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弐:小鬼巣窟~上

特に無い

 小鬼。一般的にゴブリンと呼ばれる種族。和で言えば餓鬼のイメージが最も近い。

 社会を築いた彼らは強さを追い求めるために自らを律するが、野生の小鬼は人の形をした獣。タガの外れた悪道のそれだという。


 ゴブリンはその残虐な習性ゆえに忌避されるが、その巣穴の奥まで駆除しようという者はいない。依頼として出されているにもかかわらずだ。

 それがなぜかと言えば単純な話、労力に対して利益が少ないからだ。


 増えすぎた魔物を狩るだけで報酬がもらえるのだ。わざわざ自分たちの仕事を減らすようなことをする必要も無い。だから巣を潰すような依頼は基本的に誰も受けない。


 そう、俺のような荒らし以外は。


「一杯奢ってくれればお供するよ?」

「いらない。というか、奢らなくても勝手についてくるだろう、お前は。なんでだよ」

「なんでって、そんなの決まってるじゃないか」


 グラスを傾けて、度数の強い酒を舌の上で転がしてから、喉に流し込む。

 そして、男とは思えない蠱惑的な微笑を浮かべた。


「そうしたいからさ」

「お前……さては暇人だな?」

「マグラスの一件を見て確信した。君は面白い奴だってね! だから目を離したくないんだよね」


 冒険者が仲間と情報を集めるには酒場がいいという。

 俺は情報を貰いに通っているのだが、そのたびにアルバトロスが絡んでくるので鬱陶しい。まあ彼の持つ情報も役に立つものばかりでバカには出来ないのだが。


「ねえ颯、そろそろ君も悪目立ちしてきた。他の冒険者からの妨害も入るかもしれない。僕と組んだほうが何かと便利だよ?」

「誰かと組むつもりは無いし、邪魔が入るならねじ伏せるだけだ」

「逞しいねぇ……でもそんな君だから興味が尽きないよ」


 この調子だ。物好きにもほどがある。まあ付いて来たいというなら勝手にすればいい。俺は自分のしたいようにするだけだ。


「あのー、すみませーん。ゴブリンの巣穴駆除の依頼を受けた方ですか?」


 妙に艶のある声をかけられて、振り返る。そして目の前にあったのは、柔らかそうな肌色の谷間だ。

 二人の美女が、露出の高い格好で俺たちの前に立っている。

 身を屈めて乳房を抱き、柔らかい谷間をこちらに向ける、青い服の女性。

 片方は黒いビキニに白い肌、張りのある美乳の下乳と横乳の目立つ女性。


 見るからに人の情欲を誘おうとしている。俺も前世は世帯持ちだったが、今生ではまだ女性の手すら触れたことが無い。

 だが、俺は二人が見覚えのある気がすることに驚いた。


「……なんか見覚えがあるな」

「忘れたのかい? 二人は君が吹っ飛ばしたライザのお供をしていた、魔法使いと神官だよ」

「あー、あのときの……なにか用か?」


 一瞬だけ二人の目に敵意が宿った気がしたが、それはすぐに引っ込んだ。媚を売るような上目遣いで、女体の肉感を強調してくる。


「……ライザは貴方に敗れてからすっかり落ちぶれてしまいました。クエストも受けずに飲んだくれて、後輩から授業料と称して金を奪い、それも出来なくなるとギャンブル三昧、負けに負けを重ねた挙句、私たちだけで出稼ぎに行かせる始末……」


 神官は悲嘆に暮れ、魔法使いの娘は後ろからやたら睨んでくる。気持ちは分からなくもないが……。


「なるほどねぇ。それで他の冒険者に同行して、報酬を分けてもらおうってわけだ」

「……あなた、ゴブリンの巣を叩くんでしょ? 私たちも連れて行けば楽に片付くよ」

「間に合ってる」

「なっ……ちょっと! 私たちを誰だと思って……」


 吼える魔法使いを神官が手で制すると、谷間をさらに強調するように深々と頭を下げた。


「お願いします。あなたを責めようという気は無いのです。元はと言えばライザが先に仕掛けたこと。非があるのはむしろこちらの方だと反省しております」

「あの時、アルバトロスと受付嬢はライザを止めようとしたが、お前たちは後ろで傍観していたな」

「それは……冒険者とは腕で語らうものだというライザの個人的なこだわりを尊重して……」

「まあまあ、そのくらいでいいんじゃないかな。彼女たちも反省しているっていうし、これも何かの縁だよ」


 なんだアルバトロス、どうした急に。


「この際だ、ライザとはチームを解消して、こっちに入ってもらうというのはどうかな。君も僕と二人きりじゃ不服みたいだしね?」


 こちらに向けてパチっとウインクしてきた。もしかして、女性を引き入れる代わりに自分も入れろといっているのか?

