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128話 約束

 ――お前に送られてきた力を、神力へと変換する。


 しばらくして、もう一人の僕はそう言った。

 最初は僕が泣き止むタイミングを待っていたのかとも思ったのだけど、もしかしたら、そうじゃないかもしれない。

 というのも、あいつの声がほんのすこしだけ揺れていた。まるで、さっきまで僕と同じように泣いていたかのように。

 実際に目の前にいる訳じゃないから何とも言えないけれど、こっそりとあいつも泣いていたのかも。

 ……なんて、まさかね。

 泣いているところなんて今までに聞いたこともないし、僕の勘違いかな。


 ――くだらないことを考えている暇があったら、質問の一つでもしたらどうだ? それとも、何の説明もなく事を進めてもいいという意思表示か?


「あ〜! ちょっと待ってって! 聞いたら答えてくれるの? もちろん、聞きたいことは山ほどあるんだけど」


 ――答えられるものだけだ。時間も押していることだ、絞れ。具体的には一つだ。


「それって、ものすごく限られてるよね? しかも一つだけって……」


 ――質問はそれでいいのか?


 いや、良くないよ。

 悪魔との契約じゃないんだから、そんな揚げ足を取るようなことしないで欲しい。


「……そうだね。なら、これから僕はどうすればいいの?」


 ――そんなもの、お前の好きにしろ。


「……それだけ?」


 ――そうだ。我はこれ以降、お前の行動に一切干渉しない。……まぁ、今からお前の人生を大きく変えるような干渉をするが。


 何それ、怖い。

 もう一人の僕がこれほどの前置きをするくらいだ。僕の体が人造人間みたいに改造されていてもおかしくはない。

 いや、それどころか、人以外の体に変えられて、一生その姿で生きなきゃいけなくなるかもしれない。……それはそれで面白いけど。

 でも、喋れなくなるのは嫌かな。まだ人と話をしたい。


 ――はぁ……お前には付き合いきれん。ちょっとばかし、お前を神に仕立て上げるだけだ。何の問題もなかろう?


 ……は?


「……は?」


 そんな情けない僕の声が、この小さな部屋で、やけに響いて聞こえた。




 病室風の一室。

 天照は唯斗の頬に触れながら、ぶつぶつとお経を唱えるように声を漏らしていた。

 というのも、神としての唯斗の考えを読み、手助けをしたというのに、一向に唯斗が目を覚さない。それは、なぜか。

 まさか、自分の考えが間違っていた? なら、どうすれば唯斗を救える? ……と、考えに考えた結果、天照の思考がすこしずつ口からこぼれ出し始めた。

 いわゆる、独り言だ。


 しかし、独り言というものは他者から見れば、なかなかに気味が悪い。それが血気迫る表情をしている者であれば、なおのこと。

 数歩離れて見ている、建御雷神とリチェルティアの表情を見れば、自分を客観的に見つめ直すことができるだろう。……そんな余裕は、今の天照にはないが。


「どうして……? やはりあの屑を消し去るしか……」


 閑話休題(それはさておき)


 天照の思考が、またもや負の方向へと向かう。

 今の天照の最優先順位は、唯斗の命だ。ただし、神としての唯斗はそこに含まれていない。

 とは言え、奴を滅殺するとなれば、建御雷神やリチェルティアが黙ってはいないだろう。先程と同様、止めに来るに違いない。

 しかし、天照とて、流石にこの場で暴れる気はない。万が一でも力の一端が唯斗へと向かえば、唯斗は文字通りこの世から消えてしまうだろうから。

 唯斗を救うために、唯斗を消し去ってしまっては本末転倒だ。

 故に、天照は脳をこれまでにないほどにフル回転させ、最適解を見出そうとしていた。

 ……そんな時だった。


「……ん」


 声が聞こえた。

 建御雷神でもなく、リチェルティアでもなく。はたまた、自分の声でもない。誰かの唸り声。

 ここにいる人物でそれ以外となると、残るは一人しかいない。


「唯斗っ!?」


 天照が強く唯斗の名を呼べば、唸り声ともに、唯斗の手がピクリと動く。


 ――唯斗が目覚めようとしている。


 そう確信した天照は、唯斗を揺り動かしにかかるも、


「ッ!?」


 咄嗟にその場を飛び退いた。

 それは他二人も同様。近づいていた足を止め、すぐさま飛び退いていた。


「……何ですか、この神力は」


 唯斗から溢れ出る神力が、三人をそうさせた。

 質、量ともに、今まで唯斗が持っていた神力を遥かに上回っていたのだ。

 間違いなく、上級神の域まで足を踏み入れている。


「……う、うん?」


 瞬きを繰り返し、モゾモゾとベットから這い出る唯斗。

 しかし、天照には、その人物が唯斗だと確信はできなかった。

 見た目は唯斗でも、力はまるで別人だ。

 もし、中身が別人なのだとすれば……、


(――確実にここで仕留める)


