17話 最先端を行く男
あっという間に一週間が過ぎた。
なんというか、面倒な一週間だったかな。
来る日も来る日も、飽きずに僕のことを捕まえようとする連中ばかり群がってきたから。
どこへ出かけても頭の上にいるリンが目立って仕方なかった。
まぁ、それはいいんだよ。
リンは精霊だから自由にさせてやりたいしね。
リン自身に見えないようにする幻惑をかけ続けてもらうのも申し訳ないし。
昔本で読んだことがあるんだけど、精霊は自由に生きないと死んでしまうのだとか。
思わず、マグロか! ってツッコミを入れてしまった僕は悪くないと思う。
嘘かもしれなかったからリンに確認をとったんだけど、リン曰く、「わかんない」だそうで。
そりゃそうか。実際なってみないとわかるわけがない。
かと言ってそういった状況になって、リンが死んでしまうのは嫌だから試したりはしていない。
そのご本人は僕の心配も知らずに呑気に頭の上で果物を食べてるんだけど。
今日は梨だったかな。
それはそうと、今日は待ちに待ったロンドさんとの職人巡りだ。
この世界の技術がどの程度のものなのかとても興味がある。
「ロンドさん、はじめにどこに行くの?」
「そうですな。とりあえず衣服などを作ってくださっているところに行きましょうかな」
衣類ね。
街中を歩いている人たちの服装を見るに、衣服は見た目よりも頑丈さを重視しているようだ。
数日前に貴族達の住む方をこっそり見にいってきたんだけど、まぁ、派手だったね。
特に女性の方。とにかく自分が美しく見えるように服には気を遣っているようだった。
一度三十後半の女性と目があったんだけど、あの目は危険だ。
誰とも結婚していないんだろうね。とにかく男を見つけると猛獣のような目をして狩に行こうとしていた。
ポケットの膨らみは、例の魔物を捕まえるための道具を忍ばせていたのかもしれない。
非常に恐ろしい存在だった。
正直、ミルと戦った時よりも危機感を感じた。
二度と会いたくはないものだ。
「あそこの店です」
ロンドさんの指差す建物に目を向ける。
そして僕は固まった。
「何あれ?」
「服屋です。少々奇抜ですがな」
少々っていうか、五世代ほど先をいってるようなセンスをしてるんだけど。
世界観ぶち壊しだよ。
何あれ、店がキラキラ輝いてるんだけど。
「ここの店主の作る服は貴族の間でとても人気でなんですぞ。私の店では扱っておりませんが」
あの服を作ったのはここかっ!
ここの店主は一体何者だよ。
ツッコミどころが多すぎる外装は置いておいて、とりあえず中に入る。
……マネキンに試着室。そして試着室には姿鏡。
そして数々の時代を先取りしたファッションセンスの衣装達。
ここだけ別世界に感じるよ。
「ロンド、待たせたか?」
ロンドさんから話を聞きつつ服を見ていると、後ろから声がかかった。
振り返って見ると、そこには顔に十字の傷をつけた強面の男が立っていた。
「いえいえ、そんなことはございません。オスカ殿」
オスカ、オスカね。
ってオスカ!?
