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137話 真実と

 リチェルさん達とムトとの間に割り込み、いつでもムトの動きに対応できるように、僕は手にした白い剣を構えた。

 ムトの鋭い視線が僕を射抜く。


「邪魔を……するなッ!」


 前からは嵐のような殺気を、後ろからは気遣うような視線を感じる中。僕は哀れなムトに、今まで我慢してきた言葉を投げつけてやった。


「まるで鏡だね」


 完全に理性を失っているわけではないようで、訝しげに首を傾げながらムトは口を開いた。


「……何のことかな」

「きっと、以前の僕は今のキミみたいだったんだろうな、と思ってね」

「君と僕が? 半端な、恨む覚悟もできていない君と一緒にしないでほしいな。もし僕が君と同じ立場なら、こうして対峙した時点で殺しているよ。それとも何かな? 君はこんな無意味な戦いは止めろ、何ていう綺麗事でも言うつもりかい?」

「まさか。今でも僕はキミを殺したいほど憎んでいるよ。リンを殺された恨みが、そう簡単に晴れるはずない」

「だったら、僕を殺すか、そこを退くかしてくれないかな? はっきり言って、邪魔だよ」


 一歩踏み出したムトが、さらに鋭い威圧をかけてくる。邪魔をするなら容赦しないと、その濁った瞳が僕に言っているように思えた。

 だが、僕はそれを無視して、ムトから視線を外さず、その場に立ち続ける。

 さっきの言葉の真意を理解していないムトに、思わず僕は笑みを漏らすと、苛立ったようにムトが声を荒げた。


「邪魔をするなッ! 僕はそいつを、姉さんが死ぬ元凶になったそいつを殺すまで死ねないんだよッ!」

「……キミは殺せとか、死ねないとか。矛盾していることに気がついてる? 理由だって聞いてないのに」

「はぁ?」

「それに、そんなことが本当にキミのしたいこと?」

「そんなの、当然――」


 ムトが答える前に、被せるように言ってやる。


「本当に、それって愉しいの?」

「――ッ!」


 目を見開き、驚きを隠せないムト。そんなムトに、僕は畳み掛けるように口を動かす。


「“愉悦”を司る。キミの力って正直はっきりとしないけど、結局のところ、楽しくないといけないってことだよね。なら聞くけど、キミって今の状況、本当に楽しいと思っているの?」

「……黙れ」

「リチェルさんを手にかけた人種や、神々を創ったと言われる世界の意思っていうのに恨みがあったっていうのは分からないでもないよ。でも、今キミがしようとしていることは、間違いなくリチェルさんを傷つける行為だ」

「…………黙れッ」

「リチェルさんと元メイドさんの関係は聞いてないから分からないけど、二人の様子から互いに大切に想っていることはよく分かる。元メイドさんが死ねば、リチェルさんが傷つくことは明白だ。だからキミに聞きたいんだけど、……愉悦を司ったキミが、リチェルさんを傷つけてなお、愉しいと思えるのかな?」

「黙れぇえええッ!!」


 図星らしく、感情的になったムトが真っ正面っから突っ込んできた。

 考えも何もない、単なる正面からの拳一つ。対応するのは難しくない。

 空いた手で拳を掴み取り、軽く流してやれば、簡単に姿勢を崩したムトが地面を転がって明後日の方向へと飛んでいった。

 土塗れになりながら、ムトはゆっくりと立ち上がる。

 キッと僕を睨みつけるムトのその顔は、苦悶に満ちていた。

 きっとあの時の僕と同じように、自身の司るものを否定しているんだろう。


「お前が……お前がいなければ」

「最初に手を出し、僕を利用としたのはキミだよ。……僕はキミとは出会いたくなんてなかった」


 ……初めてだ。出会いたくなかったなんて思う相手は。

 たとえ極悪人でも、これほど会って後悔する相手はいなかった。……これが、同族嫌悪ってやつなのかもしれないね。

 リンを殺されたと知ったあの時。第三者からみた僕は、今僕が目にしているムトとそう変わりなかったに違いない。

 リンが殺され、ムトを恨み、その成れの果てが今目にしている光景だとすれば……。それは考えるだけでも背筋が凍る。

 自らの力が暴走し、大切な人を傷つけることすら厭わなくなってしまうのは、途轍もなく恐ろしい。

 恨みの塊のようなムトを見て、僕は心底そう思った。


「こんな……こんなことで」


 ムトが足を引きずるようにして、僕の方へと向かってくる。

 ザリザリとした土を擦る音がやけに怖く感じ、一歩足を引いたその時。誰かが目の前へと回り込んできた。

 ひらりとしたメイド服のスカートが揺れ動く。その誰かを判別するなんて、それだけで十分だった。


「もう……もう止めてください」

「ティア、リスッ!」


 憎しみのこもった声が元メイドさんを貫く。が、それでもなお、元メイドさんは視線を逸らすことなく、ムトと正面から向き合っていた。

 今のムトは憎しみに囚われ、元メイドさんのことを酷く憎んでいる。それでもなおその前に立つ元メイドさんには尊敬するけれど、今の立ち位置ではいざという時に守れないかもしれない。

