16話 弟
あー、久しぶりに死にかけたよ。
ちょっと油断しすぎだったね。
アルミルスはかなり驚いているみたい。
まぁそりゃそうか。一応僕は人間だからね。
心臓を潰されたら普通死ぬ。
普通ならね。
「なぜお主は生きておるっ!」
それには答えられないね。一応奥の手だから。
わざわざ奥の手を教える馬鹿はいない。
「ちっ!」
アルミルスは僕を殺そうと槍で突き刺そうとしてくる。
このままじゃちょっと分が悪いかな。
「天照さん、お願い」
「な、な、なんじゃ! その力は!?」
僕は一応人間だ。でも正確には神の眷属というのが正しい。
天照さんの眷属。
眷属というのは神が全幅の信頼を置く人間に対して行う、加護よりも、より強力な契約。
加護は神の意志で取り消すこともできるが、眷属はそれができない。
そのため、神は本当に信頼した相手以外を眷属にはしない。
神の眷属になると、神の力の一部を使用することができるようになる。
僕は天照さんから加護より多くの力を借りることができるわけだ。
「ちっ、もう既に複数の神の力を奪っておったか! この神殺しめ!」
まだ勘違いしてるみたいだけど、とりあえず大人しくしてもらおう。
かと言って神相手に言霊は通じないだろう。
なら、
「ふっ」
「なっ!? がはっ!」
僕の神力と天照さんの神力を同時に使用して身体強化し、アルミルスを投げ倒す。
自分でもここまでの速度が出るとは思わなかった。
天照さんの力を借りたのはこれが初めてだったから。
「くっ!」
アルミルスが槍を突き出してきたので、掴んで放り投げた。
でも、力加減ができなかったからかなり遠くまで飛んで行ってしまった。
あちゃー、これは回収できそうにないな。
「……もういい、殺せ。だが、無駄死にはせん! 貴様を未来永劫呪ってやるのじゃ!」
殺すのも呪われるのも勘弁なんだけど……。
「はぁ」
僕はため息をつきながらアルミルスの拘束を解いた。
するとアルミルスは訝しげに距離をとった。
「なぜ殺さん! 怖気付いたか?」
「そもそも僕はキミを殺したりなんかしないよ。少しは僕の話を聞いてくれないかな」
「わしの力が欲しいだけじゃろう! わしを殺してーー」
「僕が本当にキミを殺したかったらさっき殺しているよ。ちょっと冷静になったら?」
「むぅ、……分かった。聞こう」
ようやく話を聞く気になったみたいだね。
本当、疲れた。
話を聞くまでにかかりすぎでしょ。
「とりあえず、キミの言っていた神殺しっていうのは間違いだよ。僕は神を殺しちゃいない」
「ならなぜお主は神力を持っているのじゃ?」
「生まれつきだよ。どういうわけか人の身でありながら神力を持っていたんだ」
「そんなことがあり得るはずがなかろう! 人の身で神力を身に宿せば狂って死ぬのだぞ?」
「その理由は分かってないんだよね。天照さんに聞いても分からなかったし」
「誰じゃ? その天照さんとは」
「僕の恩人、かな」
「まぁ、唯斗は私のことをそのようにしか思っていなかったのですか?」
えっ? 今、天照さんの声が聞こえたような。
左右を見渡してみるけど、姿は見えない。
「唯斗」
なぁ! なぜか突然目の前が真っ暗に……って誰かが僕の目を塞いでるんだけど。
まぁ、その誰かは声で分かったよ。
「天照さん、随分と早い再会だね」
振り返ると、そこには天照さんの姿があった。
「唯斗が私の力を使うほど困っているようでしたから」
いや、奥の手はあまり見せたくないからね。
僕の生命線だし。
「それよりもどういうことですか? 唯斗は私のことをただの恩人だとしか思っていないのですか?」
え、どういう意味?
