130話 罪の所在
ま、間に合ったッ……。
転移直後、破壊音が聞こえてきたから来てみれば、まさかリーシェちゃんが殺されそうになっているとは。
ほんと、間一髪だ。
「やぁ、弟子三人。遅くなってごめんね?」
なんて言いつつ、内心、安堵しかないけどね。
にしても、どうしてリーシェちゃんがこんな所に? これだけ閑散としているくらいだから、皆どこかに避難していると思うんだけど。
「みんな、どうしてこんなところに?」
「わ、私たちはその子を探しに……って、そんなことよりも、姫様ッ――じゃなかった、女王様を――」
「ああ、それなら大丈夫。しばらくは動けないはずだから」
「動けない? ……ああ、あんた、出会ったときもそんな術使ってたわね」
「まあね」
ま、あれとは別だけど。
あの時のは、対象の体をただ単に止めただけ。今回フィリアにかけたのは、そんな生易しい術じゃない。
もちろん、フィリアが傷つくような術ではない。
どちらかと言えば、術の方よりも瓦礫に埋まっている方が問題だけど……、ムトが力を貸しているのなら、それくらいで傷つきはしないだろう。
「それで、どうしてこんなところに?」
「何言ってるのよッ! それならリューを――」
「ん? 俺がどうかしたのか?」
「だからッ! リューの怪我を治さないと、リューが……」
「俺が?」
「……」
いや、あんな怪我人を放置するはずないでしょ。
この子を運んだ時にもう治しておいたよ。……なんて説明はもう要らないか。むしろ、何も言わない方がいい。
リューを犠牲に、怒りの矛先がこっちに向かないようにしよう。
「あ、あ……あんたねぇッ! 私がどれだけ心配したか分かってんのッ!? 分かってないのねッ!? そうよね、分かっていたらそんな態度取れるはずがないものねッ!!」
「な、何怒ってんだ? とりあえず落ち着いて――」
「あんたにそんなこと言われたくないわぁッ!!」
……よし、こっちはとりあえず放置だ。
「で、レン。どうしてリーシェちゃんがこんなところに?」
「……」
「レン?」
「ッ! り、リーシェは無事なのかッ!?」
……こっちもか。
これでもそこそこ急いでるんだけどなぁ。早くしないとムトが……。
とりあえず、リーシェちゃんを片手で抱き直して、と。
青ざめて駆け寄ってくるレンの肩を、空いた手で押さえつける。
「大丈夫、大丈夫だからシスコン。さっさと答えて」
「……あ、ああ。俺たちの住んでいるところは知っているだろう? あの辺りの連中は、周囲からあまりいい目で見られない。だから、避難せずに家に籠もっていたんだが、突然神様の声を聞いてな」
「声?」
って、まさか……。
「ああ、お前がピンチだって。それをリーシェも聞いたみたいで、お祈りしてくるって言って家を飛び出したんだ。多分、教会に行こうとしたんだろうな」
ああ……、僕のせいだった。
けど、天照さんはここの神様じゃないからなぁ。
お祈りしても願いは叶えてくれないんだ。ミルは教会に居ないし。
勘違いさせちゃってごめんね? という意味を込めて、眠っているリーシェちゃんの頭をひと撫で。
「事情は分かったよ。そういうことなら、僕はもう大丈夫だから。キミ達のおかげでこの通りね。本当にありがとう」
「そうか? 役に立てたのなら良かった。それで、これからどうするんだ? 俺らはここから避難するつもりだが。戦う力がないしな」
「いや、レンとそこの二人には、この街の北側に行って欲しいんだ」
「どうしてだ?」
「さっきここの周囲を調べた時、北側から近づく複数の魔物を確認してね。向こうにいる兵達に力を貸してあげてほしいんだ」
「なんだってッ!? それは本当か?」
「うん。それほど多くはないけどね」
「それはまさか……邪神ムトの?」
「いや、多分血の匂いに釣られてきたんじゃないかな。まぁ、状況を知る前にここにすっ飛んできたから、詳しいことは分からないけど」
こっちへ向かって来ている魔物の数は数十程度。
今更、ムトがそれだけの魔物をこの街に呼ぶとも思えない。
となると、考えられるのは、さっきからこの街まで漂ってきている血の匂い。
この血の匂いに釣られて、魔物がやってきた。そう考えるのが自然かな。
それに、だ。
今のムトに、そんなことをしている余裕はない。
なんて考えていると、大きな地響きが聞こえてきた。と同時に、南側で大きな砂埃が立ち昇るのが見える。
「な、なんだっ!?」
「あれなら大丈夫。それよりも、さっきのを頼みたいんだけど、いいかな?」
「俺は構わないが、リーシェは……」
「リーシェちゃんは、僕が知りうる最も安全な場所に送っておくよ。心配しなくていい」
「……そうか。分かった」
……まだ少し疑ってるのかな?
