14話 「妹さんを大事にね」
「おい、あれって精霊様じゃないか?」
「マジかよ、じゃあもしかしてあいつが?」
静まり返った部屋の中にポツリポツリとそんな言葉が聞こえてきた。
これは、どうしようか。
もう一度全員気絶させてもいいんだけど、それじゃ無関係な人も巻き込んでしまう。
依頼に来た一般人もいるだろうからね。
さっきの賭けをしていたような人たちなら即座にでも気絶させてやるんだけど。
ならレンを連れて逃げる?
いや、たとえ逃げたとしてもこれだけの人数に顔を見られてるんだ。
レンを巻き込むわけにはいかないな。
なら……これしかないね。
「リン、寝起きのところ悪いけど周りの人が僕の姿を認識できないようにしてくれる? あ、でも、あそこにいる茶髪の青年だけは見えるようにしておいて」
「うー、分かったー。そしたら寝てもいい?」
「いいよ、悪かったね」
「ううん、ユートのせいじゃないよー。あの女の声が大きかった。……イタズラしていい?」
「……ほどほどにね」
「うん。……【いないいない、いないよ?】」
リンの幻術は一級品だ。
僕ですらかけられたら解くことはできない。
下手をすれば神すらも欺くことができるんじゃないだろうか。試してみたことはないからわからないけれど。
「おいっ、どこいった?」
「あれ? さっきまであそこに……」
みんな困惑してるみたい。でも姿が見えているレンだけはこちらに視線を送ってきていた。
「ごめんね、レン。迷惑をかけたね」
「いや、別にそれはいいんだが、……これはどうなってるんだ?」
「リン、さっきの精霊ね。リンの力で僕の姿がレン以外には見えないようにしてもらったんだ」
「精霊様に……。ってそうだ! もしかして王族の依頼に書いてある精霊様を連れた少年って……」
「僕だね、少年ってところは認めたくないけど」
「いや、その容姿でそれは無理だろ」
……まだ伸びるからいいよ。きっとまだ成長期だから。多分。
「おい、お前。誰と話してるんだ?」
「っ! いや、なんでもない。一人言だ」
「……そうか」
おっと、レン自身は見えているからね。他人から見ればレンは一人言を呟く頭のおかしな人と思われてしまうか。
「レン、場所を変えようか。どこかゆっくりと話せる場所はない?」
「そうだな。ここから近い場所だと……俺の隠れ家か」
「隠れ家なんて持ってるの?」
「ああ、盗みなんてやってるとな」
確かに。自分の家に逃げるなんてできないもんね。妹がいるし。
「とりあえずそこに行こうか」
「ああ」
「どこに行きやがった! あのどクソチビが! ……って、なんだこりゃ!?」
うわ、リンもなかなかえげつないことをする。
まさか、あの暴力シスターの姿をドット絵にするなんて。
三次元に二次元表示すると違和感がすごいな。
「チクショー! 絶対逃さねーぞ! どクソチビ!」
まぁ、時間が経てば元に戻るでしょ。
……それがいつなのかはわからないけど。
レンの隠れ家へとやってきた。
まさか地面の下にあるとは思わなかったよ。
「知り合いの魔術師に作ってもらったんだ」
「へぇ、案外いいところだね」
一人が生活するには十分な広さだ。
加えて机やベットも置かれている。
住処としては十分だろう。
「それで、ユートは王族に何かしたのか? それとも王族が精霊様に目をつけたからなのか?」
「いや、ちょっと姫を助けただけなんだけど」
「……それで間違いないな。精霊様を見られたか」
「うん。姫にね」
「そうか。よかった」
「何が?」
「いや、姫を殺そうとしたのがお前でなくてな」
ちょっと疑われてたのかな?
友達と言ったって、会って初日の人を信頼できないのは当たり前か。
僕は多くの人に会ってきたからなんとなくどんな人かわかるんだけど。
「それで、これからどうするつもりだ?」
「方法はいくつかあるから心配しなくても大丈夫だよ。これでもこういったことには慣れてるから」
「そうか」
さて、これからどうしようかな?
とりあえずもうあそこに用はなかったからあの場からは逃げたけど、用があるところで逃げるなんてことはできない。
それは僕の信条に反する。
だから僕が取る行動は一つ。
邪魔する者は正面から叩き潰すのみ。
たとえそれがこの国の国王であろうと、ね。
「あ、そうだ。今からレンに治癒魔術を教えるよ」
この後の予定は特にないし、夕暮れにはまだ時間がある。
「助かるが、いいのか」
「いいよ。これでも僕は今までに何人か指導したこともあるから、安心して」
「そうか、ならよろしく頼ーー」
「でもなんでかな、みんな泣きながら謝るんだよね」
「……は?」
「いや、僕が教えるとみんな泣いて謝るんだ。もう許してくださいって。どうしてかな?」
僕にはわからないよ。たしかに腕の一本や二本吹き飛ぶことになるけど、ただそれだけだというのに。
「やっぱりやめーー」
「それじゃあ、始めようか」
きっと夕方にはできるようになってるよ。
「もう勘弁してください、無理です、無理なんです、ごめんなさい」
「うん、これなら十分じゃないかな」
日が暮れる頃、レンは治癒魔術を完全に使えるようになった。
僕の言う所の治癒魔術はほぼ万能に近い。
怪我はもちろん、骨折や内臓破損も治すことができる。
解毒なんかも含まれるから本当に便利だ。
ただし欠点が一つ。体内の魔素を異常に消費する欠点がある。
魔素というのは体内にもあるし、空気中にも存在する。
それらを対価に世界に干渉するのが魔術だ。
別に全て魔素を使い切ったとしても死にはしない。
ただ、物凄く眠たくなる。
戦場なんかでそんなことになったらまず間違いなく死ぬね。
だから、魔術師っていうのは必ず少し魔素に余裕を持たせる。
それができて初めて魔術師と名乗ることができる。
少なくとも地球ではそうだった。
今回は、レンの魔素が尽きかけたら無理矢理レンに空気中の魔素をねじ込んだ。
そうすることによって、いくらでも魔術が使い放題というわけだ。
ちなみにこれができるのは魔素を見ることができる、魔眼もしくは神眼が必須だ。
だから魔眼や神眼の持ち主は有利なんだよね。
だって魔術が使い放題なんだから。
地球の魔術師の友人に僕の目のことを言ったらめちゃくちゃ羨ましがられた。
その眼をくれって言われたんだけど断ったよ。
その後魔術戦が勃発したけど。
まぁ、そんな話はどうでもいい。
これでレンは治癒魔術師になったわけだ。
「よかったね、レン」
「……正直ユートに感謝はしたくないな」
何故?
まぁいいや、もうそろそろ宿に帰ろうかな。
「もうそろそろ行くよ」
「そうか」
「レン、キミの力をどう使うかはキミの自由だ。たとえそれが犯罪だとしても」
「……」
「そして、それで僕がどう思ってどんな行動をするのかは僕の自由だ。それだけは覚えておいてね」
「……ああ、肝に命じておこう」
レンなら上手く使うだろう。
帰っておばちゃんの料理をいただくとしよう。
「あ、そうそう、僕はドラゴンの左足っていう宿に泊まってるから。何かあったらそこを訪ねて」
「ユートと一緒にいたロンドさんの宿屋か。分かった」
僕は宿屋に戻ろうとしてふと言い忘れたことがあったのでもう一度レンと向き合う。
「どうかしたか?」
「妹さんを大事にね」
「……分かっているさ」
「なら良し」
僕は姉を大事にしなかったからね。