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134話 唯斗と唯斗

 ………………世界が、変わった?

 いや、世界を見る僕が変わったんだ。

 一言で言うなら、途轍もなく頭が軽い。重さ云々の話じゃなく、とにかく頭が冴えていた。

 地面を靴が擦る音も、遠くで聞こえる戦いの音も。そして、わずかな息遣いさえ、戦いに集中して意識していなかったもの全てが、頭の中で処理されている。

 まるで、周囲と一体化したみたいだ。

 もう一人の僕が使ったその力を受けて、心底そう感じた。


『あとは……やれるな?』

「……うん」


 今まで見えていなかった何かが見える。

 視覚的な意味じゃない。気づかなかったものに気づいた……とでも言えばいいのかな。

 今まで噛み合っていなかった歯車が、正しく回り出したかのような感覚。


「……」


 制御の戻った体を確かめるように動かし、飛び込んできたフィリアの一刀を正面で受け止める。

 甲高い音が鼓膜を震わせるけれど、そんなことはどうでもいい。


「ムトを憎むあまり忘れていたよ」


 確かに、力は誰かを傷つけるだけのものじゃない。

 たとえ神の力でも、魔術師の持つ魔素の力でも。その本質だけは変わらない。変わっていなかったんだ。

 僕が人間だった時も。……そうでなくなった今でも。

 それに、


「キミを助ける力が無い? ……だったら変わればよかったんだ。僕自身が、キミを助けられる存在になればいい」

「……」

「ようやく分かったよ。僕が“自由”という力を扱い切れていなかった理由が」


 距離をとるフィリアに手を向け、


「【隆起】」


 地面を盛り上がらせて、壁を作る。

 さっきもう一人の僕がやって見せたように、神力を転移させての発動だ。避ける隙なんて与えない。


「……ッ!」


 背中を打ちつけ、フィリアの動きが止まった。

 加えて間髪入れずに。

【隆起】の発動と同時に待機させていたもう一つの力、本命の方へと意識を向ける。


「……遅くなったね。ごめん」


 ボソリと、誰にも聞こえないような声を出した時には、もうすでに決着は着いた。

 瓦礫の飛び散った破片を踏み鳴らしながら近づいても、フィリアが動きを見せる様子はない。

 それもそのはず。

 フィリアの“自由”を奪った今、もう彼女に反抗する術はない。……むしろ、何かあると困る。

 僕の方に視線が固定されたまま、呼吸以外ピクリとも動かないフィリア。

 そんな彼女の砂で薄汚れた髪にそっと手を置きながら、


「……ねぇ、本当は受け入れて欲しかったんだよね?」


 そう、問いかける。

 フィリアに? ……いいや、違う。

 他でもない。僕の中にいるもう一人の僕に、だ。


『……何のことだ?』

「惚けなくていいよ。……分かったんだ。どうして僕が自在に力を使えなかったのか、ようやく理解した。僕が……僕自身がキミのことを拒絶していたからだよね?」

『……』


 もう一人の僕は肯定も否定もしない。

 ヒントは何度も聞いていたんだ。……でも、僕はそれに気付けなかった。

 人間としての僕、そして神としての僕。ずっと別人だと決めつけてばかりいたけれど、そうじゃなかった。

 そうじゃなかったんだ……。


「さっきキミに体を任せて、やっと気がついたよ。最後のあれ…、あれって、僕自身の能力を“自由”という名の力で底上げしたんだよね? 相手を傷つけるだけが力だと思っていたら、絶対に気がつかないような力だ」

『それが、どうかしたか?』

「惚けなくていいって。……僕はずっと変わりたいと思っていた。助けられなかった人のことを思い出して、後悔して。そんな自分が嫌で、もっと力があったらって……ずっと思っていた」


