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参:人魔渾交

冒険者は運動部だからな

 小鬼からの要求はつまり、俺が魔物側に立ってほしいということだった。


「お前たちは、人間と交流を望んでいるのか?」

「先ほどお話したとおり、私たちは武に憧れ、極めんとする者の集まりです。人間と要らない争いをして命を落とすようなリスクは避けたいのです」

「そういう命の危険を払い落としてこその武、とは思わないのか」


 武とは己や、財産を守るための力だ。

 それは実戦の場において実用できてこそ、初めて意味を持つものである。

 護身術としては争いを避けるという方法もいいだろうが、戦って勝ち取るための力を求めていながら、戦いの場を減らそうとする行動は噛み合わない。


「仰るとおり……ですが、社会にはそれを望まない者も多いのです。この社会を創ったのは各種族の知恵者ですが、この社会を形成しているものはむしろ弱者。弱き民です。彼らを外敵から守護する機能も社会には必要なのです」


 なるほど、確かにそうだ。社会に属する者を社会が守らずして誰が守るのか。

 強者だけが生き残るための社会など、弱者がいなければ成り立たない。さもなくば社会に頼る必要のない強者であればいいだけのこと。


 強者が弱者に理不尽を強いる代わりに、弱者は外敵に対して強者を当てる。そうやって理不尽を回すのが社会というものだ。

 それが気に食わないから力で打ち破るというのが、武力の正しい使い方である。


 さて、となると次に気になるのはどうして俺を使うのか、だ。まあこれは予想がつく。


「それで、どうして俺なんだ? こういうのは魔物が直接出向く形式のほうが筋なんだろう?」

「社会を築いた魔物など、人間が簡単に受け入れると思われますか」

「それもそうだな」


 人間からしてみればただでさえ脅威であった魔物が社会を築いて、しかも一群がこっちに来たら間違いなく戦争。交渉の余地無く先手必勝、砲撃から始まり魔法と弓矢の嵐が吹き荒れ、無駄に痛手を負って魔物たちは帰還することになる。


「無用な争いは避けたいか……」

「しかし、人間の大多数は魔物に対して敵対的。仕方ないことではあるのですが、そこであなたに助力を願いたく」


 渡りに船か。まあ、そういう立ち居地ならこちらも都合がいい。

 人間と戦うなら、魔物側に立ったほうがやりやすい。なにせ向こうから勝手に襲ってきそうだ。

 権力による理不尽、暴力による理不尽。一方的に力を行使されるという現象を起こすのに現状で最も最適なポジショニングだろう。


「いいだろう。で、具体的にどうすればいい?」


 俺は冴・舞綸側に立つこととなった。あくまで交渉人として。





 荷馬車に揺られながら、俺は人間の居る王国へと踏み入る。

 石が天高く積まれた城壁、重々しく拓く城門。車輪が回るには凸凹の多すぎる石畳。


「では……お気をつけて……」


 馬車を操る雇われに挨拶を済ませ、俺はこの世界に来て初めての人間国へと降り立つ。


「さて、とりあえずは……」


 弟・舞綸が言うには、どうやら人間は魔物の住処を荒らすために冒険者ギルドというものを組織するらしい。だが、俺は冒険者になるわけではない。情報収集をするには、情報を高く買ってくれそうな人間の集まる場所がいいだろう。


