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125話 繋がり

「ッ――」


 ここは天照の創った領域。そう易々と部外者が入ってこれるようなものではない。

 咄嗟に二人は構えるも、天照はその人物の姿を見て即座に警戒を解いた。


「貴女でしたか」

「……おい、こいつは誰だ?」


 いつの間にか取り出した刀の柄へと手をかけ、未だ警戒を解かない建御雷神の前に腕を伸ばす。

 “怪しきはたった斬ればいい”。と、なかなかに血の気の多い彼のことだ。下手をすれば飛びかかりかねない。

 再び天照は目の前の女性へと目を向け、


「こちら神は唯斗の……協力者みたいなものかしら。確か名前は」

「リチェルティアと申します。異世界の神々よ」

「私は天照大御神です」

「……建御雷神だ」


 天照は唯斗がリチェルティアと出会う少し前から、その様子を覗き見していた。その故に、彼女がどういう経緯で唯斗の体の中に入っていたのかを知っている。


「それで、貴女が出て来たということは」

「ええ。ユートを助けたいと思いまして」

「何か方法があるのか?」

「……私が知っていることをお話しします。ですから、いい加減その武器から手を離してもらえませんか? 非常に嫌な気配がしますので……」


 自己紹介して尚、建御雷神はその手を収めてはいなかった。

 その殺気から、リチェルティアが妙な動きをすれば、何の迷いもなく両断していたであろうことが窺える。

 天照が頬を引きつらせながら、建御雷神の腕をペシペシと叩けば、渋々と言った様子で彼は刀を消した。


「……ふん」

「この人は放っておいて構いません。ただの人見知りなので。それよりも、唯斗は今どんな状態なのですか?」

「おい、人見知りとは――」

「私が見た時、彼は暗い世界を漂っていました」

「暗い世界を?」


 建御雷神の声など聞こえていないかのように、話は進む。

 機嫌を損ねたのだろう。再び鼻を鳴らすと、ドカッと椅子に座り、目を閉じた。

 彼のことだ。警戒心の強さから、眠ってはいまい。


「ええ。そこでのユートは記憶を失っていました。私のことも、何一つ覚えていないようです」

「記憶をッ!? どうして……いえ、自身を否定したからですか」

「おそらくそうでしょう。彼を包んでいた……そうですね、この空間のような擬似世界のようなものでしょうか。その世界に包まれていて、私は初め、何をやっても入ることができませんでした」

「擬似世界……。唯斗なら作れるでしょうが、あなたにも破ることができなかったのですか?」

「ええ。ですが、突然その世界が揺らいだと思えば、簡単に中に入ることができるようになったのです。そしてそこに、記憶を失ったあの子がいました。そして、あの子の神としての人格も。世界に入れたのも、あの人のおかげだと思います」

「あの人が……。それでは、人としての唯斗も、神としての唯斗も生きていたのですね。それで、神である彼は何と? あの人のことですから、どうせ何か言っていたのでしょう?」

「……ええ、まぁ」


 歯切りの悪いその様子に何やら嫌な予感がしながらも、天照は視線でその先を促す。


「ただ、外で待っているあいつに助力を得て来い、と」

「……それ以外には?」

「それだけ、ですね」

「……そうですか。ええ、そうですか。それだけですか」


 娘として可愛がっていたリンを殺され。弟として可愛がっていた唯斗が記憶を失い、目を覚さないこの状況で。


 “あいつに助力を得て”