 このままでは元メイドさんが危険だ。そう思った僕は元メイドさんを守ろうと前に出ようとしたが、いつの間にか隣に立っていたリチェルさんに、肩を掴まれて止められる。

 責めるように視線を向ければ、リチェルさんは数回首を左右に振った。

 手を出すな、ということなのだろう。僕は渋々力を抜き、その場に止まって二人の会話に耳を傾けた。


「ムト様、まだ復讐を続けるつもりですか?」

「……はっ、何を言い出すかと思えば。当たり前だよ。君も、他の奴らも、世界の意思も、全て僕の手で壊さないと終わらないさ」

「……あの日」

「なに?」

「あの日、リチェルティア様がお亡くなりになられたのは、全て私のせいなのです」

「さっきも聞いたよ。だから言っただろ? 君を殺すって。まぁ、どちみち全て壊すことに変わりはないけどねッ!」


 随分と遅くなったとはいえ、人とは比べ物にならない速さで接近するムト。

 元メイドさんを助けようと身を乗り出せば、なぜかリチェルさんの手が僕から外れなかった。

 肩を掴まれたまま、身動きが取れない。

 あわや、というその瞬間、


「――お兄ちゃん」


 そんな元メイドさんの呟きで、ムトの動きがピタリと止まった。ムトの手刀が元メイドさんの喉を貫く、寸前だった。

 僕はホッと息を吐く。と同時に、一つの疑問が浮かび上がってきた。

 お兄ちゃんとは、誰のことかと。

 そんな僕の疑問に答えてくれたのは、リチェルさんだった。

 リチェルさんは二人には聞こえないよう、小声で、


「……あの子は、私達の妹なのですよ」

「えっ!? でも、元メイドさんは人間で」

「ええ。あなたの言う通り、あの子は人間です。……捨て子だったのですよ、ティアリスは」


 その言葉で、大体のことは察した。

 今までにも、捨てられた子を兄弟や実の子のように育てる、という話は聞いたことがあった。おそらくそれと同じような話なんだろう。

 ただ、拾われたのが神という、少し特殊な立場だったというだけなんだと思う。

 僕は納得したと一つ頷き、二人の会話へと耳を澄ました。


「リチェルティア様が司っていた“災厄”を、人々に広げてしまったのは私なのです」


 ……災厄?

 短いながらに、リチェルさんの人となりは知っているつもりだけど、なんとも物騒な力に、僕はどきりと心臓が脈打つのを感じた。

 初めて会った時のことを考えても、災厄の名にふさわしいのはムトの方だと思うのだけど。


「……どうして」

「私は知らなかった。子供だった私は、それが話してはいけない事だとは思わず、つい友達に話してしまったのです。……そしてその翌日」

「あの災害か……」


 そう呟いて、ムトは黙り込んでしまった。

 ムトの言う災害についてこっそりリチェルさんに尋ねてみれば、リチェルさんが亡くなる数日前に、大規模な地震による災害があったのだそう。

 しかし、いつもなら運悪く災害に見舞われたと思う住民達だが、その地震に関してはそうは思わなかった。

 元メイドさんから子供達へ、そして子供達から大人へと伝わったリチェルさんの“災厄”という力。

 守護神であるはずのリチェルさんが裏切ったとでも思ったのか、はたまた力を恐れたのか。

 真実は分からないけれど、人々はリチェルさんに恐れを抱き、守神であったはずの守護神を討ってしまった、か。……何とも悲しい話だ。


 守護神が非守護者である人を手にかけるメリットは微塵もない。むしろ、力を得られなくなるというデメリットしかない。

 きっと、それを知っていればこんな悲劇は起こらなかっただろうに。


「……リチェル姉さん」


 ムトは元メイドさんの首に手刀を向けながら、リチェルさんへと視線を向け、名を呼んだ。

 僕がまだ手を出すと思っているのか、リチェルさんは僕の肩に手を乗せたまま返事をする。


「何でしょう」

「姉さんはこいつのせいで死んだ。なのにどうして……どうしてこいつの味方をするのかな? 加護に加えて力まで分け与えて」

「……私がその子に、頼んだからですよ」

「頼んだ? 一体何を」


 怪訝そうに首を傾げるムトに答えたのは、リチェルさんではなく、命を握られている元メイドさんだった。


「……リチェルティア様がお亡くなりになる直前。ちょうどムト様がその場に来た時のことです。ムト様が国を破壊するところを見たリチェル様はお亡くなりになる前に、私に一つの命令を下さいました。それが……ムト様を支えて欲しい、というものです」

