表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
152/161

130話 罪の所在

 ま、間に合ったッ……。

 転移直後、破壊音が聞こえてきたから来てみれば、まさかリーシェちゃんが殺されそうになっているとは。

 ほんと、間一髪だ。


「やぁ、弟子三人。遅くなってごめんね?」


 なんて言いつつ、内心、安堵しかないけどね。

 にしても、どうしてリーシェちゃんがこんな所に? これだけ閑散としているくらいだから、皆どこかに避難していると思うんだけど。


「みんな、どうしてこんなところに?」

「わ、私たちはその子を探しに……って、そんなことよりも、姫様ッ――じゃなかった、女王様を――」

「ああ、それなら大丈夫。しばらくは動けないはずだから」

「動けない? ……ああ、あんた、出会ったときもそんな術使ってたわね」

「まあね」


 ま、あれとは別だけど。

 あの時のは、対象の体をただ単に止めただけ。今回フィリアにかけたのは、そんな生易しい術じゃない。

 もちろん、フィリアが傷つくような術ではない。

 どちらかと言えば、術の方よりも瓦礫に埋まっている方が問題だけど……、ムトが力を貸しているのなら、それくらいで傷つきはしないだろう。


「それで、どうしてこんなところに?」

「何言ってるのよッ! それならリューを――」

「ん? 俺がどうかしたのか?」

「だからッ! リューの怪我を治さないと、リューが……」

「俺が?」

「……」


 いや、あんな怪我人を放置するはずないでしょ。

 この子を運んだ時にもう治しておいたよ。……なんて説明はもう要らないか。むしろ、何も言わない方がいい。

 リューを犠牲に、怒りの矛先がこっちに向かないようにしよう。


「あ、あ……あんたねぇッ! 私がどれだけ心配したか分かってんのッ!? 分かってないのねッ!? そうよね、分かっていたらそんな態度取れるはずがないものねッ!!」

「な、何怒ってんだ? とりあえず落ち着いて――」

「あんたにそんなこと言われたくないわぁッ!!」


 ……よし、こっちはとりあえず放置だ。


「で、レン。どうしてリーシェちゃんがこんなところに?」

「……」

「レン?」

「ッ! り、リーシェは無事なのかッ!?」


 ……こっちもか。

 これでもそこそこ急いでるんだけどなぁ。早くしないとムトが……。

 とりあえず、リーシェちゃんを片手で抱き直して、と。

 青ざめて駆け寄ってくるレンの肩を、空いた手で押さえつける。


「大丈夫、大丈夫だからシスコン。さっさと答えて」

「……あ、ああ。俺たちの住んでいるところは知っているだろう? あの辺りの連中は、周囲からあまりいい目で見られない。だから、避難せずに家に籠もっていたんだが、突然神様の声を聞いてな」

「声?」


 って、まさか……。


「ああ、お前がピンチだって。それをリーシェも聞いたみたいで、お祈りしてくるって言って家を飛び出したんだ。多分、教会に行こうとしたんだろうな」


 ああ……、僕のせいだった。

 けど、天照さんはここの神様じゃないからなぁ。

 お祈りしても願いは叶えてくれないんだ。ミルは教会に居ないし。

 勘違いさせちゃってごめんね? という意味を込めて、眠っているリーシェちゃんの頭をひと撫で。


「事情は分かったよ。そういうことなら、僕はもう大丈夫だから。キミ達のおかげでこの通りね。本当にありがとう」

「そうか? 役に立てたのなら良かった。それで、これからどうするんだ? 俺らはここから避難するつもりだが。戦う力がないしな」

「いや、レンとそこの二人には、この街の北側に行って欲しいんだ」

「どうしてだ?」

「さっきここの周囲を調べた時、北側から近づく複数の魔物を確認してね。向こうにいる兵達に力を貸してあげてほしいんだ」

「なんだってッ!? それは本当か?」

「うん。それほど多くはないけどね」

「それはまさか……邪神ムトの?」

「いや、多分血の匂いに釣られてきたんじゃないかな。まぁ、状況を知る前にここにすっ飛んできたから、詳しいことは分からないけど」


 こっちへ向かって来ている魔物の数は数十程度。

 今更、ムトがそれだけの魔物をこの街に呼ぶとも思えない。

 となると、考えられるのは、さっきからこの街まで漂ってきている血の匂い。

 この血の匂いに釣られて、魔物がやってきた。そう考えるのが自然かな。

 それに、だ。

 今のムトに、そんなことをしている余裕はない。


 なんて考えていると、大きな地響きが聞こえてきた。と同時に、南側で大きな砂埃が立ち昇るのが見える。


「な、なんだっ!?」

「あれなら大丈夫。それよりも、さっきのを頼みたいんだけど、いいかな?」

「俺は構わないが、リーシェは……」

「リーシェちゃんは、僕が知りうる最も安全な場所に送っておくよ。心配しなくていい」

「……そうか。分かった」


 ……まだ少し疑ってるのかな?


