131話 信じる
「ッ!?」
声の出し方を忘れてしまったかのように、フィリアは口をパクパクと開閉する。
それほどまでに、リンの言葉は衝撃だった。
「……正確には、ムトがそう仕組んだの。リンの体を媒体にダンジョンコアを創って、あなたに飲み込ませた。神にも匹敵する力を得るだけじゃなく、ムトの言葉に従うように仕組まれたの。だから、リンが殺したのも同然。今のリンは、ムトに従うしかないから……」
「そんな……」
行き場のない怒りがフィリアの心を乱す。
「だから、恨むならリンかムトのやつを恨んで。……あなた自身を恨んではダメ」
「……」
今の今まで、フィリアはずっと自分のことを恨み続けた。
私が皆を殺してしまった、もっといい方法があったはず……、と。そう自分を責め続けていた。
しかしリンは、恨む相手は自分、もしくはムトだと言う。
なら自分への罪は忘れて、二人を恨むことができるか? ……否。そんなことはできない。
恨まれるということ。
幼少より、ずっとその“恨み”に苦しめられ続けてきたフィリアには、恨まれることがどれだけ辛いものなのか、身をもって知っている。
知っているがために、誰かを恨むなどということはできなかった。
「……できません」
「どうして?」
「誰かを恨むことなんて……私には」
「……あなたはユートによく似ている」
「えっ?」
はっと顔を上げれば、リンの小さな瞳と目が合う。
すると、リンは少し微笑み、
「ユートは気ままに生きているように見えて、常に誰かを気にしてしまう人なの」
「……確かに、私にもよくしてくださいました」
思い返しても、唯斗が特別な対価を要求した記憶はない。
フィリアからすれば、命を救われ、荒れた国をも救ってくれた大恩人だ。
もし、姫としての座を利用するために近づいたのであれば、フィリアが告白をした際に受けないわけがない。
ウォルスに対してもそうだ。
唯斗が要求したのは、ただ“友達”になりたいというだけのもの。
そこに裏があったとすれば、ウォルスはそれを了承などしなかっただろう。もしくはあえて了承し、泳がせるか……。
だが、
さらっと見つけてきた神剣を無償で返し。出会って間もない人の命を、そして見知らぬ他人を、自身を顧みずに救った。
そこまでされれば、誰もが気づくはずだ。
ただ純粋に、“助けたかったから”という気持ちしかなかったのだと。
「そう。本人は自由にしてるって言っているけど、リンから見たら全然そんなことはない。むしろ、周りに縛られているようにしか見えないの」
「それは私も……ですよね」
フィリアは自身の告白を思い出し、顔を曇らせる。
それを見たリンは首を左右に振り、
「違う。ユートを本当に縛り付けているのは、あなたみたいな人じゃない」
「では、どのような……?」
「ユートが助けられなかった、死んだ人達」
「死んだ……」
「そう。九十九人を救って、一人救えなかった。そんな時、ユートはその死者の存在に縛りつけられるの。……助けられなかったのは、自分のせいだって言って」
「ッ!」
その言葉に、心臓がどくりと跳ねる。
リンが言っていることはまさに、フィリアが感じる罪の意識と酷似していた。
「ユートはちっとも悪くない。でも、ユートはそれを後悔という名の罪として、背負い込んでしまうの。……あなたも感じているはず。今回のことを自身のせいだと背負い込む、あなたなら」
「…………はい」
たっぷり言い淀んだ後。フィリアはポツリと、そう返事を返した。
「そうだと思った。これだけ言っても、まだ自分を責めるの?」
「……はい。私の判断で大勢の人の命が失われたのは、事実ですから」
「それも分かってた。少なくとも、ユートならそう言う。やっぱり、あなたはユートによく似ている」
「……ごめんなさい」
「別に謝るようなことじゃない。それで、どうするの?」
「えっ?」
「あなたはもう一度、あの暗闇に戻るの? 今も死にたいと思っているの?」
「……」
黙り込むフィリアの頬に手を当て、瞳を覗き込みながらリンがポツリ、
「……ユートは逃げなかった」
「ッ!」
「これまでそんな後悔ばかり抱えてきたけど、ユートは逃げなかった。最後まで皆んなを助けるために必死だった」
「…………」
「フィリア……、リンと一緒に戦って欲しい」
「……でも、ユート様はもう……」
「ユートは絶対に生きてる!」
そう、自慢げに笑みを浮かべるリンの顔は、唯斗の死など信じていないように見えた。
偽りではなく、ただ励ますための方便でもなく。
それが事実だと言わんばかりに、言い切って見せた。
「どうして……そんなことが言えるんですか?」
「リンはユートの親友だから」
「……羨ましい。私もユート様を、そう信じていられたら……」
「あなたも友達だよ」
「……そうですね。私にできた、初めての……」
僅かにフィリアの頬が緩む。
と、その時。
『フィリアちゃんね。聞こえるかしら?』
フィリアの頭の中に、誰か女性の声が響いてきた。
咄嗟に息を飲む。すると、目の前のリンが不思議そうに首を傾げていた。
どうやら、この声はフィリアにしか聞こえていないらしい。
「あ、あの、誰……ですか?」
「……? 誰と話しているの?」
「いえ、突然頭の中に女性の声が響いてきて……」
「声? ……なるほど。大丈夫、その声の人はリンのお母さんだから」
「ええッ!?」
なんでもないように、特大の爆弾を投げつけられたような衝撃に襲われたフィリア。
父親譲りの冷静さは微塵も見られず。アワアワと、意味もなく両手を彷徨わせる。
『えっと……とりあえず聞こえているようね。悪いけれどそっちの現状は知らないから、とりあえず用件だけ伝えるわね』
「は、はぁ……」
『今、ユートは危険な状態にある「ユート様が生きているのですかっ!?」わ……。ええ、生きているわ。でも、このままじゃ目覚めない。だから、あなたに声を届けて欲しいの』
「声を? でも私は今……」
『大丈夫。念じてれば、あの子に届くようにしたから。あの子のことを考えて、伝えたいことを伝える。ただそれだけでいいの。やってくれるかしら?』
「……考えて、伝える」
唯斗という希望がまだ消えていない。
それを知り、先ほどまでの落ち込んだフィリアは徐々に形を潜めた。
そして姿を現したのは……未来を信じる、一人の少女。
「……分かりました」
『ありがとう。貴女とは一度、話をしてみたいわ』
その声を最後に、もう頭の中で響いてくることはなくなった。
フィリアは顔をゆっくりと上げ、リンと視線を合わせると、
「精霊様」
「どうしたの?」
「私……、戦います」
少し驚いたような顔をした後、リンは大輪のような笑みを浮かべた。
「……ありがとう」
つられるようにフィリアも自然と笑みを浮かべ、ゆっくりと目を瞑る。
そして祈るように手を組み、最も信頼を寄せる友人に、言葉を、そして想いを送った。