確かここに来る道中、ロンドさんから聞いた服屋の店主の名前がオスカだったはず。
「ご紹介しましょう。私の宿に泊まってくださっているユート殿です」
「そうか。俺はオスカ。この店の店主をやっている」
よかった。ロンドさん、約束を守ってくれたみたい。
僕のことをユート様なんて呼んだら貴族だと勘違いされてしまうからね。
それにしてもこの人がこの店の店主か。
随分と顔と作る服のギャップがすごいな。
やはり人は見かけにはよらないということか。
「坊主は、ってその頭の上のは」
「精霊のリンだけど?」
「はー、じゃあ坊主が噂の精霊様の主人か」
なにそれ。
「精霊を使役する少年がいるって話だ。王族の依頼書もあって、ガセではないかもしれないと思っていたが、まさか坊主のことだったとはな」
「むぅー! リンは使役なんてされてない!」
そんなに僕は噂になってるんだ。
通りで最近襲撃が増えて来たと思ったよ。
って、リン。やけになって僕の髪の毛を抜かないでってば。
「坊主は俺の服を買いにきたのか?」
「いや、それもあるんだけど、どうやって作っているのかと思って」
「どうやって作っているのか、か。俺は思いついたままに作っているから特にどうというわけではないんだが」
「オスカさん一人で作っているわけじゃないんだよね」
「当たり前だ。俺一人じゃ貴族様からの依頼が全てこなせるわけがねぇ」
そりゃそうだよね。
いったいどれほど注文を受けるのかわからないけど、一人で全てできるとは思えない。
「基本的には俺が考えた服をほかの作業員達に手伝ってもらっている。なんならその様子でも見て行くか?」
「いいの?」
「ああ、別に見られて困るものがあるわけじゃねぇ。じっくり見ていきな。坊主」
ありがたい。
でもその坊主っていうのはやめてほしいものだね。
にしても驚いたのは、オスカさんがこの世界の魔素を持っていたということだ。
つまり、オスカさんはこの世界の住人で間違いない。
僕はオスカさんが日本からきたと言ってもおかしいとは思わなかったんだけどな。
オスカさんの呼んだ従業員に案内してもらって工房の方を見せてもらった。
その間にロンドさんとオスカさんは仕事の話をしているようだった。
いつ見ても素材から何かが出来上がって行く過程を見るのは面白い。
せっかくお店に来たので、自分の気に入った服を数着買って行く。
……全て上下黒なのだけど、いいよね。
僕黒以外はあまり好きじゃないんだ。
暗闇で身を隠せないから。
「ユート! リンも服ほしいー」
リンの服か。そういえばリンの服は随分昔に買ってあげてから新しく買ってないな。
とは言ってもリンのサイズにある服なんてないと思うんだけど。
「でしたら私お作りしましょうか?」
と、声をかけてくれたのは案内をしてくれた従業員の人だ。
どうやら普段、人形の服も作っているらしく、ぜひとも作ってみたいのだとか。
「どれくらいかかりそう?」
「そうですね……。何着か作りたいので、一週間はかかるかと」
「ならお願いしようかな。完成したら取りにきたらいいかな?」
「いえ、こちらからお届けさせていただきます。場所はどちらまで?」
「ドラゴンの左足っていう宿までお願い」
「かしこまりました。それでは1週間後にお届けさせていただきます」
ありがたい。地球では適当に人形の服を購入してあげただけだったから、ちゃんとしたものをあげたかったんだよね。
リンは気に入ってくれたみたいでずっと身につけてくれていたけど、もう随分と古びてきていたし。
ちょうどいい機会か。
リンの服を注文した後、ロンドさんと合流した。
話はすでに終わっていたようなので、ロンドさんとともに次の場所へと向かう。
「次は鍛冶屋だっけ?」
「ええ。私の店では包丁やナイフしか扱っていませんが、武器や防具もそこで手に入りますよ」
武器か。
日本では銃刀法違反だったし、海外でもそんな常時刀を持ち歩くようなことはなかったからな。
この世界ではそんな法律はないし、一本買っていくのもいいかな。
色々と物騒だしね。
「ここですな」
ロンドさんについてしばらくの間歩いて来ると、鉄を叩く音が響く建物が多く並ぶ場所へとやって来た。
どうやらこの辺り一帯は全て鍛冶屋のようだ。
火を扱っているのだろう。
気温が数度上がった気がする。
「レイラ殿! おりますかな!」
ロンドさんが建物の中に入り大声をで呼び出す。
僕もそれに続いて中に入ると、ものすごい熱気が僕を襲った。
これは暑いね。
扉の向こう側から金槌を振るう音が鳴り響いて来た。
そのせいでこちらの声は聞こえてないようだ。
「少し待ちましょうか」
「そうだね。それまで僕は武器を見ているよ」
部屋の中に飾られている大剣や、槍、刀などをゆっくりと見て回る。
素人目で見てもどれも素晴らしいものだとわかる逸品ばかりだった。
相当腕のいい鍛治師のようだね。
しばらくの間眺めていると、一本の短剣に目が止まった。
明らかにこの短剣はほかのものと違う。
腕がいいなんてものじゃない。
これは……。
と思ったその時、金槌を振るう音が消え扉の中から一人の少女が出て来た。
「はぅ! ロ、ロ、ロンドさん。すみません、気がつきませんでした。あうぅ……」
随分と気の弱そうな少女が姿を現した。