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壱:無法舞台

 地下に隠されたその場所は、真の最強を決める場所。


「レディースアーンジェントゥメーン! 表のありふれた見掛け倒しに飽き飽きした皆様! 大変長らくお待たせ致しました!」


 薄暗い通路の先から響く司会進行のアナウンスと歓声。俺の出番はもうすぐだ。


「皆様もご存知の通り、今回は期待の超新星! なんと、あの武神の弟子が参戦だぁ!」


 歩みを進め、照明に照らされた舞台へと歩みを進める。

 この先に、比武を望む強者がいる。


「白銀の座! 伝説の武神が一番弟子。叢雲流武技術、叢雲颯むらくもはやてェッ!」


 紹介と共に、俺は通路を抜けて、舞台へと上がった。

 眼前に立ちはだかるのは、一人の魔法使い。赤髪と青眼の少女。


「黄金の座! 生身の人間が魔法に勝てるもんか! 貴族魔女、マリアンヌ!」


 恐ろしいことにこの闘技場、正真正銘なんでもありだ。

 魔法使いが賞金稼ぎに自ら飛び込むこともあれば、貴族が金に物を言わせて戦士や魔物を投入することすらあるという。


「セコンド、貴族魔女について教えて」

「うん。貴族魔女は金に物を言わせて高額魔法ツールを用いるなんちゃって魔女のことだよ。とはいえツールは発動までのラグが少ないから短期決戦狙いで突っ込むと返り討ちにあうかも。素早い動きでかく乱するのがセオリーだね」

「なるほど、優秀なセコンドで助かる」


 ちなみに言うまでも無いが、セコンドはアルバトロスである。この闘技場は登録時に代替選手兼セコンドを選ぶことが出来る。


「素早い動きか」

「それじゃ頑張って! 今夜は焼肉だ!」

「試合開始ッ!!」


 銅鑼がけたたましい音を響かせると、マリアンヌは即座に右手に握る杖を向けた。頭部に据えられた青い宝石が輝く。


「コールドフィールド!」


 水色がかった霧が湧き水のごとく溢れ出す。それは地を凍らせながら這い進む。円形の舞台の上で俺を取り囲むように。


「フットワークが使えないッ……! 颯ぇ!」

「なるほど。さすがは最強を決める舞台。これならこの先、存分に鍛えられそうだ」


 凍結の濃霧がすぐ足元に迫っている。ならば地に居なければいいだけのこと。

 気を錬り、気を纏えば……俺は跳ねた。

 くるりと宙返り、円形の舞台を形作る柵に足をかけ、そして本命の跳躍。

 腰、膝、踵を限界まで折り畳み、全力の跳躍を。


「あの男、何を……」

「叢雲流武技術、一蹴弾丸」


 そして、地面と平行に跳躍んだ。


「へっ、ひっ!?」


 それはまさに弾丸に等しく、そして彼女の横を通り過ぎた。

 彼女の背後、霧の無い場所に何度か足を着け、身体は激しく回転しつつも勢いを減衰させ、柵に着地する。


「シュゥ……」

「は、はは、ざぁんねぇん! 大ハズレェッ!」


 魔女は振り返り、魔法を放とうとするが、それは無駄だ。


「いや、大当たりだ」


 なぜなら俺の手には魔法使いの要、杖があるのだから。

 木製の柄、その頭部には青い宝石が蔦によって縛り付けられている。


「えっ、ああ!? 私の杖っ!」


 魔法使いにとって杖は生命線。奪われれば即無力化すると思っていた……が、どうやらまだ次の手があるらしい。その眼から闘志の火は消えていない。後には退けないタイプ、決死の目だ。


 ……さて、どうするか。俺がこの杖を俺が持っていても売り物にしかならないからな。ちなみに、闘技中に得た道具は勝者が任意に受け取ることが出来る。


「今ので自分が不覚をとったことは理解しているな」

「でも、そこであなたが私を仕留めなかったのが失敗よ。私はまだ負けてない」


 なるほど、俺が殺すタイプではないというところに付け入るつもりだ。

 おまけに俺は魔法使いではない。なんとか隙を突いて粘り勝ちしようという魂胆が見え透いている。


「……貴族の持ち物か。金には困らんな」

「ちょっ、いや、それは……」


 ん? どういうわけか、この杖を売り払われると困るらしい。

 さすがに必勝を盲信するほどの無鉄砲ではないということか。なら交渉の余地がある。


「敗北を認めるなら返そう」

「わっ、わかりました。私の負けです降参です!」


 やけにあっさり決まってしまった。まあ初戦ならこんなものか。

 先ほどから、もっと過激な戦いが見たかった一部観客から盛大なブーイングを頂いているが仕方ない。あまり殺していると私怨で殺し屋を雇われたりするらしく、俺はともかくとしてアルにそういう負担はかけたくない。


