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弐:跳梁跋扈

ゴブリンだって武術くらいするしめっちゃ強くなる

 さて、最初の村に到着したわけだが……。


「どういうことだ?」


 人の気配がない。というかどう見ても廃村だ。人間よりも魔物の類が好みそうな、陰気な場所。

 なるほど、ここは人間の村……だった場所だ。


 蜥蜴人間リザードマン小鬼ゴブリン豚頭オーク、その他スライム、蟲がまるで当然のように大道を行き交っている。その中に人間の姿はひとつも無い。

 ここはつまり異種族の魔物が混在して社会を築いている魔物の村ということだ。

 魔物の中でも知能が発達した種が、人間と対抗するために身に付けた術だと、親父が言っていたのを覚えている。


 そして、そんな中に人間が紛れ込めば、嫌でも目立つ。人間社会でも、平凡な日常に突如熊が出現したら誰もが距離を置くように、俺も似たように距離を置かれていた。

 野放図に暴れまわっている魔物ならすぐさま襲い掛かってくるところを、こうして慎重にこちらの様子を窺ってくる魔物たちを見ると、なるほど人間とさほど変わるまい。教育も行き届いているのだろう。


「止マレ、ソコノ人間」


 烏合の衆を切り開いて目の前に立ちふさがったのは、なかなか鍛えこまれた子鬼の群れだった。

 俺は言われたとおりに歩みを止める。


「貴様、ドコカラ来タ?」


 棍棒を手のひらに打って鳴らすのは、彼らなり威嚇なのだろうか。

 さて、どこから来たという問いはつまり、俺がただの人間ではないという風に見ているのだろう。


「……武仙境」

「馬鹿ナ。アソコニ居ルノハ武侠仙人ダケノハズ……」

「待テ、関所ヲ通ラズ入リ込ムヨウナ奴ダゾ。アリ得ナイ話ジャナイ」


 地図を見れば一目瞭然なのだが、俺と親父の住む仙境は山に囲まれている。そこは規格外な神獣や魔獣の類が多く、人間どころか魔物ですら寄り付かない。

 ただし獣共は仙境から出ることはない。なので俺が通ってきた場所に関所がないのも納得できる話なのだ。縄張りさえ侵さなければ獣は襲ってこない。それよりは人間や野良魔物を警戒するほうが無駄にならない。


「安心しろ。俺はお前たちに興味はない」

「ナニシテンスカ! サッサトブチノメシマショウ!」

「馬鹿カ! 仙境カラ来タ奴ニ俺タチガ敵ウカ!」

「だが、飯と寝床を探している。あと素材を換金できるところがあれば教えて欲しい」

「コノ胆力……恐ラク、コノ村ヒトツ片手デ壊滅サセルヨウナ男ニ違イナイ」

「コンナガキガ……?」


 いつまで話し込むつもりだ。こちらの要求はもう示したのだから、さっさと進展させてほしい。


「駄目なら他をあたるが」

「待テ! 分カッタ。タダシ、一度取調ベヲサセテホシイ! オマエノ身分トカガ分カラナイトコチラモ困ル!」

「ふむ……分かった。とりあえず最寄の村に立ち寄っただけのつもりなんだが、そういうことなら仕方ない」


 別にここでひと暴れしてもいいが、俺は別に戦いたいだけの戦闘狂ではない。

 強くなるため、障害を排するために戦いはするが、最終的な目標は俺が理不尽を振るう価値のあるものを見つけること。ここで暴れても意味がない。


 大人しく警察小鬼に連行される。炭坑に似た穴の先で取調べをするらしい。

 簡素な椅子に座らされ、目の前に緑色の肌をした大きめの小鬼が二体座る。社会を構築するのも伊達ではないのか、きちんと紙と筆で記すらしい。


「お前の名は?」

「叢雲颯、ハヤテだ」

「叢雲……本当にあの武侠仙人の?」

「転生した。前世はここではない世界だ」

「なるほど……ここへは何しに?」

「旅を始めた。とりあえず最寄の村に立ち寄って情報収集と……これを換金出来ればと思ったのだが」


 俺は持ち物の中で仕留めた獣の材料を取り出して、机の上に並べる。


「こ、これは……!?」

「とりあえず、魔獣の爪と眼、聖獣の角と毛皮……とりあえずこんなところだが」

「な、なんちゅうもんを……これがあれば当面は人間の雑兵風情など、いや国一つ恐るるに足らんぞ!」

「これでいくらになる。これだけ当面食うには困らんと親父……師父に言われたが」

「むぅ……」


 爬虫類のような目は、品物より俺のほうを品定めしているようだった。

 そしてひそひそ隣の奴と何かしらの相談をしている。これはまだ時間を食いそうだ。


「悪いがいつまでも足止めを食らっているつもりはない。食料も寝床も調達しないといけないからな。いつまでに終わる?」

「あー! すまない! これほどの品物となるとこちらでは鑑定できないのでな! なるほど事情は把握した。本来、人間を受け入れることはないのだが、今回は特別にこちらで手配しよう!」