 ………………プツ。


 神としての唯斗を信じてひたすら耐えた天照だったが、ついに堪忍袋の尾が切れた。


「……あの人だけ消し去りましょうか」


 その瞳に一切の迷いはない。

 有言実行。今までに天照が提案した物事の中で、成し遂げられなかったことなど、たったの一度しかなかった。

 冗談などではなく。天照は本気で神としての唯斗を消す気でいた。


「お、おい、待て。……本当にそれでいいのか」

「いけませんか? いい加減神の唯斗に――いえ、唯斗の皮を被ったあの人に付き合うのにも疲れました。散々です。いっそ滅ぼしてしまった方がいいでしょう?」


 据わった目をした天照が唯斗へと手を伸ばす。が、背後から伸びて来た、しなやかな手に腕を取られた。 

 ちらりと視線を向ければ、普段見ることのない困惑した様子の建御雷神の姿が。


「待て、手を伸ばそうとするな。……皮を被ったってあいつも唯斗だろう。あいつ自身もそう言っていたしな」

「あの人と唯斗を一緒にしないでください。あの純粋無垢な唯斗と、腹黒で何を考えているか分からないあの人の、いったいどこが似ていると言うのですか?」

「……腹黒はお前だろう」

「な・に・か?」

「いや……何でもない」


 ヒクヒクと頬を引きつらせた建御雷神から手を引き払い、再び唯斗へと視線を向ける。

 唯斗が半人半神として苦しんでいるのは、結局は人の身でありながら神の力を持っているのが原因だ。

 で、あれば。

 単純に考えれば、唯斗から神の力を無くせば、唯斗はただの人間になれるだろう。

 しかし、それにはもちろんリスクが伴う。

 神の力を唯斗から無くしてしまった時、全く後遺症が残らないという確証は無いのだ。

 事は、天照にも分からない未知の領域。とりあえずやってみよう、などとは言えなかった。


 だが、それも今回の出来事で踏ん切りがついた。

 神としての唯斗に任せていても、唯斗は助からない。なら、少なからず確実性のある手段を選んだ方がいい。

 そう結論付けた天照は、唯斗を囲む結界を解き。そして、唯斗の額へと触れて――、


「待ってください」

「……まだ何か?」


 リチェルティアの呼びかけに、不機嫌さを声に乗せて答える。


「それは止めておいた方がいいですよ」

「何故です?」

「理由はありますが……。それにまだ、あの人の伝言は終わっていません」

「まだ何かあったのですか。どうせ、はらわたが煮えくり返るようなことでしょうから、聞く価値なんて無い――」

「……“繋がりは”」

「えっ?」

「“繋がりは切れてない”。彼はそう言っていました。私にはそれが何なのか分かりませんでしたが、貴女には分かるのでは?」


 “繋がりは切れていない”。

 確かに、それだけを聞けば何のことだかさっぱりだろう。現に、後ろでは建御雷神が何のことだと唸り声を挙げている。

 だが、天照にはその“繋がり”という言葉から、一つの可能性を見出した。


「……そう、だったのですか。あの人はこれを待って」

「どういうことだ?」

「……唯斗は半人半神です。人としての唯斗は常々、神である唯斗を否定していて、それが唯斗の苦しむ原因となっていたのは知っていますね」

「ああ」


 水と油。まさに、人としての唯斗と神としての唯斗の関係はそれだ。

 油が歩み寄ろうと、水がそれを拒んだ。


 人としての唯斗は、神としての唯斗を頑なに受け入れなかった。それはつまり、その神の力を拒んだということに繋がる。

 唯斗が受ける苦しみ。それは言わば、神の力に反抗した際に起こる、神の力によるしっぺ返しのようなもの。

 神の力自体が生きた生物だと考えれば、なお分かりやすい。

 唯斗が神の力を無力だと思えば、そんな事はないと反抗した神の力が唯斗を傷つける。唯斗が“自由”では無いと考えた時も同じだ。自身を、そして“自由”という神の力を否定すれば、神の力は反発する。

 神としての唯斗が持つ意思に関係なく。


 怒った神の力を止める方法はただ一つ。唯斗が、そう強く思っていない状態まで戻すしかない。


 それが――記憶の消去だ。


 記憶を消し、神の力を否定していない時まで戻す。それしか方法はなかった。

 実際、天照はそうして何度か唯斗の命を救っている。

 だが、この方法は一時的な処置に過ぎない。唯斗が何かをきっかけに神の力を強く否定すれば、再発してしまうのだから。

 根本的な問題の解決が必要だ。そしてその解決策の一つが、天照の考えた、問題となる神の力を消してしまうという方法だ。

 だが、それでは先の通りリスクが伴う。

 そこで。神としての唯斗が提案したのが、唯斗と神力を馴染ませ、一つにするという方法。

 簡単に言えば、唯斗に神の力を受け入れてもらおうという話だ。


「唯斗が神の力を受け入れれば、神の力に苦しめられることもなくなる。ですが、唯斗はずっと拒み続けてしまった」

「それは分かる。だが、それとその“繋がり”に何の関係がある?」

「神は人との繋がりを力にする。それはもちろん知っていますよね」

「ああ。そのために守護神なんてやっている連中もいるくらいだからな……って、まさか」

「ええ。あの人は……、神としての唯斗は、その“繋がり”で得た力を、唯斗に送り込もうとしているのです」

「人間を神に仕立てあげようというのですかッ!?」


 信じられないと驚くリチェルティアに対し、天照はこくりと頷く。

 普通に考えればそんな事は不可能だ。神であっても、人間の誰かに力を送り込んだところで、新たな神を創ることなどできやしない。

 だが、唯斗は半人半神。元から神が半分混じっている彼ならば、神力との相性が悪いはずがない。

 神としての唯斗が力の中継地になり、人としての唯斗に、繋がりで得た神力を送り込む。

 そうして神の力を得た唯斗は、新たな神として生まれ変わる。


 神としての唯斗が持つ神力が馴染まないのであれば。

 馴染んで一人にならないのであれば、分離して二人になってしまえばいい。

 そう、神としての唯斗(あの人)は言っているのだ。

 “繋がりは切れていない”。その言葉で、天照はその全てを悟った。


「しかし、それだけの繋がりがなければ神になど……」

「繋がりは十分でしょう。何せ、この五年と少し。あの子は地球を回って多くの“友達”という繋がりを作り、そちらの世界でも何人もの繋がりを得ているのですから」

「……そんな、まさか」

「あの子は誰かと友達になるのが得意でしたから。……人も、それ以外も」


 そう言って、天照はクスリと笑みをこぼす。

 少し目を離せば、人だけでなく妖怪や幽霊と仲良く会話していた唯斗。

 基本、あれらの類は見つからないように姿を隠しているものが殆どだ。一体どうやって見つけてきたのかと、天照は何度も驚かされた。


 それに、まさかそれが唯斗を救うための手段になり得るなど、微塵も考えてすらいなかった。


「……唯斗は記憶を無くしているのでしたね」

「ええ、そうです」

「なるほど。確かにこの方法なら、唯斗の記憶がなくてもどうにかなりそうですね。繋がりから記憶が戻るでしょうから。……あの人は一体、どれだけ先を読んでいたのやら」


 唯斗の額に置いた手に神力を込める。

 別に神としての唯斗を消すわけではない。そんなことよりももっと簡単だ。

 唯斗の繋がりを使って、その繋がりの先にいる人達に願って貰えばいい。想って貰えばいい。

 唯斗に戻って来て欲しいと。

 ただ、強く願うだけでも構わない。

 大切なのは、唯斗のことを強く思い浮かべること。


 だから、まず手始めに、


「……唯斗、戻って来なさい」


 天照は自身との繋がりを使って願いを込めた。


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