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壱:邪魔草原

雑草の魔物って聞いたことない

 ギルドで最も発注されることのある依頼、それが邪魔草原での草刈であるらしい。

 植物が生えるのと同じ理屈で発生する草の魔物、マグラス。


「まあ、君がどれだけ実力者であろうと、ギルドに所属した以上はギルドのルールに従うしかないというわけだ」


 馬車の中で、アルバトロスは親しげに話しかけてくる。

 自信過剰で世話焼き、なんにでも首を突っ込みたがるタイプの人間のようだ。こういうタイプは失敗しても懲りることがないため、なんにでも挑戦し、よく学ぶ。なんだかんだ順応力がある。


「しかし、最初の依頼が草刈とは」

「地味ではあるけれど、大事な仕事さ。マグラスは生い茂って、やがて森になる。それは魔素を溜め込んで魔物の巣になる。そのまま森が広がれば、あっという間に地上は魔物に埋め尽くされる」


 つまり予防か。俺にとっては強力な魔物が出てきてくれたほうがありがたいのだが。というか冒険者にとってもそっちのほうが好都合だろう。


「ちなみにマグラスは薬草の材料になる。冒険者にとっては報酬を貰いながら薬草も手に入る旨味の多い相手だよ」

「なるほど」

「にしても妙だね。この場所はつい最近草刈されたばかりのはずなんだけど……」


 馬車が止まる。目的地に到着したらしい。

 外に出ると、なるほど低くても腰の高さ、高くて人間がすっぽり見えなくなるような高さの草が眼前にあった。まるで草の津波だ。


「さて、さっさと終わらせるか……」

「あっ、おいちょっと!」


 草がでかいのは掴みやすくて助かる。

 そう思った瞬間、大きな一枚の葉は素早く身をうならせた。

 その葉先が指に触れる瞬間、それを手のひらで受け、握り潰す。


「なんだ、動くのかこの草は」

「そ、そりゃ魔物だからね……にしても、それは大丈夫なのかい? 指、落ちたりとかしてない?」

「草で指を切るような鍛え方はしていないが……」

「ごくまれに新人が不用意に近づいて指を落とすんだけど、素手で掴む奴ははじめて見たよ」

「……草っても魔物というわけか」

「根っこごと抜かないと意味が無いから注意してくれ。僕は必要なぶん刈ったらあとは燃やすことにするよ」


 見過ごされた悲しみを気力に変えて、俺は片っ端から草を引き抜く。手を伸ばせば勝手に向こうから寄ってくるので作業自体は楽。だがこの草の反応速度、思いのほか速い。


 剃刀のような葉の間合いに入ると、恐るべき反射速度で切りかかってくる。魔力を帯びているせいで武気もわずかに削られていく。瞬発力の鍛錬には使えそうだ。


「っ……」


 少しずつ、草の間合いに近づいていく。

 体はいつでも反応できるように構えたまま、牽制のために伸ばした左手をゆっくりと近づけ……。


「ッ!」


 草が跳ねる。その先端はもはや目で捉えられない速度。だが根元に近い部分を見れば、ある程度の見当が付く。

 耳を劈く破裂音が鳴ると同時、緑の刃は俺の手が握る。一気に引っこ抜いて、ただの草になるマグラスを見る。多肉植物のような、厚みのある葉だ。


「魔物……存外捨てたものじゃない」

「さて、このくらいかな。あとは僕が魔法剣で焼き払えばおしまいだ」


 アルバトロスが剣を掲げると、その刃に炎が走る。ただの剣で、ただの人間でそんなことは起こらない。


「それが魔法剣か」

「うん? ああ、そうだよ。僕は生まれつき魔力が高くてね、でも魔法みたいな小難しいことは苦手だ。どっちかというと剣のほうが好きなんだ。カッコイイしね! ……だから魔力を活かせる剣が必要だった。魔力を流し込むだけで、剣が魔法を発してくれる。炎から氷まで、僕の魔力が尽きるまで」