 それから、とんとん拍子で寝床と食料を確保した。しかもどうやら無料と来た。

 一階が酒場、二階が宿屋の典型的な店だ。店員と客が俺以外全員魔物であるということを除けば。


 やはりというか、よく見られる。

 荒くれ者の集まる酒場であれど、あまりに異質すぎて近づくことすら憚られるだろう。


「オウ、ドウシテコンナ所ニ人間ガイルンダ?」


 ……魔物でもいるんだな。そういうタイプは。


「旅をしている。最寄の村がここだった」

「アホウ! ココハ魔物ノ村ダゼェ!? テメェハ人間ダロウガァッハッハ!」

「……声がでかい。飯の邪魔だから席に戻ってくれ」

「ハァ? 声ガ小サクテ何言ッテンノカワカラネェナ! オマエガ食ッテル肉、人間ダゼェ!」


 えっ、マジ? これ人間の肉なの? 香辛料効きすぎてて肉の味が分からん……。


「そうなのか、人間の肉も美味いもんなのか、ここの料理の腕か、どちらにせよいい経験になった」

「ハッハッ……イヤ、流石ニ頭オカシイダロ!」


 ふと見やれば、やたらいかつい小鬼がいた。小鬼特有の高い鼻、荒れた肌、薄汚れた風体。小鬼と呼ぶには大きすぎる図体、筋肉の量……。


「荒くれの強いゴブリン……ちょうどいい。これを初戦としよう」


 自らのために、他社へと力を振るう。記念すべき第一戦。


「俺の飯の時間のために、お前に理不尽を振るうとしよう」


 奴から目を離さないようにして、席を立つ。


「コイツ……」

「待ったは無しだ。どうした、もう始まってるぞ」

「テメェッ!」


 大きく振り上げられた棍棒は、空気を引き裂いて降る。

 鈍い音と共に、小鬼の口元がゆがむ。


「軽い……流石に軽すぎる」

「ナッ……」

「これでは骨一本どころか、肉の一筋、肌の一枚だって傷付かん」


 記念に左腕の一本くらいくれてやろうと思ったのに、これではあんまりだ。

 俺は俺が理不尽を振るうに足る理不尽を求めていたのに。


「ナンダ、ナゼ潰レナイ……ドウシテ挽肉ニナラナイ!?」

「腕力に任せた上からの振り下ろし。巨体にあった戦法だが、武気も纏わないのでは……」

「武気……ソウカ、オマエ、素手ッ!?」

「そういうわけだ、席まで戻ってもらう。俺の飯の邪魔をするな」


 脂肪の乗った腹に手のひらを置く。あとは、少し多めに空気を吸って、押し退けるだけだ。


「オッ、オオッ、ウオオッ!?」


 必死に押し返そうとする小鬼の足が地面の土を削っている。それでも仙境に居た月輪の熊、日輪の虎とは比べるまでもない。

 空いた椅子まで押し退け、最後に中指でヘソを突く。


「ギッヒ……」


 苦痛にうずくまる巨体の小鬼を置いて席に戻る。

 汚れた手を拭いて、残りの肉を平らげる。


「ニ、人間ニ、コノ俺ガ……」

「ごちそうさま……」


 さて、また絡まれる前に二階の宿で寝るとしよう。もともとここに長居するつもりはない。早寝早起き、早朝に出発するとしよう。





 うっすらと空が明るみ始める頃に、俺はいつもどおり目を覚ます。適当に身支度を整えて、俺は宿屋を後にする。

 が、宿屋の出入り口はすでに包囲されていた。


「おはようございます」

「昨日とは違う小鬼か。俺はもう行くぞ」

「お、お待ちください! どうか村長と会って頂きたい!」

「断る。メリットがない。デメリットは打ち砕く」


 無視して抜き去ろうとすると、すかさず小鬼の群れが前に立ちふさがる。

 邪魔をする割に平身低頭だ。微妙に殴りにくい。


「あなた様は仙境から来られたと伺いましたが、そのご様子ですと世情や地理のことはあまり詳しく存じていらっしゃらないのでは? よろしければこれからの旅に役立つであろう情報をご用意しておりますので、なにとぞ……」


 そう言われると、ちょっと考えてしまう。

 実は仙境に引きこもってばかりのハヤトに育てられた十年間、外界の情報というものが書籍とハヤトの口伝しかなかった。それもハヤトがまだ仙境に引きこもる前、三十年も昔のこと。そりゃ情勢も変わるし、人の住む村が魔物の巣窟になっていてもおかしくはない。

 つまり、俺にはこの異世界における現代の知識や常識というものがまったく無かった。


「……話を聞こう」

「ありがとうございます!」


 彼らの考えていることは見当がついている。大方、武侠仙人の子である俺を魔物側にしておきたいのだろう。ハヤトは人間と魔物を区別しなかったという。その理不尽さと無差別さは奔放な神のようだと、小さい頃に武勇伝を聞いていて思った。


