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3話 別れ

「そんなのダメよ! せっかく帰ってきたのに!」


姉さんが突然そう叫んだ。確かに反対されるとは思っていたので、僕は姉さんと正面から向き合う。


「姉さん、もう決めたことなんだ。僕はトラベラーになる」

「ダメよ。私は絶対に許さない。それに、危険だってあるんでしょう?」

「そうですね。トラベラーに危険はつきものです」


天照さんから姉さんを擁護するような発言を聞き、僕は思わずぎょっとした。


「しかし、唯斗にはもう自分を守るだけの力は持っています。それに、私の加護を与えますから」

「加護ですか?」


父さんが天照さんに尋ねる。


「加護というのは、神が生物に与える力みたいなものです。私はもとから唯斗には加護を与えるつもりでしたから」

「それがあれば、唯斗は安全なんですか?」

「絶対ではありませんが、唯斗はもともと強い子ですから心配することはないでしょう」

「そうですか……」


父さんは少し考えるように顎に手をやり、目を閉じた。

少しして、目を開けるとこう言った。


「分かった。唯斗、好きにしなさい」

「お父さん!?」


姉さんは悲鳴のような声を上げるが、僕はそれを無視して、父さんと正面から向き合った。


「今まで育ててくれてありがとうございました」

「ああ、だが一つだけ条件がある。……今日はうちでゆっくりしなさい。何を見てきたのか俺に聞かせてくれ」

「分かったよ」


父さんは納得してくれたようだ。母さんも文句はありそうだが、父さんの決定を否定しないところを見ると、しぶしぶ納得してくれたのだろう。

問題は……


「どうしてよ! お父さん!」

「理奈、天照様のお墨付きだ。唯斗の自由にさせてやるのが一番だ」

「でも、危険なことには変わりないんでしょう! だったら――」

「唯斗はもう20歳(はたち)だ。成人しているし、今まで世界を旅してきたという実績もある。唯斗の人生は唯斗自身のものだ。お前が決めていいわけではない」

「でも――」

「それにな、俺たちにも問題があった。唯斗が見えていたものを幻覚だと決めつけてしまっていただろう?」

「っ!!」

「信じてもらえないというのはつらいことだ。それは俺にだって容易に想像がつく。唯斗がトラベラーになると決めたのもそれが理由じゃないのか?」


そう言って、父さんは僕に視線を向けた。

確かに理由の一つではあるので、軽く頷いた。


「……そういうわけだ。お前も唯斗の姉なら見送ってやれ」

「……わたしは認めないわ!」


姉さんは涙を浮かべながら部屋から出て行った。

父さんにこんなに簡単に認めてもらえるとは思っていなかった。母さんも同様だ。

……にしても、姉さんには認めてもらえなかったか。

想像はしていたけれど、やっぱり心苦しいな……。でも、僕はトラベラーになることを止めない。

もう僕は旅の楽しさを知ってしまったから。


「ではまた明日お伺いさせていただきます」

「ありがとう、天照さん」


天照さんはニコリとほほ笑むとその場から姿を消した。


「さて、唯斗。一つだけお前に聞きたいことがある」

「どうしたの? そんなに改まって」


どうしたのだろう? まさか今更行くなとは言われないとは思うが……。

少し身構えていると、父さんは恐る恐る聞いてきた。


「お前、旅の途中で何かしたか?」

「何かとは?」

「その……なんだ……。誰かを助けたとか」

「……ああ、そういえばそんなこともあったね。でもありすぎて覚えてないや」

「その助けた人の中に、お……お姫様とかいなかったか?」


お姫様、お姫様……。ああ、そういえば一人いたな。誘拐されていたところをたまたま通りかかって思わず助けたんだっけ。


「居たね」

「居たね、じゃない! お前、ここの住所教えただろう」

「何度も聞かれたから、つい」

「そのせいでお前、お姫様の使いを名乗る者がここにきて、大金に加えて礼状とよくわからない勲章置いてったんだぞ!?」

「別にいいって言ったんだけどね」

「おかげで寿命が縮む思いだったぞ?」

「ごめんね?」


その後は、父さんと母さんに旅の事を話をした。

この5年間で何があったのか、それをゆっくりと話していった。

父さんと母さんは時に笑い、時に怒りながら聞いてくれた。


姉さんにも聞いてもらいたかったが、あれから部屋から出てくることはなかった。

一度呼びかけてみたが、返事はなかった。


1日というのはあっという間に過ぎてしまうもので、寝て起きたらもうすぐに僕の出発する時間が近づいてきた。


「……そろそろだね」

「もう行くの? もう1日くらいいいんじゃないかしら」

「ごめんね、母さん。もう決めたことだから」

「そう、……もう会えないの?」

「そうだね、帰ってくることはできるけれど、もう帰って来ないと思う」

「なら、いつでも帰ってきていいからね。ここは私達の家なのだから」

「お前は俺たちの息子だからな」

「……うん。分かった」


話を終えたところで天照さんが僕の隣に現れた。

どうやら、待ってくれていたようだ。


「姉さんは……」

「ごめんなさいね、あの子、やっぱり返事がなくて」

「そう……。まあ、予想はしていたから。……天照さん、世界を移動する方法を教えて」

「よろしいのですね?」

「うん」

「それでは……」


天照さんは指先を僕の額に当てる。すると、どうすれば世界を移動できるのかが理解できた。それと同時に何か温かいものが僕を包んだ。


「それは私の加護です。かなり強目に付与しましたから、大抵のことは何とかなると思います」

「本当にありがとう。天照さん」

「いいのですよ。あなたは私の眷属みたいなものですから」

「眷属って……そんなに強い加護をかけたの?」

「ええ。しっかりと眷属についても学んだのですね。良い子です」


天照さんに撫でられ、くすぐったく感じた。


「もし何かあれば、私のことを強く念じなさい。私と会話もできますから」

「本当にありがとう。……それじゃあ、そろそろ行くね」


僕はみんなから少し距離を取ると世界を移動する力を構築し始める。

周囲に可視化するほどの神力をつぎ込んだ。


「綺麗……」


母さんが呟く。

確かにこれは綺麗だ。僕もこれほど綺麗なものになるとは思っていなかった。そもそも、今まで神力を可視化するほど使うことはなかった。


僕も思わず見とれていると、突然今の扉が開き、目元を赤く腫らした姉さんが入ってきた。


「バカ弟! 受け取りなさい!」

「おっと」


姉さんが投げたものをキャッチして見てみると、それは見覚えのある純銀でできたネックレスだった。


「これって……」

「そう。小さいころあんたと喧嘩して取り合ったネックレス。あんたにあげるわ」

「でも、これは姉さんが――」

「いいの。あんたが持ってなさい。……大切に、してね」


姉さんは涙をぽろぽろと流しながら笑顔で言った。声は震えている。

どれだけ僕のことを想ってくれていたのかが分かる。

僕は受け取ったネックレスを首に下げる。


「ありがとう、姉さん。これはお返し」


天照さんは言った。僕は天照さんの眷属だと。

なら、僕にもできるはずだ。

己の力を集中させる。


「……暖かい」

「姉さんには僕の祝福をあげる。加護ほど強力なものじゃないけど」

「……ありがとう、唯斗」

「じゃあね、姉さん」


最後に別れの挨拶ができて本当に良かった。

僕は自分にできる精いっぱいの笑顔をみんなに送りその場から姿を消した。





……本当にありがとう。



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