「大丈夫。ここから先、誰一人として死なせはしないよ。もちろん、キミらもね」

「ん? あ、いや、そうじゃなくて」

「なに?」

「俺の妹に手を出さないかと。眠っているのをいいことに――」

「それじゃ、そこの二人にも説明よろしく」

「は? それは――」


 返事を聞く前に、早々に転移で北側へと送る。

 全く、気を遣って損した。後はふざけたことをぬかしたレンに全て任せよう。

 きっと向こうでニーナの怒りがまた爆発するんだろうけど……ま、いいや。二人とも、女の子には怒られ慣れてそうだし。


 っと、それよりもリーシェちゃんだ。


「……ごめんね、怖い思いをさせちゃって」


 顔にかかっている髪をそっと撫で下ろせば、くすぐったそうに身を捩る。


「ありがとう。ちゃんと声、届いたよ」


 聞こえてはいないだろうけど、お礼を言ってから転移させる。

 あそこに送っておけば、たとえ神が攻めてきたとしても安心だ。

 あの二人なら――、いや正確には二柱って呼ぶべきかな。まぁ、そんな細かいことはどっちでもいいか。


 なんて考えている間に。

 瓦礫の中から、ガラガラと音を立てながら一人の少女が出てきた。


「やぁ、ごめんね。遅くなっちゃって」

「……」


 何も喋らない。

 でも、きっと彼女はまだそこにいる。


 国を守ろうと必死になった少女が。

 自分ではなく、常に誰かを優先する心優しい少女が。

 そして……僕に強い想いをぶつけてくれた、頑張り屋さんの少女が。


「女王、って言ってたけど。僕が馬鹿やってる間に、本当によく頑張ったんだね」

「……」

「もう一度言うね? 本当にごめん。遅くなっちゃって。声、ちゃんと届いたよ。ありがとう、フィリア」

「ッ……」


 喋ってはくれない。

 でも、やっぱり意識はまだあるみたいだ。

 見逃しそうになりそうなくらいだったけど、確かに反応があった。

 それに……感じる。この気配は間違いない。

 これはきっと、


「……そこにいるんだね? リン。フィリアと一緒に」

「ッ! ……」


 さっきとは比べ物にならないくらいに、分かりやすい反応。

 ははっ。

 これで確信した。


 ――リンは間違いなく、そこにいる。






 暗闇が支配する、その沼のような空間で。

 フィリアは既に抗うことを止めていた。いや、諦めてしまっていた。


 ……殺してしまったのだ。自国の兵を。何千何万という命を。

 フィリアの両の手は血で染まっている。

 それは手なのか、それとも血なのか。その判別すらつかない。


(……ごめんなさい。……ごめんなさい)


 ただひたすら、フィリアは心の中で謝り続ける。

 手にかけた者の中には、家族がいる者もいたはずだ。

 生きて帰りたいと、そう誰もが願っていたはずだ。


 でも、それを全て壊してしまった。


 ――紛れもない、自身のその手で。


(……ごめんなさい。……ごめんなさい)


 いくら叫んでも、いくら願っても。

 フィリアの意思に反して、現実の体が止まることはなかった。


 永遠と見せ続けられる仲間の死。

 その最期を見せられるだけでなく、殺した際の感覚さえも伝わってくる。

 目を閉じたところで意味はない。その程度で視界は、感覚は、消えてはくれない。

 次第にフィリアの感情は壊れ、ガラスを砕くように崩れていった。


 いつしか、フィリアの心の呟きは謝罪ではなく、


(……誰か、……私を殺してください)


 ――自らの死を望むようになった。


 フィリアは沈み込む。

 沼の奥へ奥へ……そして体も心も、全てが沼と一体化して消えていく……、と、その瞬間。

 フィリアの耳が、聞き覚えのある澄んだ声を捉えた。


(……誰?)


 この鈴を鳴らしたような、澄み切った音色の声。

 徐々に音が大きくなる。

 フィリア自身が近づいているのか、はたまた相手がこちらへと近づいているのか。その判断はできない。

 だが、確実にその声は大きくなり、やがてはっきりと聞こえるようになった。


「フィリアー!」

「精霊、さま?」

「やっと見つけたッ!」

「どうして精霊様がここに? 私は――」

「説明はあとっ! それよりも、リンの手をとってッ!」

「えっ?」

「早くッ!!」


 切羽詰まった様子のリンに、思わずフィリアは反射的に手を伸ばす。

 そして、リンの小さな手に触れたその瞬間、


「ふわぁ……」


 周囲の闇が一気に晴れ、フィリア達の周囲だけが白く染まった。

 反発するように、再度闇が白を埋めようと侵食を始める。だが、その全てが途中で霧のように霧散した。


「はぁ〜、危なかった」

「あの、これは一体……」

「あなたは今、ムトの力に飲まれそうになっていたの。あと少しでも遅かったら、あなたが消滅してしまうところだった」

「……」

「どうしたの?」

「……私は消えたかった。もう、耐えられません」

「……そう、でもそれはリンが許さないの。あなたには元に戻ってもらわないと困る」

「そんなことッ! あなたの勝手ではありませんかッ!! ……私はもう何万もの人を手にかけました。そんなわたしに生きている価値なんて――」


 突如。

 頬に走った鋭い痛みに、フィリアは言葉を遮られる。

 見れば、手を振り抜いた姿で睨む、リンの姿がそこにあった。


「間違いを正してあげるの。まず、あの人達はあなたが殺したわけじゃない」

「……何を言っているのですか。命が散っていくその瞬間を見ているのですよ? それに、……手をかけた感覚も」

「それはあなたが望んでやったの?」

「そんなわけないじゃないですかッ!!」

「なら、あなたが殺したわけじゃないの。あなたの意識はここにある。あなたの体を動かしているのはあなたじゃないの」

「でも、私がしてしまったことに変わりはありませんッ! 私が……、私がこの手で彼らを――」

「違うの。殺したのは……リンなの」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