6話 おお、神よ
そうだ。この二人に道案内でも頼もう。
近くに村くらいはあると思うんだけど、なかったら野宿かな。
長年の旅で野宿は慣れている。
ついでにこの世界のことも聞かなくちゃね。
「キミたちはこれからどうするの?」
「もう王都に帰るわ。今日は疲れたから」
「そうだな」
「リュー、元はといえばあんたのせいなんだからね。ちゃんと反省しなさい」
「うっ……分かった」
リューって子はニーナには逆らえないみたいだ。上下関係がしっかりしている。
見ていて少し同情するね。
「それじゃあ、僕も王都とやらに付いて行ってもいいかな」
「もちろんいいけれど、あなたどこに住んでるの? 一度お礼をしたいのだけれど」
「僕は最近この辺りに来たばかりでね。地理には疎いんだ。お礼なら、そう言ったものを教えてくれるとありがたい」
「そんなことでいいの? 分かったわ。私に答えられることなら何でも聞いて」
さて、これでこの世界のことが知れるといいのだけれど。
二人から話を聞く限り、このあたり一帯はエルムス国と呼ばれ、現在はウォルス・リフィト・エルムスという名の国王が治めているらしい。
エルムス国はかなり巨大な国で、世界で五本の指に入るのだという。
二人からは何でそんなことも知らいないのかと不審な目で見られたが、あえて無視した。
だって、仕方ないじゃない? この世界に来たばっかりなんだもん。
そして、地球のように科学が発達して魔術が衰退しているのではなく、全くの真逆であることが分かった。
ニーナがゴブリンを倒す時に魔術に似た力を使っていたので、僕も力を使ったが、なるべく派手な力は使わないほうがいい。
少なくとも、この世界の力のレベルが分かるまではおとなしくしておくべきだろう。
僕の耳にはニーナが持つ魔術のような力のことを「魔術」と聞こえてきたけど、あれは正確には僕の知る魔術ではない。
魔素がないのに魔術は使えない。でも、この世界の人たちは魔素に似た別の力を使って魔術を行使している。
その「魔術」に代わる言語を僕は持ち合わせていないため、僕の中で「魔術」と言語変換されているようだ。
というわけで、この世界ではその魔術に似た何かを魔術と呼ぶことにしよう。
鳥と言ったって、数多の名前がある。カラスやトンビと言ったように。
ひとくくりにはできるものの正確には異なる。
魔術だって同じということだろう。
まあ、そんなどうでもいいことは置いといて、まず問題になってくることが一つある。
それは貨幣だ。お金だ。
ちなみにこの話を聞いたときにも不審な目を向けられた。
そりゃそうだ。小さな子供だって知っていることらしいからね。
記憶喪失なんていう設定を作ろうとも思ったけど、突き通す自信がなかったから森の中で一人で暮らしていたとだけ答えておいた。
いつぼろが出るかわからないけど、まあ問題はない。バレたらバレただ。
世界を周るのであれば、心に余裕を持たなくてはいけない。
閑話休題。
貨幣についてだが、エルムス国では最も高価な貨幣の順から、王金貨、金貨、銀貨、銅貨、石貨の順にあるらしい。
石貨十枚で銅貨一枚。銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で金貨一枚。金貨十枚で王金貨一枚という計算なのだそうだ。
大体の相場を聞いたところ、銀貨一枚あればそれなりの宿で飯付きで2泊できるそうだ。
大体ではあるが、銀貨一枚一万円と言ったところだろうか。
外食するとだいたい銅貨一枚と石貨五枚だというのだから、銅貨一枚千円。石貨一枚百円と言ったところだろう。
それが知れたのはよかった。だが、問題はその貨幣を所持していないというところにある。
何か自分の持っているものを売るしかないか。
地球でもそうやって生活してたのだし、しかたない。
……これは一体どういうことだろう。
二人の言っていた王国にはたどり着いた。歩いて数時間のところにあったので野宿する手間が省けて良かった。
街並みを見るからして、中世ヨーロッパの街並みに近いだろうか。
入り口からでも白色の綺麗な城が顔を出しているのが見える。
しばらく生活するにはよさそうな街だ。
でも、この騒がしさはなんだというのか。
「ごめんなさい、一体何があったの?」
「それがさ、この王都に突然魔物が現れたらしいんだ」
魔物っていうのはさっき二人から聞いたんだけど、恐竜みたいな奴のことを言うらしい。
魔物には必ず魔核というものがあって、体内にあるその魔核はいろいろなことに使えるからそれなりの値段で売れるらしい。
「魔物って、何が出たの?」
「恐竜だってさ。怖いよな。しかも王城の庭に現れたもんだから大騒ぎだ」
へー、恐竜がね……恐竜?