 そういうわけで、冒険者ギルドを訪れた。

 市役所や銀行、ハロワとか病院にありそうな受付窓口に立つ。


「素材の換金ってここで出来るのか」

「申し訳ありません。素材の換金はこちらでは……素材回収の依頼でしたらあちらの掲示板をご確認ください」

「あ、はい」

「もしかして初めての方ですか? 身分証とか……」


 大きな丸眼鏡をかけた茶髪の受付嬢が困ったような愛想笑いを浮かべている。

 身分証は……持ってない。弟・舞綸の村でもらった武侠連盟で作った身分証しかない。


 ……いや、そういえば、一つだけ身分証を持っていたな。


「俺は叢雲颯。父は叢雲隼だ」

「む、叢雲って……」


 叢雲の性、そして力こそが証明書だと親父は言っていた。

 少し脳筋すぎる気もするが、腕っ節一つですべてを叶えるという親父のやり方らしいといえる。


「あ、あの、ご冗談を……」

「へぇ、叢雲の名を出すなんて、どっちにしろ正気じゃないね」


 背後からかけられた馬鹿でかい声、振り返ると剣を担いだ男が一人。

 ここにいるという時点で冒険者なのは間違いないが、妙に軽装だ。必要最小限の革装備に、白金色の剣身と埋め込まれた色とりどりの宝石だけが、異様に目立つ。


「はじめまして新米くん。ボクの名はアルバトロス、得手は魔法剣だよ!」

「どうも……」

「このギルドを代表して、キミを歓迎しよう! さあ、そうと決まれば早速歓迎会だ!」

「なーに勝手に決めてんだてめぇは!」


 アルバトロスの背後から怒鳴りつけてくるのは、三人の団体様だ。アルバトロスとは違って大仰なフルプレートアーマーや純白と群青の神官服、紫色のフードを被る杖持ち。


「お前もまだ一年しない駆け出しだろーが!」

「ふん、実力はこの街じゃナンバーワンだよ? 控えたまえ!」

「ったくこの恩知らずは、生意気に単身で突っ込んだ挙句、魔力切れで彷徨ってるところを見つけてやったのは俺たちだぞ!?」

「君たちが倒せなかったグラップルモンスターを倒したのは僕だったけどね」

「この野郎、言わせておけば……」


 どうやらアルバトロスという魔法剣士はこの街で最も実力のある冒険者らしい。

 注意がこちらから離れているうちに、さっさとギルドに登録してしまおう。


「おい待てガキ。伝説の武人の名前を出したんだ。見せてもらうぜ、証拠」

「……ああ、なるほど。そういう流れか」


 ようやく何をすればいいのかが見えてきた。つまり、実力を見せてこいつらを納得させれば埒があくってわけだ。

 俺は返事の代わりとして、俺はわずかに腰を落とす。

 両足は前後に、左手は開いたまま鼻の前。右手は腰の横に置く。


「へぇ……いい目すんだな、お前」

「確認しておきたい。俺がこれで認められればギルドに登録できるんだな?」

「もちろん。この俺の初太刀を凌げたらなぁ!」


 男の体が一気に前へ、地面を蹴って一足で接近する。

 初太刀と言いながら腰の剣を使わず、言い終わる前に殴りかかる。なるほど喧嘩術としてはかなり洗練されている動きだ。


 そして俺の頬に篭手を纏った拳が叩きつけられた。


「痛いかガキ、これに懲りたらもう強者の名を道具にするようなことは……」

「言われたとおり凌いだ。登録してくれ」


 予想を遥かに下回る打撃だったが、まあ魔獣の類と人間を比べるのも酷な話だ。


「なっ……おい! お前まだ懲りないのか!」

「懲りる……? どういうことだ。俺はお前の打撃を受けて、まだ生きている。提示された条件は満たした」


 もしかして趣旨が違ったのか。耐久ではなく避けないといけないタイプだったのか。


「すまない。避ける必要のない攻撃だったので気付かなかった。その腰にある飾りくらい使ってもらわないとやりがいがない」

「てめっ……誘ったのはテメェだ。後悔すんなよ」


 男の目が据わった。いよいよやる気になったらしい。

 腰を深く落とし、直線の剣を鞘から抜いて、刃先をこちらに向ける。


「待てライザ! 子供相手に大人気ない!」

「そうですよ! 冒険者が子供に乱暴なんて……」

「うるせぇ。こいつがただのガキじゃないってのはよく分かった。痣の一つも出来ねえで」


 アルバトロスと受付の女性が止めようとするが、明らかにむき出しの戦意、殺意に近寄れない。

 ならば、俺は望みどおり受けて立つとしよう。


「降りかかる火の粉を払いのける。そのための武力だ」

「ガキがいっちょまえに、吼えるじゃねえか」


 室内に対して小さくない剣、相手が動くであろう軌道が手に取るように分かる。


 そして男……ライザは動き出した。

 虚空を薙いで、俺の右肩口から左脇腹へと切り込もうとする動作の流れ。

 では俺は、それをどうする? 下がるが、潜るか、飛び越えるか……否、長い得物に対し距離を取るのは愚作。五体を武器とするならば、その間合いに踏み込まねば無意味。


 ならば、たった一歩で事足りる。

 ただ前へと踏み込み、ライザの手首と柄の隅に腕をもぐりこませ、斬撃の出端を挫く。


「なっ……」

「疾ッ……!」