「勝負ありッ! 叢雲颯の勝利ィッ!」


 初戦に白星。叢雲の名に泥を塗らずに済んだ。





「というわけで祝勝会をしよう!」

「大げさな……たかが一度勝ったくらいでそこまで祝わなくていい」


 俺たちは少し高めの飲食店に来ていた。

 獲得した賞金を全額使ってご馳走に変えてしまったアルは、さっそく骨付き肉に噛り付いていた。


「むぐむぐ……記念すべきデビュー戦なんだし、これくらい贅沢しなきゃね! ほら、キミも遠慮なく食べて食べて!」

「あの、なぜ負けた私が相手の祝勝会に参加させられているんでしょうか……」


 俺も気になっていた。勝敗が決してから杖を返そうとしたが、それにアルが待ったをかけ、彼女をここへと誘導した。

 外見の年齢は俺とさほど変わらないように見える。おそらく陰乃猪のところの美月と同じくらいか。


「記念すべきデビュー戦の相手だし、せっかくだからね。はむっ」

「なんて強引な理屈だ。まあ、この量では食いきれない。あなたも食べていってくれ」

「は、はぁ。では遠慮なく……はぐほむっ!」


 その食いっぷりは凄まじいものだった。

 貴族とは名ばかりか、と思えるほどにマナーの欠片もない。むしろ歳相応の子供のようだ。


「貴族魔女ではそういう食べ方がマナーなのか?」

「っ! ……ご、ごめんなさい」

「いや、純粋に気になっただけだ。ちょっとイメージと違ったから、こちらこそ気に障ったなら謝る」


 すると、彼女はとたんに静かになってしまった。まるで叱られた犬の尾のように。


「……私は、捨てられたんです」

「捨てられた?」

「あ、そうそう。貴族魔女ってそういえば出稼ぎに出された子なんだよね」

「出稼ぎ……貴族が?」

「没落貴族っていうんだっけ? つまり実家にとって資金調達の手段に過ぎないんだよ。彼女たちは」


 貴族魔女、マリアンヌは頷いた。


「実家に金を送るためだけの人生、難儀だよね」

「家出でもしたらいいのでは?」

「家族を見捨てるなんて、私にはできません……それに、私みたいな何の取り得も無いごくつぶしでも、こうして役に立てるなら、いいかなって」


 うわぁ、まるでブラック企業のようだ。

 人の良心に付け込み、恩着せがましく、情に訴えるような素振りで搾取し、壊れたら簡単に捨てる。


 だが、今の俺には関係の無いことだ。


「でも、貴族魔女は杖が無くちゃ魔法が使えない。杖を売り払われたらもう稼ぐ手段がなくなっちゃう。だから降参してでも返してもらいたかったってことだね」

「なるほど」


 杖は既に返してある。食事を終えたらここで彼女とはお別れだ。

 次の相手が決まるまで暇だし、気でも錬っておくか。


「って考えてるでしょ、颯」

「思考を読み取るのも魔喧術の技なのか?」

「颯ぇ、もうちょっと楽しもうよー。こんなに可愛い子が人生に困窮してるんだからさー!」

「言ってる事はお前のほうが大分ひどいと思うけど」

「あ、あの、私は別に……どうしようもないことなので」


 本人もそう言っている。自分の人生の舵を握られるのは本人のみだ。

 彼女自身がどうしようもないと思った時点で、それはもうどうしようもないことなのだ。


 俺とアルは彼女と別れ、家路に着く。


「もったいない。友達は多いほうがいいと思うけど?」

「困ってる誰かを助ける心の余裕なんて無いんだよ。俺は俺の人生で精一杯だ」

「そういう苦労も分け合えるのが友人だと思うけどね」

「そんな経験はしたことがない。押し付けられることしかなかった」


 人それぞれに事情がある。出会った人間の一人ひとりの事情を汲んで力になろうだなんて、身体と心がいくつあれば足りるのか。武神の弟子とはいえ、俺は一人の人間に過ぎないのに。