 俺は一人でいいと何度も言っているのだが……。


「いや、俺は……」

「本当ですか!? どうかよろしくお願いします! その、私たちに出来ることならなんでもいたしますから……」


 ちょっと待て。トントン拍子に話を進めるんじゃない。俺の同意がまだだろうが。


「それじゃあ今日から僕たち四人はチーム! 申請書類はここにあるから二人の名前を書いてね?」

「お前いつの間に、ってか俺はサインしてないぞ」

「リーダーはとりあえず僕、副リーダーはミーアさんにすれば名前はこっちで書いておくから」

「ガバガバかよ……俺は面倒見ないし報酬も分けないからな」

「駄目ッ! そんなの私は認めない!」


 いきなり魔法使いが怒鳴った。神官……ミーアの肩を掴んで引くと、少し離れて言い争いをはじめた。


「解散なんて、ライザを裏切るの!?」

「落ち着いてくださいダイア。ライザが復帰するまでの間だけですよ。少しの間お世話になって、お金を工面しましょう?」

「そんなの……私は反対よ! 絶対認めないから!」


 またなんとも気の強い女の子だ。いや、それよりもこの二人、かなり仲間思いだ。

 魔法使いのダイアはライザの心を、神官のミーアはライザの生活を考えている方向性は違うものの、真剣にライザのことを考えて行動している……前世の俺にもこんな仲間が居てくれればよかったのに。


 そんなことを思ってしまったせいか、気が緩んでしまったのか、つい口走ってしまった。


「分かった。同行してもいい」

「よしっ!」

「あ、ありがとうございます!」

「チッ……」


 魔法使い、ダイアだけが間の悪さに苛立っているようだ。


「だがチームは組まない。依頼もしない。報酬も分けない」

「ほう、というと?」

「同時に依頼を受けるだけだ。そっちはそっちで勝手にやればいい」


 血迷ったことを言ってしまったが、こいつらを助けようなどというつもりは毛頭ない。俺は聖人君子ではないし、ライザやこいつらの友人ですらない。

 なら俺が協力する理由はない。むしろ同じ依頼を受けるというのなら競争相手とも言えよう。


「なるほど、君は本当に不器用なんだね、颯」

「何の話だ? いや、いい。どうでもいい。俺とお前もチームじゃないんだ。好きにしろ」

「君が優しいっていう話さ。もちろん、僕も好きにさせてもらうよ」


 冷笑にも似たアルバトロスの表情に、不覚にも通じ合える親友のような錯覚を覚えてしまった。

 なにはともあれ、小鬼の巣穴を駆除するだけだ。他に何も変わらない。ただそれだけのこと。


 


 小鬼の巣。個体そのものはたいした力も持たないが、その知能は決して低いわけではない。

 そも鍛えれば九龍の魔王が一人に数えられるほど成長の見込みがある亜人種。それは指揮・統率こよって軍勢を成す人間が持つ強みに近い。


 小鬼の巣穴に飛び込むということは、ただ小鬼を相手するという意味では済まないということだ。


「お一人で、小鬼の巣穴に向かわれるんですか? アルバトロスさんは……」

「奴はミーアとダイアのお供をすることになった。というか俺は最初から一人で行くつもりだ」

「そうですか……」

「……何か?」


 俺は依頼の受注を申請しにギルドを訪れていた。受付嬢はその際に簡単な情報を世間話という形で教えてくれたりする。

 受付嬢のエイダの心労が見て取れる。俺には関係のないことなのだが、そういえば彼女もアルバトロスと同じくライザを止めようとしていた。世間話くらいはしても孫はないか。


「いえ、私事なんで、ご心配いただいてありがとうございます」

「そうか。では」

「あっ、えっ!? いや、話します! 話しますからもう少し立ち聞きしてください!」

「えぇ……」

「あの魔法使いの女の子、私の妹なんです。名前はダイア」


 へぇ、あのやたら剣呑な女子がこの受付嬢の妹……正反対なタイプの姉妹か。


「ライザさんは休止中なのに、女性二人でゴブリンの巣穴に飛び込むなんて……」

「アルバトロスもいるが」

「彼も確かに実力者ではありますが、仲間が居るということはそのフォローもしないといけません。そういうチームワークに関してはライザさんはかなり信頼できるタイプだったんです」