「私はあなたのことを可愛い弟のように思っているというのに」
「天照さんには弟がいるじゃない」
「……あんなのは弟ではありません」
あんなのって、実の弟だろうに。
「でも僕は天照さんの眷属でしょ?」
「あら? 私はちゃんと言いましたよ。眷属みたいなものだと」
……そう言えばそうだった気がする。
「なら僕は天照さんの眷属じゃないの?」
「いいえ、眷属ではありますよ。その前提に私の弟であるということです」
なんだよ、それ。
まぁ、天照さんがそう思ってくれていること自体はとても嬉しいんだけど、僕なんかを弟なんて呼んでいいものかな?
スサノオさんに申し訳ない気がする。
おっと忘れてた。
アルミルスは……なんで土下座してるの?
「アルミルス?」
「なんでお主はそう平然としておるのじゃ! そこにいる方の力の大きさがわからんのか!」
あー、天照さんは相当位の高い神だからね。
「面をあげなさい。アルミルス」
「はっ」
「いいですか? よく聞きなさい。唯斗は嘘などついていません。この子は生まれつき神力を持っていたのです」
「しかし、そのようなことは」
「ええ、普通ではあり得ません。ですが実際に起きているのは事実。私が保証しましょう」
「……分かりました。あなた様がそうおっしゃるのであれば」
これで大丈夫なのかな?
そう言えばなんで地球では神達に襲われたりしなかったんだろう?
「唯斗、それは私が説明しておいたからですよ」
「あれ? また顔に出てた?」
「ええ」
天照さんにクスリと笑われた。
ちょっと恥ずかしい。
「ここの世界の神には貴方から伝えておきなさい。アルミルス。それが私の眷属を襲った罰です」
「承知しました」
なんだか悪い気がしてきた。
そもそも僕が勝手に入ったのが原因だしな。
「唯斗、あまり自分を責めないように。今回のことには私にも責任がありますから」
「いや、そんなことないよ。僕の行動が軽率すぎたんだ」
もっとしっかりと考えて行動していればこんなことにはならなかったかもしれない。
「いいですか? 唯斗。貴方自身に自分が神殺しでないことを証明することはできないのです。ですから、今回の件に関しては私が話を通しておけばよかったことなのです。だから唯斗は悪くないのですよ」
……本当、天照さんは僕の恩人だよ。
「というわけで、アルミルス。今回の件に関しては私にも責任があります。申し訳ございませんでした」
「いえ。そのようなことはありませぬ。わしもユートの話を聞くべきでした。勝手に決めつけてしまい、申し訳ございませぬ」
「では、双方これ以上の悔恨は残さないようにしましょう」
よかった。これで安心してこの世界を旅できそうだ。
「本当にありがとう。天照さん」
「構いませんよ。困ったときにはいつでも私の力を使いなさい。また会いましょう、唯斗」
天照さんはそう言って姿を消した。
本当に感謝しても仕切れないな。
「ユート、すまなかったのじゃ。まさかあのようなお方の眷属とは知らず」
「こっちもごめんね? 投げ飛ばしちゃって」
「あの程度かすり傷にも入らぬわ。それよりもお主、トラベラーだったな。これから世界を回るのじゃろう?」
「うん、とりあえず自由気ままに行こうかと思ってる」
「そうか。困ったらわしを訪ねてくるのじゃ。多少は力になれるじゃろうて」
「それは助かるよ。アルミルス」
「ミルで良い。親しいものは皆そう呼ぶ」
「なら、ミル。よろしくね」
「ああ。よろしく頼むのじゃ」
ふぅ、一件落着かな。
全部天照さんのおかげだけど。
にしても弟みたいに思ってくれてたんだな。
嬉しいけどどうしたらいいかわからない。
姉さんって呼ぶべきなんだろうか。
「ユート、この世界の神達にお主のことを伝えておきはするが、武の神なんかはお主に挑んでくると思うが良いかのぅ?」
だよね。あの暴力シスターの信仰する神だもんね。
できれば戦いたくないんだけど、そういうわけにもいかないか。
実際地球でもそういった神と戦ったことはあるし。
「それは仕方がないからいいよ。こっちでなんとかするから」
「分かったのじゃ。今日は済まなかったな。ゆっくり休むといい」
ミルが手を振った瞬間に僕の視界が切り替わった。
どうやら宿まで送ってくれたようだ。
僕はベットに倒れこむと大きく息を吐き出した。
「流石に疲れたなー」
明日はどうしようか。