺気だった。俺の放った拳は、吸い込まれるようにその一点を打つ。

 そして同時に、俺の首筋に冷たい刃が食い込む。


「見事ッ!」

「っ!?」


 小鬼が、俺の拳を受け止めた……いや、違う。こいつは、ただの小鬼じゃない。


「刃を通さぬその気の錬りよう。そして儂の微かな殺気を見逃さぬ鋭さ。まさしくあの武侠仙人の弟子よ」


 姿は見えない、気配も取れない。俺の拳を放さない手のひらと首筋に当たるナイフの感触。そして確かに耳に届く声が、そこに存在する何者かを示している。


「お前が子供の身で無かったならば、この短剣が動脈を搔き切る前に儂の首がすっ飛んでいたであろうよ」

「あんたは……小鬼なのか?」

「応とも。儂こそゴブリンよ。ゴブリンの中のゴブリンにして、最強のゴブリン。龍に喩えられ、魔王と称される九つの座の一席ひとせき。冴・舞綸とは儂のこと」


 握力はさほど強くない。強引に引き剥がすことのできるレベルだ。加えて俺の拳は肩と水平。つまり体格は俺と同じ、ちょうど小鬼並みの高さ。


「九龍の魔王、冴・舞綸……どうしてこんなところに」

「なに、不出来な弟子づてに噂を聞いてな。ちょうど良くゴブリンの巣窟なんぞに行くというものだから、ちょいと挨拶がてらに首を貰おうかと思ったのだが。こうなっては敗北を認めざるを得んなぁ」


 短剣を下げ、拳を放した小鬼……否、冴・舞綸。

 俺は文字通り気を抜かずに問いかける。


「暗殺拳……?」

「ほう、知識もあるか。その通り、力のないゴブリンがどうやって必勝を確立するかといえば、こういう手段のほかにない。暗がりにて殺す拳だ。この通り未だ熟さぬ粗末な芸だがねぇ」

「これで未熟? 気配など、攻撃を仕掛ける一瞬しかなかった」

「だが殺すに至らなかった。これもまた事実よ。それが分かっただけでも良い収穫であった。儂はそろそろお暇するとしよう」


 お暇する……もともと気配がないのでは、本当に立ち去ったのか確認のしようがない。


「そう言って、こちらの油断を誘うつもりか」

「グギヒッ、用心深いのう、えらいえらい。だが儂も連盟の一人。お前を殺さぬ理由はいくらでもあるわ」

「殺そうとした理由は?」

「味見にきまっとるだろ」


 なるほど、ゴブリンらしい勝手気ままさだ。だが、それはそれで安心する。


「ではまたな若いの。次に会うときは失礼のないよう、首を落とせるまでに鍛え上げてくるとしよう。それとな、こっちは囮の行き止まり。奴らは少し手前の横穴におるよ」


 わざとらしく足音を立てつつ、遠くのほうから声をかけて立ち去った。


 なるほど、九龍の魔王ですらが発展の途上に居るということか。悠長にしてはいられないな。

 首についた切り傷に煎じたマグラスの粉を塗りながら、横穴のある場所まで引き返すことにした。





 洞窟の中に、風が吹いている。

 魔力を帯びた空気が肌で感じ取れる。辿れば必ず奴らが居る。


「風だ……アルバトロス、やってるな」


 松明の明かりも見えた。せっかくだからお手並み拝見といこうか。


「雷光一迅、旋風疾走、僕の一太刀は千に当る!」


 意気揚々と抜いた剣は雷電を放つ。

 縦一閃で紫電が飛び、眼前の小鬼をことごとく両断する。

 横一薙にすれば何もかもを吹き飛ばし、後方の小鬼に暴風雨のごとく降り注ぐ。


「命の息吹は等しく、枝葉は枯れ、根幹は腐り、土に還る。朽ちろ、朽ちろ、朽ちろ……」


 小鬼の体が見る見るうちに腐り落ち、枯れ果てる。

 それは地獄で責め苦を受ける餓鬼のような、阿鼻叫喚がこだまする。一定の範囲に侵入した敵に対して呪いを付与する魔法のようだ。


「神よ、我らに加護を。破魔なるを、清浄なるを、奇跡なる衣をもって我に守護を果たさせたまえ」


 投石や放たれた矢が不可視の壁によって阻まれる。俺の攻撃でも割れないのか試してみたい。瓦割り感覚で。

 ここにライザが加われば……待て、これライザいらなくないか。


 小鬼は瞬く間に殲滅された。

 冴・舞綸がいれば結果は正反対だっただろうが、武協連盟の彼が野良の小鬼を手助けする理由はない。


「ふぅ、これでクエスト完了だね」

「見事なものだな」

「あっ、颯じゃないか! 松明も持たないで……そっちの方はどうだった?」

「こっちはハズレだった。いや、アタリと言えなくもないが」

「どういう意味? まあいいや。落し物を拾ったら帰ろうか」


 荷物は俺が持つことになった。四人の中で一番力があるからだ。外の馬車までの短い間だが、そういう意味ではライザが居た方が便利だったな。


「……噂をすればだな」

「来たか」


 暗闇を抜けた先、未だ明るい青空の下、緑の木々に囲まれた場所で、ライザは待ち構えていた。

 その眼は決意を秘め、意地を携えた戦士のそれだ。


「構えろ。俺は確かめないといけない」

「ちょ、ちょっと待ってよライザ!」


 ダイアの言葉に、ライザは耳を傾けるつもりが無いらしい。

 とはいえ図々しい物言いだが、だからこそ伝わってくる殺気の鋭さ。これなら多少は楽しめそうだ。


「久しぶりすぎて、忘れちまってた。負けたときの屈辱も、腕を高める楽しさも、戦士であることの誇りも……アンタのおかげで思い出せた。俺は冒険者である前に、戦士だッ!」