「そういえば、アルバトロスは俺と同じソロか」

「はい。このギルドでソロ活動はアルバトロスさんが最初で颯さんは二番目です。でも最年少は颯さんですよ」


 確かに、アルバトロスはチームワークが得意そうには見えないな。


「報酬上乗せか、別口依頼で護衛ということでどうだ?」

「うっ……申し出は非常にありがたいのですが、報酬として見合うようなものをお出しできるほど裕福ではなく……」

「……まあ、彼らだって一応は冒険者なんだろう? そう心配することもないのでは」

「そう、ですね……はい、依頼の受注を確認しました。お気をつけて」


 俺はやることを済ませてギルドを出る。出張冒険者用の寮へと帰る途中、背後から声をかけられた。


「あの、すみません。颯さんとお見受けしますが」

「ん? あんたは……神官の」


 神官服に身を包む金髪の美女。昨夜の破廉恥な谷間を見せ付ける姿とは大違いだ。


「何か?」

「あの……アルバトロスさんをお譲りいただけたお礼と、ライザの件でのお詫びをまだしていませんでしたから……」

「アルバトロスの方はアイツが勝手にしただけだ。というかアイツ本気だったのか……ライザの件は今更だ。別に俺は気にしてない」


 むしろ戦える相手は多いほうがいいくらいだ。さすがに水準が低すぎて肩透かしを食らってしまったが。


「出発は明日だ。お礼より支度を整えるべきでは?」

「もしかして、心配してくださってるんですか?」

「いや……」


 そりゃ片方の魔法使いが受付嬢の妹で小鬼の巣穴に飛び込むのを心配しているなんて話を聞かされたら気にもなるがな。

 俺は聖人君子じゃないが、冷酷無情というわけではない。悲しんだり哀れんだりという感情はもちろんある。だが、それをなんとかしたとして、俺の手元になにも残らないのだ。

 感謝はされるだろうが、その場限りだ。恩返しなど期待していなかったが、誰にでも優しい人間というのはどうやら見捨てられやすいらしい。浮気の濡れ衣で誰も俺の味方をしなかった経験が物語っている。


「あの、大丈夫ですか?」

「ん、いや、なんでもない」


 しまった。前世の記憶で精神衛生をドブにしてしまった。帰って鍛錬して気分転換しよう。


「お夕飯はもう済まされたんですか? 良かったらご一緒させてください」

「お前……明日本当に大丈夫なのか? アイツや魔法使いと打ち合わせとかするもんじゃないのか」

「それもお昼のうちに終わりました。オススメの食事処があるんですけどいかがですか?」

「いや、帰って鍛錬しないといけないから……」

「それじゃあ、私が夕食作らせてください。お礼とお詫びに……!」


 なんだこいつグイグイ来る。というか喰らい付いて離さない猟犬のようだ。白い布に覆われた大きな胸の膨らみを左右から挟みこむように腕を曲げ、脇を締めている。

 この夜のキャッチーじみた押しの強い、実質拒否させるつもりのない強行に近い申し出……どうやって断る?


「あー、しかしな……」

「私、料理得意なんです。ちょっと材料も買い込みすぎてしまったので……」


 そう言う彼女の足元に置かれた、確かに多い食材。

 俺も男だ、興味がないというわけではないが……あらぬ噂が立ってギルドに噂が広まって追い出されるようなことは避けたい。


 世の中というのは、たとえ親の理不尽に耐えかねた少女を匿うつもりで家に入れても悪いイメージがつくものなのだ。職場の女性と食事をすれば不倫の噂が広まり、陰口を叩かれ続け、居場所を失う。

 一応ライザの仲間に俺が手をつけた、なんて噂が広まった日には……。


「ありがたい話だが……」


 断ろうとして、ふと思いとどまる。

 仮にここでミーアの誘いを断ったとしよう。その場合、俺は彼女の良心を無下に、あるいは企みを頓挫させることになる。

 つまり、俺は彼女に対して不評を買うのだ。女性は敵に回したくない。ましてや神官という貞淑の塊みたいな女性だ。俺が誘いを断ったとなれば必ず相応の噂が広まる。

 いわく、同性愛者であるとか、不能であるとか、男らしからぬへたれだとかいう悪評が瞬く間にギルドというコミュニティに広まる可能性があるのだ。


「……好きにしてくれ」

「ありがとうございます。ぜひっ!」


 進むも地獄、退くも地獄。

 俺はこの神官ミーアを相手取り、苦戦を強いられることになるのだろう……。

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