126話 受容れる
……まただ。
声が聞こえる。助けて、助けて、って。
でも、無理だよ。僕はもう……分からないから。
自分のことも分からない。この先どうすれば良いのかも分からない。
真っ暗だ。
何も見えないんだ。
自分が歩いている場所はどこ? これから歩く場所は?
……分からない。何も、分からない。
――相変わらずだな。お前はいつまで経っても変わらない。
……またキミか。ねぇ、僕はどうしたらいいのかな?
――愚問だな。“好きにすれば良い”。それがお前の“答え”だろう? あの娘にも、そしてそれ以前にも。お前が出した答えはそれだったはずだ。
僕が……出した?
――人は誰しも苦悩する。神もそうだ。この世で悩みを持たない者などいない。悩み、苦しみ、誰もが“正しい答え”を見つけようとする。
――外でお前を待っているあいつもそうだ。昔からあいつは気難しいやつでな。融通が効かんし、愛想も悪い。……っと、愛想が悪いのは俺にだけだったか。
あいつって?
――兎にも角にも。誰もが悩みを持つわけだが、
……無視なんだね。
――手っ取り早く答えを出す方法がある。
それは?
――簡単な話だ。さっきのお前ように、誰かに答えを出して貰えば良い。
ッ!
――別にそれが悪いとは言わない。だが、納得できるかは本人次第だ。その点で言うと、お前の“答え”は、“答え”であって“答え”ではない。
どういう意味? 謎掛け?
――先ほど、お前は我にどうすればいいかと尋ねたが、お前は答えを得たか?
……ううん。何も分からなかった。
――そうだ。“好きにすればいい”なんて答えを聞いたところで、本人の望む答えなんて出るはずがない。それが通じるのは、あの娘のように芯の強い者だけだ。
そっか……。なら、僕はかなり酷いことを言ってしまっていたんだね。
――酷い? 何がだ?
えっ? だって、相手が答えを求めているのに、曖昧な返事をしちゃったから。
――曖昧などではない。“答え”であって“答え”ではないと言っただろう? 言われた側からすれば“答え”ではないが、言った側からすればそれは正しく“答え”だ。
――もし誰かに答えを求められたとしたら、我も同じことを言うだろうな。
……もう分からないよ。結局何が正しいの?
――正しさなんてものはない。納得できるか否か、ただそれだけだ。本当の“答え”なんてものはな。……さて。一つ聞くが、お前は一度でも納得のいく答えを出すことができたか?
そんなこと。僕には記憶がないから分からな――、
――そんな演技が我に通用すると思ったか? 前々から言っているだろう。我はお前、お前は我だと。
――自分すら騙し切れていないお前が、我を騙せると思うなよ?
……。
いつから気づいていたの?
――いつからも何も、初めからだ。もっとも、その様子では我の騙された演技は見破れなかったようだがな。
……あー、そうだね。分からなかったなぁ。うんうん。
――何だ? その仕方ないというような言い方は。そもそも、お前が我に敵うなど……、
あー、そうだね。
そんなことより、もうバレたのならここも意味ないね。
真っ黒な空間から一転。六畳間の一室へと変える。
何でもない、良くある一室だ。机に椅子、それに本棚が一つと、押入れ。何の面白味もない、十五年間過ごした僕の自室。
別に転移したわけじゃない。僕の記憶の中から、本物そっくりにこの空間を作り変えただけだ。
現実世界ではこんな事はできないからね。夢のようなこの精神世界だからこそ、僕でもこうして自由に作り変えることができた。
「もう少しで騙せていたかもしれないんだけどな……」
懐かしさに浸りながら、勉強机と一緒に購入した回転する椅子へと座り、体を預ける。
いつもの癖でつい、くるくると回転してしまった。もう五年も経つけれど、未だに体は覚えていたみたいだ。
と、同時にそんなことを呟いたせいか、あいつが頭の中で、
――無駄なことだ。お前に自分を騙すことなどできやしない。
「……かもしれないね」
自分を騙してすべてを空っぽにする。そうすれば、何も考えずに悩むこともなくなる、と。そう思ったんだけど、この通りうまくはいかなかった。
もう悩みたくなかったんだ。
逃げ出したかった。過去の出来事からも、今起きていることからも、そして……リンの死からも。
でもダメだった。
やっぱり忘れることなんてできなかった。だって、全部僕が選択した結果だから。
僕が出した答えのせいで、こんな未来になってしまった。
あの時、リンのそばにいれば。
あの時、僕にもっと力があれば。
……僕が異世界に転移しなければ。
そんなことばかり考えてしまう。
悩み、とは少し違うね。これは、“後悔”だ。
――そんなクヨクヨしているお前にもう一度問おう。
「……今はそんな気分じゃ――」
――いいから答えろ。……お前は、一度でも納得のいく答えを出す事はできたか?
……そんなの、決まってる。
もし全て思い通りの結果になったのだとしたら、こんなにも後悔していない。こんなにも苦しい思いなんてしていない。
だから、
「無い。……無かったよ。これでいい?」
言い切った。言い切ってやった。
確かに、僕自身はそれを心のどこかで否定していた。
でも。……納得しないわけにはいかないじゃないか。
そのせいで誰かが傷付いたとしても、それが僕の出した答えなんだから。
――はっ。ようやくスタート地点に立てたな。
スタート地点?
「スタート地点って、一体何の」
――いいか? “自由”というのは、納得していないと“自由”とは呼べない。お前自身が納得していないと、それは“自由”とは呼べないんだ。
「同じことを何度も……。それがどうしたの?」
――お前は一度たりとも“自由”ではなかったのだ。
「……えっ?」
――納得したと自身を偽るな。納得していないのならそれを認めろ。全てはそこから始まる。
――何も恐るな。怖がる必要など皆無だ。お前が考えるべき事はただひとつだけ。“気に入らないことがあったとしても、皆んな纏めて受容れる”。ただ、それだけだ。
「受容れる……」
と、その時。
突然何かが僕を包み込んだと思えば、次々と体の中に入ってきた。
神力に似た、でも少し違うような何か。……温かくて、心地いい。
――お前は“自由”を手に入れる資格を得た。そう、奴が判断したんだ。でなければ、お前に手を貸すなんてことしないだろうからな。
――そもそも、奴が誰かに肩入れするなんて事はまずないはずなんだが。
「奴って? キミは一体何を知ってるの?」
……返事は返ってこない。
でも、ただ単に意地悪で言わないのではないような気がした。
言いたいけど言えないのを我慢しているような。何故か、そんな気持ちが伝わって来たから。
――願え。お前の本当の望みは何だ?
僕の、望み……。
それは、
「僕は……、僕の願いは――」