 なら、もう言葉はいらず。右半身を前に、腕を上げて構える。

 ライザも剣を抜いて、左手のバックラーを突き出しながら少しずつ距離をつめてくる。


「アンタのことを、きちんと見てなかった。新人の冒険者がいきがってるのかと思ってた。でも違う。少なくともアンタは恐るべき実力を持った戦士だった。だから今度は戦士として、アンタに挑む」


 負けを飲み込んで、自分のものにしたのか。

 冒険者は大変だな。戦いだけに専念できればよかったのだろうが、そういうわけにもいかないらしい。

 魔物を狩り、報酬を得つつ、宝を掘り当てる。それらは生活のためであり、一攫千金を夢見るがゆえの積み重ね。それはいつしか日常となって、作業になって、少しずつ麻痺していく。


 だが、今は熱を思い出す時だ。

 さしあたり、地面を蹴って前へと加速。左足で踏み込み右手を引く。左拳をバックラーにあてるように見せかけて、右拳を滑り込ませる。

 だが、ライザは巧みにバックラーを合わせてきた。俺の拳を横に受け流す。


「颯ぇッ!」


 防ぐ余裕が無い。なら避けるしかない。

 膝を抜いて、地面に体を落とす。頭上の空を斬る剣を感じ取りながら、地面に手をついて回転して足狩り。


「すばしこいっ……!」


 地面を拳で踏み、脚でがら空きの顎を殴る。


「がぁっ……まだっ!」


 ライザはよろめきつつも俺の追撃を防いでみせる。

 しかし顎を蹴り上げられたせいで、反撃はままならないようだ。


「俺にも、戦士の意地があんだよッ!」

「っ……!」


 盾が眼前に迫る。だが盾とはいえ殴打なら問題ない。真正面から、ち抜くのみ。


「シュッ!」


 叩くものが岩であれ鉄であれ、穿ち貫くことに変わりはない。

 攻撃を防ぐための盾。しかしバックラーなんてものは受け流すためのもの。真っ向からの極大な攻撃を防ぎきるようには出来ていない。

 ライザの体は大きく後方に転がった。鋼鉄の盾は歪み、おそらくはライザの左手にも影響が及んだだろう。


「盾を、歪ませやがった……!?」

「穿つには至らなかったか。俺もまだまだ未熟か」


 これで決着だろうと、俺は拳を下ろす。


「おい、なにしてやがる……構えろぉッ!!」


 だが、ライザは吼えた。

 苦痛に顔を歪ませながら、戦意と共に歯をむき出しに、剣を両手で構えて立つ。


「まだ決着がついてねえだろうがッ!」

「ライザ、お前は……」

「武神の息子が、これっぽっちの、実力なわけが、ねえだろ……本気でこいやぁ!!」


 これが、本来のライザのあり方か。

 なるほど、冒険者などではとても満たされない毎日だっただろうに。こんな熱い戦いは冒険の中にはありえない。

 草を刈り、小鬼を狩り、生計を立てるために依頼をこなす毎日はさぞ退屈だったことだろう。


「分かった。俺も武人として、叢雲颯として真剣を抜こう」


 俺は再び両腕を上げる。するとライザは狼の口のように、嬉しそうに笑う。


「ハヤテ、ハヤテ! ハヤテェッ!!」


 剣を下手に、前傾姿勢で駆け出し、一気に距離を詰めてくる。

 おそらく勝てないことは分かっている。それでも戦士の血潮が否応にも沸騰してしまうのだろう。

 鎬を削ることで得られる生の実感を、自分が強いという実感を、勝利という達成感を、どうしても求めてしまうというのなら……。


「遠慮はしない。全力で迎え撃ってやる」


 丹精を込めて築き上げた骨肉と、丹念に磨き上げた気と技を以って迎え撃つ。


「それが敬意だ。そうだろう?」

「ハァッ!!」


 彼が選択したのは、刺突だった。そして俺は拳を捻り、真正面から受けて立つ。

 踏み込みながら眼前に迫った切っ先を避けて、代わりに気を纏った拳をぶつける。その瞬間、拳を捻って切っ先を滑らせる。


 拳は放たれた矢のように、彼の胴を貫いた。


「がっ、は……ど、して……」


 体重のかかった拳を抜いて、ライザは膝から崩れ落ちた。


「……何度でも受けて立つ、そう言ったはずだ。俺が強くなるためにな」


 振り返ると、呼ぶまでもなくダイアとミーアが駆け寄った。


「ライザ! ライザしっかりして!」

「……大丈夫、大した傷はないみたいです」

「そ、そうなの? ライザ、死なない!?」

「大丈夫ですよ。腹部に強いショックを受けて、一時的に呼吸困難になっただけみたいです」


 すぐさまミーアが奇跡でもってライザを癒す。俺の役目はこれで終わりだ。俺はさっさと帰って鍛錬をすることにした。


「……お前はあいつらのパーティだろ」

「それはゴブリンの巣穴を攻略する上での話さ。そしてそのクエストはもう終わってる。あとは心強い戦士一人で十分だと思わないかい?」


 じゃあどうして俺についてくるんだと問おうとしたが、こいつの答えは決まっていることを思い出した。

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