嫌な予感がしたのか、リューとニーナの顔色が悪くなる。
「ち、ちなみに、どんな色の恐竜かしら?」
「赤色だってさ。国王暗殺を狙った魔術師の召喚だって言われてるぞ」
オゥ。僕の仕業だね。まず間違いない。
「ただ、召喚が上手くなかったみたいで足が地面にめり込んでいたらしいぞ。お陰で討伐するのは簡単だったって」
危なかったね。これで王城に被害が出ようものなら、僕の罪悪感が半端なかった。
おっと、二人とも、そんな目で僕を見ないでくれ。
僕だって悪気があってそんなことしたわけじゃないんだから。
その後、僕らは別れた。
とりあえず命を助けたお礼に色々と聞けたし、二人も僕のことをいろいろと不審に思いながらもあえて聞いてくることはなかった。
別に全部話してしまってもいいんだけれど、あまり目立ったことはしたくない。
さて、まずしなければならないことは貨幣の入手だ。
貨幣がなければ宿に泊まることもできないし、ご飯を食べることもできない。
「確かこの辺りに……」
ニーナとリューに聞いた話では、この辺りに大手の商人が経営する店があるらしい。そこであれば買い取ってくれるだろうとのことだ。
「あった、ここかな」
店の前には二人から聞いた通り、『ドラゴンの右足』という名前の店があった。
例の通り、神力を両目に纏うことによって文字は理解できる。
地球にはドラゴンは生息していなかったが、この世界にはいるのだろうか。
中に入ると見たこともないようなものがたくさん陳列していた。
けど、僕の知っている物もあるようだ。塩とか。
客もそれなりにいて、いろいろと吟味しているようだ。
ひとつひとつ商品を見て回りたいのはやまやまだけれど、宿探しをしなければならない身なのでお金を稼ぐことにしよう。
「ちょっといいかな」
「はい、なんでしょう?」
「売りたいものがあるんだけど、ここで買い取ってもらうことはできるかな」
「できますよ。何をお売りになりますか?」
「これなんだけど……」
僕がリュックから取り出したのは、一本の短刀だ。
これは僕がまだ日本を旅行していた時、刃物作りを体験させてもらい作ったものだ。
職人にもこれほど上手く作れるものは少ないとべた褒めされた一品でもある。
ずっと記念にとって置いたのだが、特に使う予定もないし、ここで売って誰かに使ってもらったほうがこの刃物にとってもいいだろう。
「こ、これは……少々お待ちください」
何やら驚いた様子で奥へと下がっていった店員。
もしかして買い取れない? それなりに自信はあったんだけど……。
すると、奥からお腹の出た人が出て来た。
その人は僕の顔を見るなり鷹のような鋭い目を向けて来た。
「あなたがこの短剣を?」
「そうだけど、買い取れないのかな」
「いえ、買い取ることはできます。これはどこで手に入れたものなのですか?」
「僕が作ったんだけど――」
「あなたが!?」
急に大声を出さないでほしいね。でも何をそんなに驚いているのか……
「おお、神よ。ご無礼をお許しください」
神!? 誰が!? っていうかみんな見てるんだから跪かないでほしいな!?
「ちょっと待って、とりあえず落ち着いて話せるところはない?」
「はっ。直ちに」
腹の出た上司っぽい人は、近くにいた部下に命じると、僕を店の奥にある応接室らしきところに案内した。
上司っぽい人と応接室入り、二人対面する形で椅子に座る。
初め上司っぽい人が椅子に座るのを拒んだので無理やり座らせた。
上質な椅子のようで、座るとふんわりと僕を包む。
先ほどの部下っぽい人がお茶を持って来てくれたのでありがたくいただく。
「それで、どうして僕のことを神だと言ったの?」
「あの短刀には聖なる力が宿っておりました。それをお創りになったということは、あなたが神であることに間違いありません」
あ、確かに神力を混ぜて作ったんだけど、それがまずかったかな。
でも、それにしては判断材料が少なすぎる。
「けどそれだけじゃ僕が神だって判断出来ないよね。僕がただ拾っただけかもしれないし」
「ですので、大変失礼とは思いましたが、この嘘に反応する魔道具を使わせていただきました」
「魔道具?」
「はい。魔道具とは魔力を使うことでなんらかの効果が発動する道具になります」
へー、そんなものがあるんだ。で、それで僕が嘘をついていなかったから神だと判断したわけだ。
……これって詰んでない?
っていうか僕神じゃないんだけど?
でも今更僕は神じゃないって言っても信じてくれないよね。