 そう、内に秘め、いつものように唯斗の名を呼んだ。


「唯斗……?」

「あ、天照さんだ。……って師匠も。それに……リチェルさん? どうしたの? みんなして」


 静寂が訪れること数秒。

 その間にじっくりと熟考した天照が取った行動は、


「ん〜! 唯斗ぉ!」

「っうわぁ! な、なに?」

「唯斗! 唯斗っ! 唯斗っ〜!」


 文字通り、一足で飛びついた。

 助走なくして、人の脚力では到底届かないであろう距離をあっさりと跳ぶと、唯斗をこれでもかと抱きしめる。


「……よかった。……ほんとに、よかった」


 紛れもない本心が、天照の口から溢れる。

 小さな声とは言え、これだけ密着していたのだ。当然唯斗には聞こえていたようで、


「……ごめんなさい。……ありがとう」


 同じく小さな声で、そう返事が帰ってきた。

 と、背後から近づいてくる気配が一つ。僅かに怒気の含んだこの気配は、間違いなく建御雷神だ。

 だが、天照は知っている。怒っているように見せてはいるが、そんなことよりも安堵の方がはるかに優っているということを。

 建御雷神とは、そういう(やつ)だ。


「随分と無茶をしたな」

「師匠も、……迷惑かけてごめんなさい」

「全くだ。が、一番心配していたのはお前に引っ付いているそいつだ。あとで労ってやることだな」

「うん。天照さんにも、本当に感謝してる……。リチェルさんも、ありがとう」

「私は構いません。むしろ、迷惑をかけたのは私の方ですから」

「ううん、そんなことないよ。リチェルさんには助けられた。あの空間にリチェルさんが来てくれて、本当によかった」

「ふふっ。そうですか。では、素直に受け取っておきますね」

「うん、そうしてくれると助かる。……あと、ごめんね」

「……? 何のことでしょう。謝られるような事をされた覚えはありませんが」


 唯斗は天照の腕からするりと抜け出すと、リチェルティアと対峙する。

 その際に途轍もない喪失感が天照を襲ったのだが、それを気にする者は誰もいなかった。

 現に、呆然とする天照を構うものは誰もいない。


「……僕は、これからムトを止めに行く」

「ッ! ……そうですか。今のあなたになら、それも可能でしょうね」


 驚いたように目を丸くしたリチェルティア。しかし、すぐさま納得したように目を伏せる。


「僕を、止める?」

「いえ、止めませんよ。むしろ、いいのですか? 私たちの世界の問題にこれ以上関わって。そこで固まっている神が怒るのでは?」

「……天照さん」


 呼び掛けられ、ようやく再起動した天照。もちろん、起動していなくとも、会話はしっかりと頭に入っている。

 そんな天照が出した答えは、


「ダメです」

「天照さ――」

「いけません。拒否します。許しません。……あなたにこれ以上、苦しんで欲しくないのです」


 唯斗に苦しんで欲しくない。そう思っていることは、嘘ではない。

 しかし、それ以上に。天照は、自分が辛い思いをしたくなかった。

 娘同然であるリンが死に、唯斗までもいなくなってしまえば、自分の心を保つ自信はなかった。いや、今回の件で、ようやくそれに気がついたというべきか。


 天照は特別頑丈な心を持っているわけではない。当然、悲しいことがあれば傷がつく。

 長年培ってきた経験などで多少誤魔化しは出来ても、仕方ないと済ませられるような性格はしていない。

 周囲に当たり散らすことはしないだろう。だが、天照の心に大きな楔が打ち込まれることになるのは、間違いない。

 ……過去に愛した、あの男のように。

 故に。天照は、唯斗がもう一度あの世界に行く事を良しとはしなかった。

 だが、


「……ごめん、でも僕は行くよ。助けを求めている友達がいるからね。それに、」


 一呼吸の後、


「僕の本質は“自由”だから。僕がやりたいようにやる。そうしたいんだ」

「……」

「天照さん?」


 天照の心は、ここにあらず。

 ……過去を思い出していた。

 唯斗の瞳は、過去のとある人物とそっくりで。天照の目には、そんな彼と唯斗が重なって見えていた。


『俺の本質は“自由”だ。俺がやりたいようにやる。ただ、それだけだ』


 彼はそう言って、天照の元を去っていった。

 何を言っても、何を訴えかけても、彼は聞かなかった。

 そんな彼と同じ。天照が唯一、愛した人と。


 天照はそっと唯斗の頭の上に手を置き、


「……行きなさい」

「えっ?」

「行っていいと言っているのです。……ただし、これだけは絶対に約束してください」

「何?」

「必ず私の元に帰ってくること。……元気な姿で、もう一度私に顔を見せてください」


 約束を。

 あの時、できなかった約束を。

 あの時、言葉にできなかった約束を。

 あの時、結べなかった約束を。


「分かった。必ず、守るよ」

「……そう。なら、行ってらっしゃい」


 もう、天照は唯斗を引き留めようとはしなかった。


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