 装飾華美な甲冑の、そのどてっ腹に左拳をぶち込む。すると甲冑に大きな窪みが出来ると同時、ライザの体は吹き飛ぶ。

 しかし、一回後ろに転がった後に両足で踏みとどまった。派手なだけの見掛け倒しではないらしい。とはいえ……


「が、がはっ、ごほっ……」

「ライザさん!?」


 ライザは両膝を折って、のみならず両手も地面につく。


「シュゥ……未熟だな。ただの甲冑に穴も穿てないとは」

「いや、あれはただの甲冑じゃ……」

「とはいえ、甲冑の陥没は体に届いているはずだ。さっさと脱いで医者に見せたほうがいい」

「必要ないわ」


 甲冑を脱ぎ、神官からの治癒魔法を受けるライザから、受付嬢へと向かう。


「俺が叢雲の子であることの証明はできたはずだ。さっさと登録してもらおうか」

「は、はい……こ、こちらの書類を……」


 見るからに怯える受付嬢の指示で記入欄を埋め、俺はようやく冒険者として登録することが出来た。






 ギルドに登録してから三ヶ月、俺はありったけの討伐依頼をこなした。

 小鬼の駆除、豚頭の駆除、群狼の駆除、草群の駆除、駆除、駆除……。

 基本的に戦えればそれでよかった。そうしているうちにしばらく生活に困らない小金は手に入った。

 が、雑魚ばかりでまったく修行にならないというのが最近の悩みだ。


 これなら仙境に引きこもって魔獣の相手をしていたほうがまだ鍛錬になる。

 そう思っていた矢先のこと……。


「あっ、おはよう颯!」

「おはようアル」


 なんやかんやあって、俺はアルバトロスとチームを組んで活動していた。

 そして今日もまた、討伐依頼を受けるためにギルドを訪れたのだが……


「アル、新しい討伐依頼はあったか?」

「いや、君のせいでこの辺り一帯のモンスターは粗方狩り尽くされてしまったからね。もう素材回収の依頼くらいしかないよ。このギルドではもうモンスターより君のほうが居なくなって欲しいという人のほうが多いんじゃないかな?」


 アルは冗談交じりに笑いながら言うが、あながち間違いじゃないだろう。

 俺のおかげで野良魔物は駆逐され、俺のせいで冒険者の仕事は減った。彼らからしてみれば、俺は仕事を奪う疫病神でしかない。

 まあ、ここまでは予定通りだ。


「あっ、おはようございます、ハヤテさん。お手紙が届いてますよ」


 ふと、受付嬢に呼び止められた。

 受付へと赴き、にこやかな表情の嬢から手紙を受け取る。


「ハヤテさんのおかげで最近はのんびり仕事が出来て、ありがたいです」

「……高度な嫌味だな」

「ち、違います! 本当に感謝してるんですよ! まあ冒険者からしてみれば面白くない話だと思いますけど、私たちみたいな一般市民からしたら、平和に越したことはありませんからね」

「そういうもんかね」


 蝋で閉じられた封筒を破って開けると、中には二枚の紙が入っていた。一枚は手紙、もう一枚は証明書のように見えるが。


「コロシアムへの招待状……これか、アルが言っていたのは」

「そうそうそれそれ! やっと颯のところにも来たんだね」

「それは、血の気の多い人間が各地、各方面から集められるという、武協連盟の武闘会とは別の、非公式の賭博闘技ですね」

「ご丁寧にどうも」


 こと武力は富を得る道具としてよく使われる。あるいは財を守るため、あるいは雌を奪うため。闘争とは常にそういう原始的な欲求を満たす手段だ。

 そして用心棒や武士もののふといった強者が用いられることもある。早い話が、強い奴が集まるところだ。


「出場なさるんですか?」

「このギルドに来る依頼では、俺の腕は磨けそうにないからな。それに……」


 ギルドの居心地がいいというわけでもない。そういう意味では、ここを去るのが名残惜しくないのは幸いだったかもしれない。


「未練も無いしな」

「そうですか……私は、ちょっと残念です。もう颯さんに会えなくなると思うと……」


 賭博闘技に参加すると、順位によって金銭が支給されるらしい。だからもうギルドで小銭を稼ぐ必要はない。この辺り一帯のモンスターはもうまるで練習相手にならないし。


「仕事が増えるのは同情する」

「いや、まあそれもありますけど……何はともあれ、今日までありがとうございました。たまには顔を見せに来てくださると嬉しいです」


 仕事が増えるのがそこまで嫌なのだろうか……まあ多忙を極めれば、仕事でさえ手柄を求めて出し抜きあう争いが始まることもある。それを知らないまま成果を横取りされ、陥れられるくらいなら、暇なくらいが丁度いいのかもしれない。


「彼女が心配するのも無理は無いさ。賭博闘技は死亡率が高いからね」

「そうなのか」

「闘技中の事故はもちろん、日常生活での暗殺とかもたまにあるからね」


 なるほど、ただの競技では収まらないということか。だが、それは好都合だ。


「常在戦場こそ武の本場、なんということもない」

「君は相変わらず自信過剰な子供だね。まあそこに惹かれたんだけど……それじゃ、行こうか!」


 俺はギルドを後にし、賭博闘技の場へと赴く。

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