「どうせ場所を変えるんだろう。さっさと案内しろ」


 昨日の洞穴の最奥、そこに小鬼の長は居た。

 そういえば今朝の小鬼はやたら言語が流暢だったな。服もやたら小奇麗だった。


「ようこそおいでくださった。私は九龍魔王、冴・舞綸にこの村の統率・管理を任されました、弟・舞綸。お会いできて光栄です、武神の継承者よ」

「ゴ・ブリン、デ・ブリン……九龍魔王というのも聞いたことがない」

「まずはその辺りからお話しましょう。今から30年前の話になります……」


 そうして弟・舞綸は語りだす。




 三十年前……

 人の身にしてあらゆる強者に勝る者、武神に至った人間が現れた。

 武気を纏い舞い踊り、神龍の額を殴打で砕き、魔王を足蹴に地へと伏させる。

 それこそ武侠仙人、叢雲ハヤト。


 人間が武神になることは、世界を震撼させる一大事件であった。

 道具を用い、武器を用い、兵器を用いることで他種族に対して優位を誇っていた人間が、己の五体のみをもって最強に至ったという事実は、あらゆる種族を武への道へと駆り立てた。


 この世界には三つの絶対強者の座がある。

 武神、魔神、無神の三席。このうち武神とは聖剣や魔剣、妖刀など、最強の武具を手にした者のことを意味していた。三十年前までは……。


 己の五体と技を持って何もかもを打倒する武神。

 魔法を統べて神々さえも討ち果さんとする魔神。

 森羅万象の尽くを無へと還すという無神。


 そのうち、武神という座を求める者は多い。

 魔力と魔法の才覚は生まれ持っての物である為、鍛えられる武力で神域に至ろうとする。

 無神は唯一の虚無の存在であるため、なろうとしてなれるものではない。


 あらゆる種族が武神を目指した。

 人間のみならず、力自慢の鬼や、群れることで強者と渡り合う小鬼、ゴブリンと呼ばれる種族の中でさえ、最強という称号に魅せられ、武を習い始める魔物が出てくる。

 そうするうち、魔物たちは知恵を付け始めた。そして、武に生きるということのリスクを学び始めた。その結果、自然と魔物社会は構築されていった。


 食料を獲得するための戦いではなく、武を極めんとする修行や試合という戦いをするためには、安心して手負いになれる環境と仕組みが必要だったのだ。


 魔物の中で各種族の知恵者は協力し、魔王とは別の組織を構築する。

 それこそが魔者武協連盟。それは人間や魔王とは別の、第三の勢力となって拡大し続け、三十年という月日をかけて、今に至る。


 ちなみに、武侠仙人こと叢雲ハヤトは武神という称号を辞退している。





 ……という、そんな話だった。


「つまり、この村はその武協連盟の一部ってわけか」

「村自体は副産物に過ぎませぬ。魔物の理は弱肉強食でありますからな。そして私こそ武協連盟が誇る九龍魔王クーロンマオウが一人、冴・舞綸の弟子でございます。初代武神の継承者にお会いできたことの感激、ゴブリンの語彙力では到底言い表せませぬ」


 すごい流暢に言語を操っているな。これが魔物の知恵者というやつか。


「九龍の魔王というのは、小鬼以外にいるのか?」

「九龍魔王とは魔物のうち最も武を極めている者が名を連ねることの許される称号です。現在名を連ねる種族はゴブリン、スライム、アンデッド、鬼、暗黒騎士、侍、魔女、豚頭オーク蜥蜴男リザードマンです。種族によって流派も様々ですから、詳しいことまでは分かりかねますが」

「なるほど……人間混じってないか?」

「元人間や魔人も魔物に数えられますゆえ。武侠仙人も仙人ですからな」

「な、なるほど……ん?」


 じゃあ、人間で始めて武神になったっていうのは、ハヤトじゃないのか?


「初代の武神はハヤトだよな」

「実は、その辺りのことは定かではないのです。人間が武神となったのは確かなのですが、それが誰なのかというのは諸説ありまして……ひとつは貴方の師であられる武侠仙人。私もこの説を信じております」


 話によれば、武神には二通りの説があるという。

 ひとつはハヤト、そしてもうひとつは天野砕牙あまのさいが。天才にして天災と言われる刀剣使い。武の道を斬り拓く者。


「どちらかが武神なのだと思いますが、やはりこれに関しては人間に聞くのが一番早いでしょう」

「そうだな、直接聞くことにする。それで、この素材を払えばいいのか?」

「いえいえ! それはお持ちになったままで結構です。私は貴方様にぜひお願いしたいことがございます。端的に言えば……武協連盟の代表として人間と交渉していただきたい」


 人間である俺に、こいつはそんなことを言って来た。

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