「大丈夫。ここから先、誰一人として死なせはしないよ。もちろん、キミらもね」
「ん? あ、いや、そうじゃなくて」
「なに?」
「俺の妹に手を出さないかと。眠っているのをいいことに――」
「それじゃ、そこの二人にも説明よろしく」
「は? それは――」
返事を聞く前に、早々に転移で北側へと送る。
全く、気を遣って損した。後はふざけたことをぬかしたレンに全て任せよう。
きっと向こうでニーナの怒りがまた爆発するんだろうけど……ま、いいや。二人とも、女の子には怒られ慣れてそうだし。
っと、それよりもリーシェちゃんだ。
「……ごめんね、怖い思いをさせちゃって」
顔にかかっている髪をそっと撫で下ろせば、くすぐったそうに身を捩る。
「ありがとう。ちゃんと声、届いたよ」
聞こえてはいないだろうけど、お礼を言ってから転移させる。
あそこに送っておけば、たとえ神が攻めてきたとしても安心だ。
あの二人なら――、いや正確には二柱って呼ぶべきかな。まぁ、そんな細かいことはどっちでもいいか。
なんて考えている間に。
瓦礫の中から、ガラガラと音を立てながら一人の少女が出てきた。
「やぁ、ごめんね。遅くなっちゃって」
「……」
何も喋らない。
でも、きっと彼女はまだそこにいる。
国を守ろうと必死になった少女が。
自分ではなく、常に誰かを優先する心優しい少女が。
そして……僕に強い想いをぶつけてくれた、頑張り屋さんの少女が。
「女王、って言ってたけど。僕が馬鹿やってる間に、本当によく頑張ったんだね」
「……」
「もう一度言うね? 本当にごめん。遅くなっちゃって。声、ちゃんと届いたよ。ありがとう、フィリア」
「ッ……」
喋ってはくれない。
でも、やっぱり意識はまだあるみたいだ。
見逃しそうになりそうなくらいだったけど、確かに反応があった。
それに……感じる。この気配は間違いない。
これはきっと、
「……そこにいるんだね? リン。フィリアと一緒に」
「ッ! ……」
さっきとは比べ物にならないくらいに、分かりやすい反応。
ははっ。
これで確信した。
――リンは間違いなく、そこにいる。
暗闇が支配する、その沼のような空間で。
フィリアは既に抗うことを止めていた。いや、諦めてしまっていた。
……殺してしまったのだ。自国の兵を。何千何万という命を。
フィリアの両の手は血で染まっている。
それは手なのか、それとも血なのか。その判別すらつかない。
(……ごめんなさい。……ごめんなさい)
ただひたすら、フィリアは心の中で謝り続ける。
手にかけた者の中には、家族がいる者もいたはずだ。
生きて帰りたいと、そう誰もが願っていたはずだ。
でも、それを全て壊してしまった。
――紛れもない、自身のその手で。
(……ごめんなさい。……ごめんなさい)
いくら叫んでも、いくら願っても。
フィリアの意思に反して、現実の体が止まることはなかった。
永遠と見せ続けられる仲間の死。
その最期を見せられるだけでなく、殺した際の感覚さえも伝わってくる。
目を閉じたところで意味はない。その程度で視界は、感覚は、消えてはくれない。
次第にフィリアの感情は壊れ、ガラスを砕くように崩れていった。
いつしか、フィリアの心の呟きは謝罪ではなく、
(……誰か、……私を殺してください)
――自らの死を望むようになった。
フィリアは沈み込む。
沼の奥へ奥へ……そして体も心も、全てが沼と一体化して消えていく……、と、その瞬間。
フィリアの耳が、聞き覚えのある澄んだ声を捉えた。
(……誰?)
この鈴を鳴らしたような、澄み切った音色の声。
徐々に音が大きくなる。
フィリア自身が近づいているのか、はたまた相手がこちらへと近づいているのか。その判断はできない。
だが、確実にその声は大きくなり、やがてはっきりと聞こえるようになった。
「フィリアー!」
「精霊、さま?」
「やっと見つけたッ!」
「どうして精霊様がここに? 私は――」
「説明はあとっ! それよりも、リンの手をとってッ!」
「えっ?」
「早くッ!!」
切羽詰まった様子のリンに、思わずフィリアは反射的に手を伸ばす。
そして、リンの小さな手に触れたその瞬間、
「ふわぁ……」
周囲の闇が一気に晴れ、フィリア達の周囲だけが白く染まった。
反発するように、再度闇が白を埋めようと侵食を始める。だが、その全てが途中で霧のように霧散した。
「はぁ〜、危なかった」
「あの、これは一体……」
「あなたは今、ムトの力に飲まれそうになっていたの。あと少しでも遅かったら、あなたが消滅してしまうところだった」
「……」
「どうしたの?」
「……私は消えたかった。もう、耐えられません」
「……そう、でもそれはリンが許さないの。あなたには元に戻ってもらわないと困る」
「そんなことッ! あなたの勝手ではありませんかッ!! ……私はもう何万もの人を手にかけました。そんなわたしに生きている価値なんて――」
突如。
頬に走った鋭い痛みに、フィリアは言葉を遮られる。
見れば、手を振り抜いた姿で睨む、リンの姿がそこにあった。
「間違いを正してあげるの。まず、あの人達はあなたが殺したわけじゃない」
「……何を言っているのですか。命が散っていくその瞬間を見ているのですよ? それに、……手をかけた感覚も」
「それはあなたが望んでやったの?」
「そんなわけないじゃないですかッ!!」
「なら、あなたが殺したわけじゃないの。あなたの意識はここにある。あなたの体を動かしているのはあなたじゃないの」
「でも、私がしてしまったことに変わりはありませんッ! 私が……、私がこの手で彼らを――」
「違うの。殺したのは……リンなの」