 ホガ村の時もそうだ。

 あの時僕に神力が使えれば、きっと、もっと多くの人の命を救えていた。

 もう一人の僕に任せていれば、あんな未来にはならなかったかもしれない。でも、ならどうして任せなかったのか。

 ……僕が眠るわけにわけにはいかなかったというのもある。でも、それは建前だ。

 心の奥ではきっと、こう思っていた。


 ――神としての僕になんて変わりたくはない、と。


「……馬鹿だよね。力が欲しいって言っているのに、その力であるキミを拒絶していたんだから。そんなことをして、神としての力を自由に使うことなんてできるはずがない」

『だが、お前は我とは違うと思っていたのだろう? ならば、その選択は間違いでは――』

「さっきの力の話だけどさ」


 言葉を言葉で断ち切る。

 ……そんなことを聞きたい訳じゃないんだ。


『……ああ』

「相手を傷つける力と、自分や誰かを手助けする力。見ただけじゃ全然別に見える力だけど、本質は同じ“力”であることには変わりないんだよね」

『……』

「それと同じでさ。……以前の人間としての僕と、神としての僕。全然違うように思えても、本質は同じだったんだと思う。以前キミに聞いたよね? ゴルタルでリンと別れたあと、リンが傷つくのが嫌なのはキミも同じなんじゃないか、って。その時キミは、『そうだな』って答えた」

『嘘をついたとは考えないのか?』

「ないよ」


 そう、微塵の迷いもなく即断する。


「共通点はいくつかあった。結局のところ、僕が僕自身を変えようとしていなかっただけ。キミを認めようとしなかっただけなんだよ。キミを受け入れることで、僕自身が変わってしまいそうなのが、堪らなく怖かった」

『……今は……どうだ?』


 それは恐る恐る。拒絶されるのが怖くて、緊張しながら聞いてくる、小さな子供のような声色だった。

 普段のあいつからなら、全く想像できない。……そんな、声だった。


「思わないよ、絶対に。ずっと受け入れなくてごめん……唯斗」

『っ! ……そうか。……そうか』


 驚きに安堵。

 ずっと訳の訳の分からない存在だったのに、自分のことのように分かるようになった。……いや、違うか。

 受け入れてもいいと思ったからこそ、分かるようになったのかもしれない。


 と、その時。

 途轍もない破壊音と共に、南側の外壁の一部が崩れるのが見えた。


「……そろそろあっちを相手にしなきゃね」


 再度フィリアの頭に手を置いて、力を込める。

 僕が願うのは以前のフィリア。

 ……思い描く。

 涙を流しながらも、いつも誰かのことを想う少女。

 僕にはいつも笑顔を見せてくれた、あの無邪気なフィリアを。


「――戻っておいで」


 フィリーを助けた時と同じ要領で力を行使すれば、徐々にフィリアの肌が元の雪のように真っ白な肌へと変化していき、やがて元の状態へと戻った。

 力を失い、ゆっくりと倒れかかるフィリアをそっと抱きとめる。


「……成功、したみたいだね」

『ああ、そいつはもう大丈夫だろう』


 そんな頭に響く声を聞きながら、視線をフィリアから外し、周囲へと視線をただ寄せる。

 ……でも、僕が望んでいた姿はどこにもない。

 一目でいいからもう一度見たかった、あの小さな親友の姿は、どこにも……。


『おい、その娘をあいつの所に送って、さっさと南に向かえ』

「分かってるよ。……分かってる」


 ……もう、リンはいない。

 幽体でもいいから会いたかったけれど、こうして見えないってことは、もうここにはいないんだろう。

 僕は頭を左右に振り、フィリアを天照さんのところへ転移させるために力を使った。……そのほんのわずかな時間。

 フィリアの肩の辺りに座る、リンの姿が見えた。


「リンッ!?」


 そう呼びかけるも、もう既にフィリアは転移された後。

 リンの姿はどこにもなかった。


「……幻、だったのかな」


 僕の想いが見せた、ただの幻想だったのかもしれない。

 そう判断した僕は、頭を切り替えて街の南側へと向かった。

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