「だいたい、あーなったらもう駄目だ。助からん」

「なに? 前世で似たようなことでもあった?」

「たかが労働に自分の身体を犠牲にしようとするような思考になったら最後だ。こっちがどれだけ手助けしようと、ブレーキをかけようとしない」

「へぇ、そういうものなんだ」

「そういうものだ……ごめんな、気を使ってくれたのに」


 アルが俺に新しい人間関係を作る機会を与えてくれようとしていたのは理解していた。

 だが、俺はきっとその全てを受け取れない。それが少し心苦しかった。


「……はーっ! この石頭! 生真面目! 頑固者ぉー!」

「ちょっ、ぶっ、やめっ、危ないからよせ!」


 アルはいきなり飛びついて、まるで飼い犬でも可愛がるかのようにじゃれてきた。

 彼のほうがやや身長が高いので、地味に子ども扱いされてるようで癪だ。

 一通り楽しんで気が済んだのか、いたずらっぽい笑みのまま離れた。


「ほんと難しく考えるよねキミは。もうちょっと適当になりなって!」

「適当ねぇ……とりあえず適当に気でも錬ってるか」


 これから先、いちいち試合相手の背景まで気にしだしてしまいそうだ。仕方ないので、気を紛らわせるために気を錬ることにした。





 数日後、俺は再び闘技場に立つ。

 目の前には深い茶色の体毛に覆われた牛頭ミノタウロスが、今にも鎖を引き千切って襲いかかろうとしている。

 両手で持った得物の頭部は片側が刃幅の広い斧、片方がつるはしになっている。


「魔女の次は牛頭ぎゅうとうか、随分とでかいな。さすがにウエイト差がありすぎる」

「重い武器を振り回す分、スタミナの消費は激しいはずだよ。動き回って待つしかないと思う」

「だな。まあやってみるさ」


 豚頭をも上回る体長、体躯の太さ、怪力という点においては頂の一角とすら呼べる牛頭を、生まれて十と一年の身体でどうやって制するか。


開始はじめぃッ!」


 合図と共に牛頭を繋ぎとめていた鎖が解かれ、闘牛のように突進してきた。


「まっすぐ来るか。なら、少し試せるな」


 迫り来る牛頭に対して、俺は腰を深く落として待ち構える。

 大きく振り上げられた斧は、次の一瞬で俺を真っ二つにする。


 牛の雄叫びと共に、それはゆっくりと振り下ろされる。

 眉間に迫った刃を、半歩ずらして躱す。


「やはり、キレがないな。武でもなんでもない」


 牛頭の瞳は、見えているのかいないのか。こいつも誰かの都合でこんなところで、戦わされているのか。

 いや、無意味だ。そんなことを考えてなんになる。目の前の牛を哀れんで、俺に何の得がある。


 牛頭はもう一度振り上げて、俺にめがけて振り下ろすので、先ほどと同じように回避し、それを何度も繰り返す。

 すると今度は振り下ろすのではなく、地面をえぐるように横薙ぎに振るう。


「牛にしては賢いか。牛にしては」


 俺は紙一重で跳び、背後の柵に足をかける。


 大きく振るった斧は身体の外側へ、牛頭の懐はようやくがら空きとなった。

 そして一躍、放たれた矢のように、喉元へと手を伸ばす。

 出っ張った喉仏を掌が押し潰し、握り締めながら、少し浮いた牛頭の身体を後方へと引き倒し、叩き落す。


「あれが颯の、叢雲流の武技……!? 技というには随分と乱暴というか、ワイルドというか……」


 アルが困惑するのも無理は無い。

 叢雲隼にとって、武技術とは力を獲得するための手段であり、発揮するための道具である。あの男にとっての最終的な目標は、技に頼らないということなのだから。ここまで俺の行動に技と呼べるものは一つも無い。


 喉の上に着地し、すかさず追撃の下段突きでとどめを刺そうとしたが、既に意識は失われていた。


「ふぅ……そこそこ楽しめるが、力自慢と戦うだけでは物足りない。やはり武技を比べないと比武とは言いがたい」

「ほう、その歳から武技を極めんとする心意気。感心感心」


 俺と倒れた牛以外に居ないはずの舞台の上、背後からの声に振り返り、咄嗟に構える。


「未熟なお主が更なる苦難を希求するというのなら、道ならぬ道を教えましょう」

「あんたは……」


 仙武境の獣と同等か、或いはそれ以上……今まで出会った九龍の魔王のいずれよりも凄まじい気を感じる。


 彼を一言で表すならば、キョンシーだった。

 幸薄そうな男性だが、その眼の奥にある仄暗い光は、確実に人殺しの経験があるヤツに違いない。


「この闘技場の主催をしております、ホワンと申します。武神のお弟子様」


 そしてまず間違いなく、今の俺より遥かに強い。現時点で、俺はこの男に生殺与奪を握られている。


「この場は真の最強を決めるための場所。武神の弟子のお相手に人間では役者不足と思っていたのですが」

「ホワンさん、あなたほどの実力者が運営しているこの闘技場、強さにおける妥協は無いものとお見受けする。ならば、ここに集う者たちも必然的に強者だ」

「……なるほど、そこまで理解し、なおも覚悟の上であると。よろしい。この闘技場の最下層、最強の中の最強を決めるための舞台へとご案内しましょう」


 思い返してみれば、俺が今日ここまで相手にしてきたのはほとんどがただの暴力で、武力ではなかった。魔草、群狼、小鬼の巣窟、すべて駆除にすぎなかった。

 九龍の魔王ですらそうだ。冴・舞綸は戦闘スタイルが暗殺なので仕方ないとして、陰乃猪では横槍が入って勝負無し。


 武技を比べるということを、俺は仙武境、武侠桃源を出てからというもの、一度も出来ていなかったのだ。


「これよりあなたが踏み入れるのは、消えた武神を尚も待ち続け、武技の極地を凌駕えんとする者たちの、言わば武侠桃源です。どうぞお覚悟をもってご堪能ください」

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