5話 罠
「ほらな! 言っただろう。初心者向けのダンジョンなんて余裕だって」
「でも油断はダメよ。ダンジョンであることには変わりないんだから」
私達は小さな村出身で、今年から王都の学園に通うために王都に来た。
でも、貧しい村だったため学園に通うだけの資金がない。
だから、こうしてダンジョンに来て魔物を狩り、その素材などを売って資金を稼いでいる。
「ほら、リュー。そこ、足元が悪くなってるんだから気をつけなさい」
「おっと、すまねぇ。ニーナ」
全く、いつも注意しろって言ってるのに。ちっとも言うことを聞いてくれないんだから。
「なあニーナ。まだ魔素は残ってるか?」
「大丈夫よ。もう2、3匹狩っていきましょう」
「おうっ!」
学園に入れたのがそれほど嬉しかったのね。
両親にはもちろん学園に入るのは反対された。
村の人手が減るし、学園生とはいえ危険が多いから。
でも、私達はもっといろんなことが知りたかった。
小さな村の中で一生を終えるなんて真っ平ごめんだわ。
そんなことをいつものように考えていたその時だったの。
いつもお世話になっている商人の方が、学園に通ってみないか、と声をかけてくれた。
私達は真っ先に飛びついたわ。
それから学園の試験に受けて、合格したの。
平民の待遇はそれほどいいものじゃ無いけれど、まだ教えてもらえるだけマシだわ。
でも、学費は支払えていないからこうして冒険者になって少しずつお金を貯めている。
こんな生活も悪く無いと思っている自分がいる。
ようやく自由になれた気がする。
たぶん私もリューと同じで笑っているんじゃ無いかしら。
なんだか子供みたいでそんな自分は見たくないわね。
「おい! ニーナ、聞いてるのか!」
「ごめんなさい、少し考え事していたわ。何かしら」
「あそこを見てみろ! 宝箱があるぞ!」
「宝箱?」
リューの指差す方を見てみれば、確かに宝箱が置いてある。
「どうせ前の冒険者が開け終わった後でしょう?」
「いや、新たにできた可能性もあるぞ!」
そう言ってリューは宝箱を開いた。
それを見て私は思わず声を上げそうになった。
宝箱の中には金貨と銀貨が一杯に入っていたのだ。
「ニーナ! これだけあれば学費も払えるぞ!」
「え、ええ。そうね」
「なんだ? 嬉しく無いのか?」
「いえ、嬉しいのだけど……」
おかしい。
ダンジョンに宝箱があるのはいいとしても、こんな初心者向けのダンジョンに、それもこんなに入口に近い場所にあるなんて、普通では考えられない。
仮にあったとしても、先に潜っていた冒険者達が見逃すはずはない。
「リュー、ちょっと待って。これはもしかすると罠ーー」
「えっ?」
遅かった。もうリューは金貨を握りしめていた。
すると、宝場をは突然消え去り、代わりに魔法陣が地面に刻み込まれた。
あれはマズイ! たぶん何かの罠が発動したんだわ!
「リュー!急いで下がって!」
「お、おう!」
リューに後退させると、魔術陣の上に巨大な何かが出現した。
でもそれを私は知っていた。ギルドにあった絵と同じだ。
「……恐竜!」
硬い鱗で覆われた体に短い手には鋭い爪。そして強靭な足。
その鋭い牙で噛まれたらひとたまりもない。
「逃げて! リュー!」
狙いをつけられたのはリューだ。
でも、リューは恐怖で動けないみたい。
なら私が、と思ったけど、思ったように足が震えて動けない。
動け動け動け動け!!!