「なっ!?」


 ムトは知らなかったようで、言葉が出ず、口をパクパクと開閉させている。

 いつも傲慢かつ薄ら笑みを浮かべてばかりのムトとは思えない動きだ。それほどまでの、衝撃だったらしい。

 とはいえ、これで一つ理解した。

 元メイドさんが人間でありながらどうして長生きだったのか。それにリチェルさんを守ったあの結界のようなもの。

 全てはリチェルさんがムトを助けるために。そしてその手助けをするために、元メイドさんに与えた力だったようだ。

 ただ、加護を受けたからと言って寿命が何倍にも伸びるわけではないはず。でなければ、天照さんから加護を受けた僕も同じことが言えるはずだからね。

 とするなら、何らかの条件か、もしくはまた別の力が必要なのか……。


 そんな思考を巡らせていると、ようやく復帰したムトが元メイドさんを睨めつけながら、強い口調で言い放った。


「そんなはずはないッ! あの時の僕は既に過去の僕じゃなかった。僕を殺すような命令をされたとしても、支えるなんて命令は――」

「しましたよ」


 当の本人からそう告げられ、ムトは「嘘だ嘘だ」と子供のように喚き散らしながら、体勢を崩すようにして後ろへと下がっていった。

 手刀が元メイドさんの喉元から離れる。

 取り押さえるチャンスだと思ったものの、リチェルさんの手によってその機会は得られなかった。


「……どうして、僕なんかを」

「決まっています。……あなたが、私の弟だからですよ」

「……あなたが、私のお兄ちゃんだからですよ」


 そんな二人の言葉が止めとなり、ムトはずしゃりとその場に崩れ落ちた。

 ぽろぽろと涙を溢し俯くムトを見て、僕は警戒を解く。

 二人も安心したのか、どこか肩の力を抜いたように見える。リチェルさんはほっと息を吐き、元メイドさんは握りしめていた剣のような物への力を抜けていた。


 ムトにもう戦う意思はない。


 …………そう思っていた。


「お兄ちゃん――」


 折を見て、元メイドさんがムトを呼んだその時。元メイドさんの持っていた剣のような物を包んでいた布がはらりと落ち、中から青白く発光する剣が出てきた。

 それを見て、僕だけでなくムト、そしてリチェルさんでさえも身を硬らせた。

 ……何か、とてつもなく嫌な気配がする。


「……元メイドさん、それ、何?」


 警戒しながら尋ねれば、「ああ、これですか」と、気軽に答えた。


「これは、ゴルタルでお借りした剣。“神殺しの剣”です。お兄ちゃ――ムト様をどうしても止められなかった場合のために借りて来たのですが……もういりませんね」


 そう、はにかむ元メイドさんとは違い、僕の気は途轍もなく重い。おそらく、他の二人も同じ気持ちだろう。

 “神殺しの神剣”。

 その名の通り、神を殺す剣らしいけど……力は本物だ。僕の本能がアレから逃げろと叫んでいる。

 以前の僕ならまだしも、神になった僕はその例外ではないみたいだ。

 ……というかレンゼンさん、話をした時に何も言ってなかったけど、こんなの隠し持っていたのか。


「……? どうしたのですか?」


 唯一、一応人間である元メイドさんには、この悪寒が分からないらしい。

 僕が「それを近づけないでね」って言おうとしたその瞬間――ムトが動いた。

 あまりにも咄嗟の出来事。それに加え、もう敵意はないと油断していたこともあり、元メイドさんが背後から拘束されるのをただ見ていることしかできなかった。


「ティアリスッ!」


 真っ先にリチェルさんが助けに向かおうとするが、ムトに首を締められ喘ぐ元メイドさんを見て、動きを止める。


「動くなッ! ……いや、ついてる。僕はついてるよ。まさかこんなところに神殺しの神剣があるなんてね。これならユート、君を簡単に殺せる」


 そう言って、ムトが元メイドさんの手の上から剣の柄を握りしめ、僕へと切っ先を向けてくる。

 ……最悪だ。当たらなかったらいいとはいえ、人間ならまだしも、持つ相手がムトじゃ――。

 と、そこまで考えて、僕はその考えは間違いだと気づいた。

 だっておかしいじゃないか。あんな二人羽織みたいな状態で、僕に刃を当てる事なんてできるはずがない。

 それに、だ。

 今最もこの場でムトが殺したい相手は僕じゃない。元メイドさんのはず。

 だとすれば、どうして僕を殺せるなんて言ったんだろう?


 ムトの真意を図るために視線を向ければ、ムトは仕方ないというような、力のない笑みを浮かべ、何かを口にした。

 すると、それを聞いたであろう元メイドさんが目をいっぱいに見開くと。


 ――神殺しの神剣が元メイドさんもろとも貫いた。

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