 なるほど、魔法の才能が無くても、魔力を活かせる戦闘スタイルか。


「ただ、魔法が使えるだけじゃ意味が無い。この魔法剣を最大限に活かせる技を開発している。それが僕の不敗魔喧術!」


 無限に湧き出る炎が渦を巻いて、ひとたび横薙ぎに振るえばそれは波紋のように広がり、抜かれた草の山が発火する。

 なるほど、強力だこれは。


「さて、これで依頼達成だ。帰って一杯やろう!」

「いや、待て。妙な気配が……」


 瞬間、足元の土が盛り上がる。咄嗟に跳躍した直後に地面が爆ぜて、中からは無数の触手が這い出してきた。

 空中に居る俺に触手が迫ってくるのを、手刀で払い、全身を回転させて勢いを受け流し、着地する。

 目の前には、人間の胴体ほどの太さの茎、枝分かれした触手と葉がある。


「アルバトロス、これは?」

「ネオマグラス。根の発達したマグラスの変異体だ。スライムと同じくらい多様化する魔物だから珍しくは無いよ。その辺の草にも種類があるようにね。茎を断ってから抜けば安全だけど……」

「分かった。とりあえず切って、抜けばいいんだな」


 対処法さえ分かればあとは簡単だ。あの植物の根元まで近づいて、茎を断ち、引っこ抜けばいい。


「ハヤテ!」

「分かってる」


 袈裟懸けに振るわれた蔦を手刀で弾く。弾ける音を響かせながら、蔦は接触した部分から先を地面に落とす。


「まだ切れ味が足りないか。もっと気を研ぎ澄ませないと……」


 俺は親父……否、老師から教わったことを思い出していた。



 拳の跡が隙間無くついている巨岩の前に、ハヤトは立っていた。


「良いか颯よ。いかに技を磨き、冴えた術を用いようと、武気を纏わぬ肉体は脆い。常に気を錬り、研ぎ澄ますのだ。さすれば……」


 ゆったりとした動作で右の手を上げる。手の周囲だけが、空間が歪んでいるように見えていた。

 そう思った次の瞬間には、既に下へと振り下ろされていた。手の触れた部分から何かが駆け抜けるように岩が削れ、それが一周した瞬間に巨岩は左右に別れて転がった。


「手刀は妖刀に至る」

「いやどういう理屈だよ……」

「武気を錬り、研ぎ澄ますのだ。磨いた技、冴えた術を真に活かすためには、基本となる武気を錬るほか無い」


 武気。五体を武器と化す、とはいうが、これは本当に武器として通用させる手段となる力。武人の基礎基本。

 手そのものが刀でいうところの刀身ならば、武気とは刃だ。それはこぼれることのない不朽の刃。

 どういう風に気を巡らすのかは、体で覚えなければならない。毎日毎日、皮膚が裂け、骨が折れるのではないかという試行回数を経て、気は錬られ、研ぎ澄まされるという。


 ぶっちゃけ根性論としか思えないような馬鹿げた話ではあるのだが……

 

「フンッ!」

「なっ……」


 迫る葉を払うと、音も無く落ちる。こうして刃が完成すると、もはや何も言えない。まるで自分の体が化物にでもなったかのようだ。


「素手でマグラスの葉を切った……?」


 そして造作も無く根元へとたどり着き、横一閃。茎は容易く一文字の切り口から、大きな上部は地面に倒れた。

 栄養の要求を断たれた体の上部がアルバトロスの炎に焼かれている間に、下に残った茎を掴む。

 

「ぐん、ぬっ……覇ぁッ!」


 腰を落とし、足で踏ん張り、背を捻り、肩を引き、腕で締め、指を食い込ませる。

 足元の地面が盛り上がり、埋まっていた根が掘り起こす。


「一人でやる気なのか、颯……」


 そのまま一歩ずつ後ろに下がって、最後の根まで引き抜いた。


「これでいいのか?」

「ああ、それで大丈夫だ……なんというか、君が叢雲の子だという話に信憑性を感じてきたよ。デタラメすぎるもの」


 持ち帰ったマグラスの素材は必要な分だけ確保し、余りはギルドで換金した。

 

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