でも私は動けなかった。恐怖のあまり涙が溢れて来た。
その間にも恐竜は大地を揺らすように歩いてくる。
「だ、誰か……。たすけて……」
リューが恐竜の鋭い牙に咬み殺されそうになっているのを見ながら何かに助けを求めた。
誰でもいい、誰でもいいからリューを助けて。
神様……。
その瞬間だった。
私の後ろから声が聞こえたかと思えば、まるで時が止まったかのように恐竜が動きを止めた。
ゆっくりと振り返ると、そこには私達と変わらないくらいの少年が立っていた。
髪は男にしては長く、前髪は目にかかるほどに長い。
でも、その髪の間から覗く瞳は、髪の毛と同様に黒く染まっている。
「だ、誰?」
私がそう尋ねると、その少年は優しい笑みを浮かべて言った。
「**********?」
いや、何言ってるかわからないんだけど……。
どうやら少年が宝箱の中身を取った瞬間、恐竜みたいなのが召喚されたみたいだね。
いわゆる罠と言う奴かな。
流石に目の前で人が死ぬのはあまりいい気分ではないので、とりあえず、
「【止まれ】」
神力というものは本当に便利だ。言葉に神力を乗せることで、現実に干渉できるのだから。
神力は想像したものを現実にする力と言い換えることができる。
僕にはできないが、純粋な神であれば無から有を作り出すことも可能らしい。
天照さんともなれば世界創造もできるのだとか。
それはそうと、この世界初の人とのコミュニケーションだ。
フレンドリーに行かなきゃね。
「えーと、初めまして。お嬢さん。よろしくね?」
「……」
なぜか無視された。ここの世界ではお嬢さんなんて言い方をしたら引かれるんだろうか。
それとも気安く過ぎたかな? もっと紳士的に言ったほうがいいかな。
「初めまして。お嬢様。私、唯斗と申します。どうかお近づきになることをお許しください」
ついでに紳士っぽくお辞儀もしてみる。
「……」
またダメか。それなら逆で攻めてみよう。
今度は街中の不良っぽく、
「おうおうおう! 俺様は唯斗ってんだ! 夜・露・死・苦!」
「ヒッ!」
今度は怖がられた。一体どうしたらいいのか……。
「********?」
うーんと唸っていると、少女が何かを口にした。
初めは魔術的な何かだと思ったけど、それが間違いだと気がつくのに時間はかからなかった。
そういえば天照さんが言っていた。
世界が異なるということはもちろん言語も異なると。
そりゃそうだよな。地球だって日本語だけじゃないし。
とりあえずその対処法も知っている。単に神力を耳に纏えばいいだけだ。
ついでに喉にも纏うことで会話が成立する。
それで海外を渡り歩いた僕にとっては、息をするようにできることだ。
「【翻訳】、あ、あ。これで分かるかな?」
「わ、分かるわ」
「さて、改めて自己紹介するね。僕は唯斗。呼びにくかったらユートでいいよ」
「わ、私はニーナよ。さっきのは自己紹介だったのね」
「そうなんだけど、ごめんね? なんだか怖がらせちゃって」
「いえ、大丈夫よ」
「君の相方もごめんね?」
「ああ! そうだ! リュー、大丈夫!?」
忘れられてたなんてかわいそ。
「お、俺は大丈夫……それよりも、こいつは」
「ああ、そいつなら大丈夫だよ。僕が言葉で縛ってるから」
「言葉で縛る? そんな魔術あったかしら」
「まあまあ、それは置いといて。それで、こいつはどうしたらいいの」
「恐竜はこのダンジョンには居ないはずなの。だから、早い目にベテランの冒険者に退治してもらわないと」
「ふーん。なら、ここから居なくなれば問題ないよね」
「え、ええ。けどダンジョンからサイズ的に出すことはできないわよ?」
「大丈夫だよ。【転移】」
固まっていた恐竜の姿が消える。転移が成功した証だ。
【転移】は対象の物体や生物を移動させる能力だ。
特定の場所に転移させるには、一度僕自身がその場所に行く必要がある。
でも、今回はとりあえずここから離れたところに転移させればいいだけだったので、適当に座標を指定せずに転移させた。
運が悪ければ、何かに埋まって死んだ可能性もあるが、まあ、それは運がなかったということで……。
「転移!? そんな高度な魔術を一瞬で……あなたって凄い人なのね」
「俺たちと変わらないくらいなのにな」
「失礼な。僕はこれでも20歳だよ?」
「「えッ!?」」
そんなに僕って若く見えるの? 確かに身長はちょっとだけ、ちょーっとだけ低いかもしれないけどさ……。
「若返りの薬でも使ったの?」
「使うわけないでしょ……」
全く、この子は一体何を言い出すのか……。
「それはそうと、さっきはありがとう。私達を助けてくれて」
「ありがとな」
失礼なことを言う人たちだけど、礼儀はしっかりしているらしい。
「別に構わないよ」
悪い人たちではなさそうだ。